90 彼女はわたしだけの


 今日は文化祭の振り替え休日。


 そして凛莉りりちゃんの誕生日。


「ていうか、あついんですけど……」


 そのお祝いは凛莉ちゃんの家ですることになったので、わたしはデニムパンツとTシャツにリュックを背負って歩く。


 7月も終わり頃と言えば暑さのピークを迎える。


「そうか、この季節に生まれたから凛莉ちゃんはあんなにテンションが高いんだ。そうに違いない」


 なんて、全く論理的ではない妄想を膨らませる。


 やけに暑いと感じるのは本当に気温のせいだけなのか、それとも凛莉ちゃんの誕生日に対する緊張がそうさせるのか。


 わたし自身では判断がつかなかった。


 兎にも角にも、何とか暑さを乗り越え凛莉ちゃんのマンションの前に立つ。


 インターホンを鳴らす。


『はーい、今開けるからねー』


 やけに陽気な声がスピーカーから聞こえてくると、自動ドアのロックが解除され扉が開く。


 エントランスに入ると、外より随分と涼しかった。


 そのままエレベーターに乗り、凛莉ちゃんのフロアへ。


 扉の前のインターホンを鳴らす。


 ――ガチャッ


 扉が開かれる。


「涼奈、よく来たねっ!」


「えっ」


 開いた途端、凛莉ちゃんが飛び込んできた。


 ていうか抱き着いて来た。


 まずいと思い、すぐに玄関に入り扉を閉める。


「ご近所さんに見られたらどうするのっ」


「涼奈はいっつも周りを気にするよねー」


 凛莉ちゃんはショートパンツにTシャツ姿。


 肌を露出している面積が広いから、くっつかれるとドギマギする。


「変な目で見られたら困るじゃん」


「変な目って?」


「そりゃ……なんかそういう仲なのかなって思われたりしたら……」


「そういう仲なんだから、いいんじゃない?」


 わたしの首に両手をまわしながら、そういうことを言わないで欲しい。


 この密着度が余計に変な想像を駆り立てられる。


「それにさ、いつかはバレるんじゃないの?」


「そう、なのかな……」


「そうでしょ。だって涼奈はこれからずっとあたしと一緒なんだから」


「ううっ……」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことを凛莉ちゃんは相変わらず当たり前のように言う。


