91 渡したいもの


 凛莉りりちゃんが、抱き着いてきたまま離れない。


 以前のわたしなら触れ合うことに驚きはあっただろうけど、それ以上の感情はもたなかったと思う。


 でも今は文化祭のことが頭に残っていて、自然と意識がそっちに向いてしまう。


涼奈すずな


 凛莉ちゃんがわたしの瞳を覗いてくる。


 雰囲気が変わる瞬間。


 わたしはそれに応えるように、目を瞑る。


 一瞬の間が空くと、唇が重なった。


 わたしたち以外、誰もいない空間。


 遮るものはないから、感覚はより鋭敏になる。


 何度か唇を重ね合わせて、舌が絡み合う。


「んっ……」


 慣れないし、よく分からないけど、わたしも応えるように動かす。


 二つが一つになるみたいに溶けていく。


 ぬるぬると交わっていく感覚は、高揚こそあれど嫌悪感はない。


 お互いに空気を読み合って、唇が離れていく。


「あたし我慢できないかも」


「……えっと」


 こういう時、何て答えたらいいんだろう。


 そんな一瞬の間も、今日の凛莉ちゃんは待ってくれない。


 さっきよりも激しく貪るように唇を重ねてくる。


「りっ……んんっ」


 Tシャツの上から胸を撫でるように触られていた。


 優しい手つきだけど、初めてで困惑してしまう。


 唇に胸と、どっちに意識を集中したらいいのか分からない。


「あたしたちそういう関係だよね」


 凛莉ちゃんの熱っぽい視線が、わたしに絡みついて離れない。


「……するの?」


「嫌?」


「……」


「あたしの誕生日だし、言うこと聞いてくれてもいいよね」


 そんな目で、そんな風に言われて、断ることなんて出来ない。


「……好きにすれば」


 いつか、どこかで言った言葉をもう一度送る。


 恥ずかしいから目線は反らしたけど。


「涼奈もしたいんだよね?」


 でも今日の凛莉ちゃんはそれだけでは許してくれない。


 明確な言葉を求めてくる。


 でも、わたしは彼女のような真っすぐな言葉は返せない。


「……嫌とかじゃないけど」


「なら、して欲しい?」


 また変なことを聞いて来る。


 これ以上、どれだけ直接的な言葉を引き出そうとしてくるんだ。


「……」


「黙ってたら分かんないよ。あたし、嫌なことはしたくないし、無理もさせたくないから」


 やっぱり逃がしてくれない。


 最初に会った頃と変わらない、逃げるわたしを凛莉ちゃんは追いかけてくる。


「……わたしがしたいかって言われたら、よく分かんないけど」


 正直、怖いっていう気持ちの方が大きいような気もする。


 この前の続きをして、自分がどうなるか分からないし。


 あやふやなことばっかり。


 それでも、はっきりとしていることもある。


「でも凛莉ちゃんが求めてくれるなら、わたしは応えたい」


 凛莉ちゃんがわたしを必要としてくれるのなら、少しでもそれを叶えたい。


 わたしが受け取るばかりの不平等な関係性だったから、今からでも間に合うのならわたしも何かを与えたい。


 そのためなら怖いことくらい、何でもないはずだ。


「……涼奈」


 凛莉ちゃんはもう一度わたしの名前を呼んで、キスをする。


 そのままTシャツの裾から手が滑りこんでくる。


 最初はくすぐったいけれど、すぐ緊張に変わる。


 胸の方まで凛莉ちゃんの手が伸びてきたから。


「あったかいね」


 こんなに恥ずかしいことをしているのに、随分とまったりした事を言う。


 正直、わたしはそれどころじゃない。


 胸を包むように触ってくるその手に、自然と息が乱れていく。


「涼奈、もう少し力抜きなよ」


「えっ……」


 そのままベッドの上に押し倒される。


 凛莉ちゃんがわたしの上に跨ってくると、いつもより彼女が大きく見えた。


 全身を舐めるようにわたしの体を見てくる。


「見すぎ」


「いいじゃん見たって」


「そんな見るようなもんじゃない」


「あたしにとっては今一番見たいのが涼奈だよ」


 ……ほんと、なんて返していいか分からない。


「見るだけじゃ我慢できないけどね」


 Tシャツを上に捲られて、下着が露になる。


 恥ずかしいってレベルじゃない。


「邪魔だから、とるね」


 するりとホックを外されて、胸を覆う下着を失う。


 上半身のほとんど裸になって、ちょっとさすがに耐えられない。


「むりっ」


 わたしは体をねじり腕を組んで胸を隠す。


