85 眠りの前に


「花火、終わったね」


 凛莉りりちゃんの次に綺麗な花火はあっけなく終わりを迎えた。


 学校規模の花火なんて、これくらいなのだろう。


「んー。あたしたちの文化祭もこれで終わりだね」


 それが後夜祭の終わりを告げる合図となった。


 ぞろぞろと学校から消えていく人影の中に紛れて帰路につく。


 しばらく歩いていると、当たりに人の気配はなくなっていた。


「さっきかえでから聞いたんだけどさ、やっぱ文化祭をきっかけに付き合い始めたカップル激増したらしいよ」


 何ともむず痒い話しだった。


「へ、へえ……」


「去年までは“文化祭で付き合うとか青春かよ”と思ってムカついてたけど、今年は穏やかな気持ちで聞くことが出来たよね」


 でもその先の凛莉ちゃんの発言はわたしにとって意外なものだった。


「凛莉ちゃんでも、そういう話で腹立ったりするんだ」


 ちなみにわたしにとって恋愛はおとぎ話レベルで現実感がなかったので、逆に何の感情も湧かないタイプだった。


 心が自然とシャットアウトしていたのかもしれない。


「そりゃそうでしょ。あたしだって一人が好きなわけじゃないし」


 まあ、凛莉ちゃんの交友関係なら確かにそうだろうけど……。


 でも、やっぱり違和感は残る。


「凛莉ちゃん、付き合おうと思えたら付き合えたでしょ」


 なんせ日奈星凛莉ひなせりりに告白する者は後を絶えない。


 引く手数多だったはずだ。


「うーん……なんていうか、しっくりこなかったんだよねぇ」


「しっくり……?」


 数々のイケメンを相手にしてきて、唯一しっくりきたのがわたしって……。


 自分で言うのもなんだけど、だいぶおかしい気がする。


「……まあ、涼奈すずなだから言うけど。あたしってあんまり男の人得意じゃないんだよね」


 それも初耳だった。


「そうなの?」


「うん、別に嫌いとかじゃないよ?ただ恋愛対象として見るのはちょっと違うっていうか……」


「……そうなんだ」


 そっか……。


 それでヒロインの中で唯一、凛莉ちゃんだけが進藤くんと絡んでないんだ。


 そうなった経緯があると思うけど、根掘り葉掘り聞くような話しでもないと思う。


「あっ、でも別に女の子をそういう対象でみてたわけでもないんだよ?単純にあたしって恋愛感情は持たない人なのかなぁーと思ってただけ」


 それでも原作なら進藤くんと付き合うことになるんだから、進藤くんって何者だったんだ。


 そのルートをわたしが横取りさえしなければ、こうして隣に歩いていたのは進藤くんだったかもしれない。


 そう考えると、本当に運命の分かれ道だった。


「似てるね」


 だからと言うわけじゃないけど、わたしは共感を示す。


 凛莉ちゃんを放したくないから。


「涼奈と?」


「うん、わたしもそういうのは縁がない人だと思ってたから」


 このままずっと一人で生きていくんだと思っていた。


「それを変えてくれのは、涼奈のおかげだよ」


「……わたし?別に何もしてなくない?」


 そんな大それたことをした覚えはない。


「そうなんだってばっ」


「おわっ」


 凛莉ちゃんがわたしの腕に絡みついてくる。


「いいでしょ?あたしたち、もうそういう関係なんだから」


 わたしの物申しそうな雰囲気を感じ取ったのか、凛莉ちゃんがすかさず言葉を挟む。


 それを言われると何も言い返すことが出来ない。


「ま、細かいことは置いといてさ。こうして一緒にいられる時間を大事にしたいよね」


 凛莉ちゃんは歯が浮くような言葉を平気で言う。


 わたしは残念ながら、そんな素直さを持ち合わせていない。

 

「そうだね」


 だから頷くくらいはしようと思う。

 

 それはわたしも思っている事だから。



        ◇◇◇



 家に帰る。


 暗闇の部屋、スイッチを押して明かりがつく。


 いつも当たり前のようにやっている行為なのに、今日はそれが久しぶりな気がして何とも言えない寂しさがあった。


 今日は色々あったから、そのせいだと思う。


「寝る準備しよう……」


 まだ寝るには早い時間だけど、慣れないことばかりしたせいで疲れている。


 眠気はすぐに襲ってきそうだった。







「ふあー……」


 ――ばふっ


 ベッドがわたしの体を包み込む。


 体が緩んでいくと、全身が疲労していたのがよく分かる。


 ……でも、初めてかもしれない。


 わたしにとって文化祭というものは自分が浮いていることを再認識させられる行事であって、とても皆が言うような素晴らしいものではなかった。


 だから、こんなにも楽しいと思えたのは驚きだった。


 それどころか、わたしは文化祭を終える事に寂しさすら感じている。


 もっと続いて欲しい、そんな風に思える日が来るとは思わなかった。


「君たちも、そう思うでしょ?」


 わたしは隣に寝かせている二羽のペンギンに語り掛ける。


 返事はないけれど、優しいシルエットも変わらない。


「……あれ?」


 よく見てみると、二羽のペンギンはサイズに微妙な違いがあった。


 青色に比べると、灰色の方は少しだけ小さかった。


「……なんか、わたしと凛莉ちゃんみたいだね」


 色があって背が高いのは凛莉ちゃんで、灰色という色があるのかないのか分からなくて小さい感じはわたしに似ている気がする。


 そう思うのも、これが凛莉ちゃんが贈ってくれたものだからかな。


 凛莉ちゃんがいないのは寂しいけれど、凛莉ちゃんが贈ってくれたこの子たちがいると少しだけ気が紛れる。


 凛莉ちゃんがいるような気持ちに、ちょっとだけなれるから。


「……」


 ペンギンは二羽とも仰向けになって、わたしの布団で寝ている。


 せっかく一緒にいるのに、どちらも天井だけ見ているのは寂しいような気がしてきた。


 わたしはペンギンを横向きにさせて、お互いのことを見つめ合うように寝かせてあげる。


 腕も互いの腕に絡むようにしてあげた。


「……うん。これで寂しくないでしょ」


 せっかく仲の良いペンギン同士、何もお互いの存在を無視することはない。


 こうして一緒に見つめ合っている方がずっといい。


 お互いに、抱き合って……。


「や、やっぱやめよう。やっぱり君たちにはまだ早い」


 わたしは何だかいけないことをさせている気になってきて、ペンギンを元通りの仰向けに戻す。


 誰かが見ているわけでもないのに、一人で気恥ずかしい気分になった。


 この子たちを、わたしと凛莉ちゃんに見立てたこととか。


 抱き合ってるとか思ったのがいけなかった。


 どうしたって、今日の音楽室でのことを思い出してしまう。


 途中で終わってしまった、凛莉ちゃんとのそういうこと。


 唇の感触とか、耳を噛まれた痛みとか、足を撫でられた感覚とか。


 もう少しで触れられそうになった、わたしの奥とか。


 どれも初めてのことで、どれも刺激的だった。


 わたしからあんなことをする勇気はない。


 でも付き合うってことは、そういうことをすることになるんだろう。


 その時、わたしはどうなるのか想像がつかない。


「……寝よ」


 わたしもペンギンたちに倣って仰向けになる。


 いつかこの子たちみたいに、わたしの隣にも凛莉ちゃんが一緒に寝てくれるんだろうか。


 そんな妄想を膨らませて、また一人で恥ずかしくなった。

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