「ま、あたし隠すつもりもないけどね」


 しかも、あっけらかんと結構すごいことを言ってくる。


「ないの?」


「ないよ。だって隠し通すとかムリじゃない?」


 そうなのかな……そうなのかもしれないけど。


「ま、涼奈が隠したい内はあたしもオープンにはしないけどさ。でもいつかそういう日は来るよね、きっと」


「そう、だよね……」


 凛莉ちゃんと付き合ってることを知られるのはちょっと怖い。


 女の子同士というのもあるけれど。


 それよりも、わたしが凛莉ちゃんと釣り合っているとは思えないからだ。


 恥ずかしいとすら思ってしまう。


「まっ、そんな話しは今はどうでもいいや。ほらおいでっ」


 凛莉ちゃんがわたしの手を引く。


「あ、うん」


 そのまま彼女の部屋へと上がり込んだ。


「デニムパンツなんて履いて暑くないの?」


 凛莉ちゃんはわたしの全身を見るなり、そんなことを口にした。


 恰好が疑問らしい。


「暑いけど……こんなのしかないし」


「そりゃ暑いよ。涼奈もスカートなりショートパンツ履けば?」


「いや、ムリ。足出したくないから」


「勿体ないって。涼奈、足綺麗なのに」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけれど……。


「そんなこと言うの凛莉ちゃんだけだよ」


「そもそも皆知らないだろうしね。涼奈、学校での着替え秒だし」


「見られたくないからね」


 しかも時間もズラして人気が少ないタイミングを選んでいるから、見られる可能性はかなり少ない。


「まあ、それはそれでいいか。あたしだけの涼奈って感じするから」


 納得したのか凛莉ちゃんはグラスを乗せたトレーを運んできてくれる。


「これアイスティーね」


「あ、ごめん。誕生日なのに用意させて……」


「いいっていいって、このくらいはするよ」


 ローテーブルの上にグラスが置かれる。


 凛莉ちゃんがそのままベッドの前に座ったところで、タイミングはここだなとわたしは覚悟を決める。


 リュックの中を漁り、買ってきた物を手に取る。


「はい、これケーキとかお菓子とか」


 お店の名前が筆記体で綴られた箱を、そのまま渡す。


「おおっ、なんかリュック大きいと思ったけど、こういうことね」


 凛莉ちゃんは目を見開きながら受け取ってくれる。


「あれ、しかもこれ。駅前に最近オープンしたお店じゃない?」


「うん、評判いいらしいから」


 ネットの口コミですけどね。


 サクラだったら、ごめん。


「ええー、ありがとう涼奈。けっこう買うの大変だったんじゃない?」


「あ、まあ……それなりに人はいたけど」


 コミュ障にはツラい人混みとオシャレさん達だった。


 凛莉ちゃんの誕生日でなければ、絶対に行かない。


「色々買ったから、好きなの選んで」


 凛莉ちゃんの好みが分からないから、とにかく量を買う事にした。


 こういう時も、わたしは凛莉ちゃんのことをよく知らないと痛感させられる。


 きっと、凛莉ちゃんがわたしの物を選ぶならこんなに迷いはしないだろう。


「うん、ありがとう」


 凛莉ちゃんはチーズケーキを手に取り、お皿に乗せる。


「チーズケーキ好きなの?」


「うん、結構好きかも」


「そうなんだ、他には?」


「何でも大丈夫だよ?」


 いや、きっと他にも好きな物はあると思う。


「特に好きなのは?」


「え、そうだなぁ……」


 ちらりと箱の中身を見ていた。


 口籠っているのは、きっとわたしが買ってきた物の中にないからだ。


 それを口にしてしまうと、わたしが重く受け止めると思って避けてるんだと思う。


 凛莉ちゃんはそうやっていつもさりげなくわたしに気を遣う。


「ここにないヤツでもいいから」


「そっか、うーんとねぇ……」


 凛莉ちゃんは悩まし気な表情を浮かべながらも渋々、口を開く。


「モンブラン、かな?」


「へえ……」


 やっぱりわたしが買ってきた物の中にはないものだった。


 それと、意外にも甘さ控えめなのが好きなんだなとも思う。


「あ、でもチーズケーキも同じくらい好きだからね?」


 凛莉ちゃんは気を遣ってフォローを入れてくる。


 そんなこと、気にしなくていいのに。


 でも、これでいいと思う。


 わたしは凛莉ちゃんのことをもっと知りたいから。







「美味しかったね」


「うん」


 わたしと凛莉ちゃんはいつものように話しながら、ケーキを食べる。


 まだ残ってるのもあるけど、とりあえず一段落といった雰囲気が流れた。


 よしっ、渡すなら今だ。


「凛莉ちゃんっ」


「お、おうっ」


 わたしの気迫を感じ取ったのか、凛莉ちゃんの語尾も強まる。


 わたしはまたリュックに手を入れ、掴んだそれを渡す。


「お誕生日おめでとうございますっ」


「ありが……とう……?」


 凛莉ちゃんの両手の上には黒いケースが収まっている。


 それがわたしのプレゼントだ。


「す、涼奈さん……?」


「あ、開けちゃって」


 なにか言いたげなテンションだったけど、それは封じる。


 とにかくプレゼントを確かめて欲しい。


「う、うん……」


 パカッとケースの蓋が開く。


 中身を取り出すと、銀色のチェーンとその先には小ぶりのリングが垂れ下がっていた。


「ネックレス……?」


「そ、そうっ」


 凛莉ちゃんが私服でネックレスをしているのを見て、そういうのもアリなのかなって思ったのだ。


「い、いやいや……涼奈っ、これはダメでしょっ」


「えっ」


 頭を打ち付けられたような衝撃。


 突然、慌て始める凛莉ちゃんにわたしも動揺する。


 え、ダメなの……?


 プレゼントにネックレスって、そんなダメだった……?


 あ、それともデザインがお気に召さない?


 せ、センスなくてごめんなさい……。


「……わたしなんかが選んじゃダメだよね」


 調子に乗りました。


 出直します。


 というか記憶から抹消してください。


「そうじゃなくて、釣り合わないじゃん」


「あ、はい。知ってます。凛莉ちゃんとわたしじゃ釣り合わないよね、調子に乗ってました……」


「だから、そうじゃなくてっ。あたしなんてぬいぐるみなのに、こんなガチな物贈られたら困るんですけど……」


「……ん?」


 どうやら釣り合わないというのは、お互いのプレゼントのことらしい。


「そんなことないよ」


「値段的にも全然ちがうじゃん」


「シルバーだから」


 そんなに高くはない。


「そうは言ってもさぁ……」


 値段の話は無作法だから、凛莉ちゃんもあまり多くは探らない。


 とは言え、わたしとしても凛莉ちゃんに変な物をつけさせるわけにはいかなかった。


 だから、こんなわたしでも聞いたことのあるブランドを選んだので物としてはいいはずだ。


「き、気に入ってくれた……?」


「涼奈が選んでくれたんだから、気に入るに決まってるじゃん」


 凛莉ちゃんは恨めしそうな目でわたしを見ている。


 喜びと困惑が混ざり合ったような顔……なのかな。


「よかった。なら、つけてみてよ」


 わたしは凛莉ちゃんの後ろに回る。


「え、涼奈……」


 凛莉ちゃんからネックレスを受け取り、不器用ながら首に回して金具を留める。


 キラキラと凛莉ちゃんの首元が輝く。


 よく似合ってるし、可愛いと思う。


 小ぶりな物を選んだから、主張は少ないけど。


「良かったら、使ってくれると嬉しいな……」


「当たり前じゃんっ」


「あわっ」


 凛莉ちゃんはわたしの方を振り返ると、また胸に飛び込んできた。


 ぼすん、と上半身がベッドに埋まる。


「ありがとう涼奈、大事にするね」


「うん、よかった」


 凛莉ちゃんはわたしの贈った物を本当に喜んでくれた。


 それがわたしにとっては何より嬉しい。

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