80 好きって言って
好きにすれば、とわたしは精一杯の見栄を張る。
「
そして、
ガラガラ
扉が開く音。
「……え」
女の子の声。
「「……え」」
わたしたちの声。
音楽室へと足を踏み入れたのは、
「貴女たち、何をしているんですか?」
み、見られた……?
金織さんに見られたっ?
いや、凛莉ちゃんはわたしに覆いかぶさってはいるから、良くも悪くもそれ以外の事は見えなかったはず。
いつの間にかスカートの位置も戻っているし、何をしているかまでは分からなかったはずだ。
凛莉ちゃんがすっと立ち上がる。
上手いこと誤魔化せば、まだ何とかなるはず……。
「な、ななっ、なんでもないんですけどっ。あんたの方こそ何のよよっ、用よ」
凛莉ちゃん動揺しすぎーーっ。
噛み過ぎだからっ。
ほら、金織さんの表情が険しく……。
「どなたですか?慣れ慣れしく“あんた”呼ばわりはやめて下さい、不愉快です」
そして金織さんもちょっと意味が分からないことを言っていた。
「はあ?なにそれ、なんのボケ?」
「……? 貴女の方こそ、初対面の相手に不遜な態度が過ぎます。ボケているのはそちらだと思うのですか」
金織さんは真顔で、凛莉ちゃんを知らないと言い張っている。
「だからっ、
その言葉を聞いて、金織さんが“おや?”と目を見開く。
「あら、日奈星さんでしたか。気づきませんでした」
「やっぱりあんたがボケてんじゃない」
「いえ、貴女がいつものふしだらな格好ではなかったので。誰が誰だか分かりませんでした」
確かに今の凛莉ちゃんは着崩した制服じゃなくて、メイド服だけど……。
「あたしを服で見分けてるみたいに言うな」
「他にどこで見分けろと?」
「顔見りゃ一発でしょうが」
「あまりにだらしない方は見るに耐えませんので、それ以上は観察していませんでした」
やれやれと金織さんが首を振った後、視線がわたしの方を向く。
「それはともかく……そこのもう一人の方は誰ですか?」
金織さんに指名されて逃げるわけにもいかない。
わたしも床から立ち上がる。
「……すいません、わたしです」
「あら、
金織さんは意外そうな声を上げる。
わたしだとは思っていなかったらしい。
「誰も使わないはずの音楽室で物音がしましたので。てっきり私はまた不純異性交遊をしている方たちかと思ったのですが……」
金織さんはわたしと凛莉ちゃんを交互に見る。
「お二方はここで一体何をなさっていたのですか?」
当然の疑問を投げかけられた。
「何でもいいでしょ」
凛莉ちゃんはそれを突っぱねる。
「何でも良くはありません。雨月さんはこれから大事な人との用事があるはずです、それを貴女は何だと思っているのですか」
さっきわたしが廊下で話したことを金織さんは言っている。
「いっ、いいのよっ。その用はもう済んだはずだからっ」
「はい……?」
金織さんは首を傾げていて、状況が理解できないようだった。
「とにかく、わたしたちもう行くからっ」
凛莉ちゃんがわたしの手を掴んで歩き出す。
「待ちなさい、何をしていたのか。まだ聞いていませんよ」
けれど金織さんは尚も立ちはだかる。
凛莉ちゃんはそれに一瞬たじろぐけど……。
「これっ」
自分で着ている黒のスカートを指差す。
「メイド服、これを着せてもらうの手伝ってもらってたの」
「それでどうして雨月さんに馬乗りになるんですか」
「そしたら上手く動けなくて転びそうになった所を涼奈に受け止めてもらったの」
「……嘘くさいですね」
金織さんはジーッと凛莉ちゃんを睨んでいる。
全然信用していない目だ。
「事実ですか、雨月さん」
今度はわたしに確認を求めてくる。
もしかしたら、わたしのことを心配してくれているのかもしれない。
「……はい、そうなんです」
ごめんなさい金織さん。
ここは凛莉ちゃんの嘘に乗っかることにします。
「……そうでしたか」
金織さんは諦めたように息を吐いた。
「メイド喫茶の仕事があるから、あたしたちもう行くからね」
「どうぞ、お好きになさってください」
わたしは金織さんに会釈をして、音楽室を後にした。
凛莉ちゃんがわたしの手を引いて歩く。
それはいつものことなのに、少し意味が違うようにも感じる。
「やっぱり学校はまずかったね」
凛莉ちゃんは振り返らずに、わたしにだけ届く声で話してくる。
さっきのことを思い出して、沸騰して爆発しそうになった。
「そ、そうだね……」