「涼奈、なにしてんの」


「いや、これはそうなる。さすがに分かるでしょ」


「でも、その手どけてくれないと始まらないよ」


「……こ、心の準備ってあるじゃんっ」


 こんなにぽいぽい脱がされてたら、心臓が爆発する。


「なら、そっちの準備できるまで待ってるね」


「あ、え……?」


 やけにすんなりと受け入れてくれたと思ったら、凛莉ちゃんが視界から消える。


 わたしの足元に移動して、デニムのボタンに手を掛けていた。


「り、凛莉ちゃんっ……」


 腕を伸ばせば胸が露になって、胸を隠せばデニムを脱がされる。


 どうしたらいいんだっ。


「ダメとか言わないよね?」


「……うう」


 でも凛莉ちゃんの声は真剣だし、わたしも応えたいと言った言葉は嘘じゃない。


 ただ、初めての緊張と恥ずかしさが、そんな覚悟を追い越していく。


 凛莉ちゃんはわたしの沈黙を肯定と受け取って、デニムを脱がしていく。


 Tシャツはほとんど捲られ、下着は一枚。


 一方的にこんなの見られて、まともでいられるわけがない。


「み、見ないで……」


「なんで?」


 多分、意地悪だ。


 そんなシンプルで抽象的な質問をして、わたしが恥ずかしがることを言わせたいだけだ。


「ほとんど裸じゃん、これ」


「綺麗だよ」


 ずるい。


 一方的に脱がして、見て、綺麗だとか言って。


 凛莉ちゃんは高みの見物だ。


「ほら、手どけなよ」


 腕を払われ、胸の上を凛莉ちゃんの舌がなぞってくる。


 ますます、わたしの感覚は飛んでいく。


 その時間が続けば続くほど、息が切れそうになる。


「声、我慢しなくてもいいんだよ」


「……はっ……ふつう、だし……」


 これ以上、恥の上塗りなんて出来ない。


 こんなに見られて、声まで聞かれたら、多分わたしは悶絶して死ぬ。


 だからベッドシーツを強く掴むことで、わたしは何とか堪える。


「いいけどさ」


 そう言って、凛莉ちゃんの手がわたしのお腹を滑り落ちて行く。


 指先は下腹部を超えて、その先に触れてくる。


「……濡れてる」


 凛莉ちゃんの指先が、繊細な部分を何度も上下する。


 その度に頭は痺れて、背中は反り返る。


 押し寄せてくる波に飲み込まれそうになっていく。


「感じてるの?」


「……み、見たらわか、る、でしょっ……」


 もう息も絶え絶えで、言葉を発する余裕もなくなってきている。


「気持ちいい?」


「……わかんないっ」


「言ってくれないと、あたしだってわかんないよ」


 嘘だ。


 凛莉ちゃんがわたしの反応を見て、分からないわけがない。


「……もう、喋らせない、でっ」


 言葉を発すると、そのまま違う声が出てしまいそうで怖い。


 わたしも知らないわたしが零れてしまいそうだった。


「あたし、涼奈にもっと触れたいから」


 凛莉ちゃんの指先が下着を越えて、その奥に入り込んでくる。


 さっきまでとは全然比べ物にならない。


 擦られるだけでおかしくなりそうだったのに、中に入ってこられると本当におかしくなる。


「あぐっ……」


 わたしはもうベッドシーツなんかじゃ耐え切れなくて、凛莉ちゃんの肩を掴む。


 本当に思い切り、力強く。


 そうでもしないと、この波には抗えそうにない。


 それでも凛莉ちゃんはわたしの奥に入り込んできて、容赦なくかき乱していく。

 

「感じてる涼奈、かわいいね」


 甘い囁き。


 それが限界だった。


 これでもかと凛莉ちゃんを掴んだけど、それ以上の感度によってわたしの体が弾かれる。


 頭の中が真っ白になって、何も見えなくなった。


 ただ、押し寄せる絶頂に我を失う。


 どれくらいの時間そうしていただろう。


 そんなことも分からなくなるくらいに、わたしの意識は爆ぜて溶けた。


「……あ、う」


 手放した意識が戻ってきて、ようやく力が抜ける。


 急に全身が弛緩して脱力する。


 もう何も考えられない。


「涼奈」


「……なに」


 混濁していく意識の中、凛莉ちゃんの声だけは頭の奥に響いてくる。


 こんな時、どんな顔でどんな声で話せばいいのか分からない。


「最後、声出てたね」


「……」


 わたしは側にあったクッションを凛莉ちゃんに思い切り投げつけた。

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