84 将来のこととか


 その後、凛莉りりちゃんは普通に焼きそばとおにぎりを買って食べていた。


涼奈すずな、本当にクレープだけで良かったの?」


「あ、うん……」


 もぐもぐと食べる凛莉ちゃんの食べっぷりは見ていて気持ちいい。


「凛莉ちゃん、お腹空いてたんだね」


「そうだけど……なんか食べ過ぎとか思ってない?」


 凛莉ちゃんがジト目を向けてくる。


「思ってない。むしろ足りなさそうだから、何か買ってきてあげようかなって思ってた」


「やめてよっ、そんなことしないでっ」


 結構本気なテンションで釘を刺してくる。


「あ、お腹いっぱいだった?」


「逆でしょ、逆」


「逆?」


「余裕で食べれるから、ここら辺で我慢しないといけないの」


「……ああ」


 なるほど、そっちの発想だったのか。


「涼奈はいいよね。クレープでお腹いっぱいとか、メルヘンな生き物で」


「いや……こんな根暗なメルヘンどこにもいないから」


「ううん、涼奈はかわいいよ」


 いや、会話が噛み合ってない。


 あと可愛いを毎回言わなくていい、反応に困る。


「凛莉ちゃんみたいにいっぱい食べれる人、羨ましいけどね」


「なにがいいのさ……これがどれだけあたしの悩みになってると思って……」


 はあ、と凛莉ちゃんは足をばたつかせる。


 その仕草が子供みたいでかわいい。


「……まあ、ご飯も食べたことだし。次は出し物とかでも見てみる?」


「そう、だね」


 そうして校舎へと戻っていく最中、人とすれ違う度に男女学年関係なく凛莉ちゃんが注目の視線が集まっているのが分かる。


 他校の人達もそれは同じだ。


 やっぱり目を惹く存在なんだなと思う。


「どうしたの涼奈?」


 凛莉ちゃんは、言葉すら発していないわたしの変化をすぐに察する。


 本当に全て見透かされているのかもしれない。


「いや、やっぱり凛莉ちゃんと一緒に歩くのって場違いだなって」


 普段の教室ではそれが当たり前のような空気になっていて、不思議と慣れてきたけど。


 こうして違う空間になると彼女の存在が眩しいものだと突き付けられる。


 嫉妬の感情は減ったように思えるけど、同時にわたしでいいのかという劣等感は増えたような気もする。


 本当に感情というのはままならない。


「気にしすぎだって」


「……そうかな」


「そうだよ」


 凛莉ちゃんがわたしの頭の上にぽんと手を置いた。


「それにさ他の誰かなんかより、あたしの方が大事でしょ?」


「それは……そうだけど」


「なら、あたしいがいいって言ってるんだからいいんだよ」


 そんな簡単に割り切れたら、どれだけ楽だろうとは思う。


 わたしはそんなに強くない。


 うじうじと、こうして考え続ける生き物なんだろう。


「ほら、何か見たい所があるなら言ってよね」


「あ、うん……」


 でも、だからこそ。


 こうして手を引いてくれる凛莉ちゃんが、わたしには合うのかもしれない。



        ◇◇◇



 夜になった。


 後夜祭を迎え、体育館ではライブをやっていたりなんかする。


 そこに集まっている人もいれば、各々好きな場所で談笑していたりもする。


 わたしたちは後者の方で、凛莉ちゃんと二人で廊下を彷徨っていた。


 夜の学校は非現実的でちょっとだけ怖かったりもするけど、凛莉ちゃんがいるから安心したりもしている。


「涼奈ってさ、進路ってどうする気なの?」


 唐突に、凛莉ちゃんは質問を投げかけてきた。


「……あんまり考えてなかった」


 なんせこの恋愛ゲームの世界に転生して3か月ほど。


 目まぐるしい生活の変化やシナリオのことばかりを考えていて、将来のことなんて何も考えてなかった。


「もう二年なんだよ、そろそろ考えないとヤバくない?」


「そう……だよね」


 いや、それは言い訳か。


 元々のわたし、雪月真白ゆきつきましろの時から将来のことなんて考えてなかった。


 なりたいものもなかったし、高校も学力に見合った場所を選んだだけでそこに理由はなかった。


 実の親ですら興味を持ってくれない自分の未来、それを見限るのはわたしにとっては当然の帰結だった。


 だから、将来をどうするかなんて考えはわたしには浮かばない。


「進学とか?」


「……どうだろ」


 大学まで行ってやりたいこともないし。


 かと言って就職したい職業があるわけでもないし……。


「あたしは親に進学しろって言われてるんだよね」


「そうなんだ」


 凛莉ちゃんは成績が良くない方とは言え星藍学園せいらんがくえんは進学校。


 場所を選ばなければ、進学先はあるのだろう。


「でもこの街から離れる気もないからさ。近くの大学にしようかなって思ってるんだ」


「……へえ」


 それはそれではっきりと決めれるなら羨ましいなと思う。


 わたしはその判断すらつかない。


「涼奈の親は何か言ってないの?」


「特には……。好きにしていいとは聞いてる」


 雨月涼奈あまつきすずなの中に、両親にそう告げられている記憶があった。


「ならさ、あたしと一緒の大学行こうよ」


「……え」


 思ってもいない提案だった。


「まあ、同じじゃないにしてもさ。この街は一応都市部だから大学色々あるし。涼奈も家から通える範囲で進学しなよ。涼奈と同じ偏差値になれるようあたしが努力してもいいし」


 凛莉ちゃんは真面目な顔でそんなことを言う。


「……どうして?」


「どうしてって、涼奈と一緒にいたいからに決まってんじゃん」


「一緒に……」


「あたしもさすがに親の意見をつっぱねるほど仕事したいわけじゃないし?仕事をしなくても進学すれば涼奈と一緒に過ごせるわけだし。いいと思わない?」


 ……初めてだ。


 わたしの将来を気に掛けてくれる人。


 一緒に未来を願ってくれる人。


「……いいかも」


「でしょ?じゃあその方向で考えようよ」


 そんな人がいてくれるだけで、自分の軸が定まっていく。


 凛莉ちゃんと一緒に過ごす為、それを描くための道なら決めていけると思えた。


「ありがとう、凛莉ちゃん」


「感謝されることじゃないって、お互い様じゃん」


 凛莉ちゃんは知らないから、そう言ってくれるんだと思う。


 わたしの中にずっと在り続けた孤独を、凛莉ちゃんだけが救ってくれる。


 ――パンッ


 弾けるような音と共に、窓から光が差し込んでくる。


 花火が打ち上がっていた。


「あはは、タイミングいいね。あたしたちの将来を祝ってくれてるみたいじゃない?」


 凛莉ちゃんは、夜空に打ち上がる大輪の花を眺めている。


 その横顔は花火なんかよりずっと綺麗だと思った。

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