確かに、時も場所も選ぶべきだ。
それでも、受け入れようとしていたわたしが大胆すぎて驚く。
でも多分、それは凛莉ちゃんも一緒だと思う。
だって、いつもは冷たい彼女の指先が今は熱を持っているから。
顔は見えなくても、きっと同じように照れているのが分かる。
「とりあえず、教室に戻って仕事しよ」
「う、うん……」
よかった。
これでわたしは他の人に嫉妬せずに済むし、凛莉ちゃんとずっと一緒にいられ……
待って。
待って、待って、待って。
わたしは凛莉ちゃんにキスをされたし、その先のこともされそうにはなったけど。
まだ大事なことを言われていない。
“好き”
その一言を、まだ言ってもらえてない。
さっきまで軽やかだった心が、一気に重くのしかかった。
ダメだ。このままだと、またわたしはおかしくなる。
……ちゃんと言葉にしてもらわないと。
「あ、あのね。りり……」
「そういえばさ?」
偶然にも口を開くタイミングが重なった。
先を歩いていた凛莉ちゃんの足がぴたりと止まって、それに合わせてわたしも止まる。
凛莉ちゃんは振り返って、わたしのことを見る。
「涼奈って、いつからあたしのこと好きだったの?」
「へ……えっ!?」
何てことを何て場所で聞くんだ。
まだ特別教室の範囲だから人は少ないと言え、廊下は音楽室のように無人じゃない。
「ちょっ、ちょっと凛莉ちゃん。そんなこと言って聞かれたらどうするのっ」
「いやいや、女子同士で好きって言ってても普通は“友達”で、“そっち”だとは思わないでしょ。思ってたらそいつらの頭の方が変」
「そ、そうかもしれないけどっ……」
それでも心臓には悪い。
「それで、いつからなの?」
「え、えっと、その……」
ていうかどういう質問なの、それ。
いつから好きなんて考えた事もない。
最初の頃から、可愛いし良い人だとは思ってたけど、陽キャすぎて釣り合わないと思ってたし。
凛莉ちゃんの家に初めて行った時はドキドキしてたし、それが恋かと言われるとそうな気もするけど……。
でも
体育祭や文化祭の嫉妬の方が強かった気もするし……。
分からない。
でも、明確に意識したのはついさっき。
「……最近、かな」
総括して、そんな曖昧な言葉で濁した。
明確な境目は分かりづらいグラデーションだと思う。
「それじゃ、あたしとは釣り合わないね」
「……え?」
凛莉ちゃんは“うーん”と悩まし気に眉をひそめる。
釣り合わない。
それって、あたしが凛莉ちゃんと釣りあっていないってこと?
そんなこと分かってるけど。
でも、それが分かってても我慢できなかった。
だから告白したのに。
「わたしじゃ足りないってこと?」
「うん、全然ダメだね」
じゃあ、さっきの行為は遊びだったってこと?
そんな結末……。
「だって、あたしの場合はね――」
凛莉ちゃんの止まっていた足が動く。
隣に立って、わたしの耳に手を当てる。
「初めて街で会って助けてくれた、あの日から。あたしは涼奈のことが大好きだったんだよ?」
耳打ちされて掛かる息が熱い。
凛莉ちゃんはステップを踏んで離れていく。
急上昇するわたしの温度、彼女はそれを見て微笑んでいた。
「だからね、最近とか言っちゃう涼奈は修行が足りないよ。あたしの方が断然長いんだから」
「そ、そそっ、それって……」
頭がパニックになって言葉が上手く続かない。
「あ、いや。この言い回しもちょっとちがうな……」
ちがうのかよっ。
わたしの温度は急速冷凍に切り替わろうとして――
「涼奈のことが大好きです。付き合ってください」
――やっぱり爆発した。
「えっへへ」
そして言ってる凛莉ちゃん自身が笑っている。
ていうか……。
「今のこそ耳打ちすべきでしょ、聞かれたらどうするのっ」
幸い聞かれてなかったけど、誤魔化しようのない一言だった。
「いいじゃん」
「よくない」
さすがにマズい。
「そんなことより、どうなの涼奈?」
「どうって……」
「返事、聞かせて欲しいな」
告白したのはわたしのはずだったのに、いつの間にか凛莉ちゃんに告白されたみたいになってる。
変な感じだし、答えなんて分かりきってるのに……。
「……よ、よろしくお願いします」
「うん、これからもずっと一緒だねっ」
そうして凛莉ちゃんは満面の笑みを咲かす。
そんな彼女がやっぱり好きだと思う。
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