77 心の真ん中


 文化祭当日。


 7月の中頃で、ちょうど梅雨が明けるか明けないかの微妙な頃合いだったが天候には恵まれていた。


 各クラスが出し物の準備を始めている。


 わたしはメイド喫茶で出す料理の食材整理をしていた。


「へいへーい。涼奈すずなさん」


「うん?」


 凛莉ちゃんに声を掛けられて振り返る。


「……おおっ」


「どうよ?」


 凛莉ちゃんがメイドになっていた。


 黒のロングワンピースと白のエプロンにはフリルがあしらわれている。


 ロングスカートになるので、クラシックなメイドさんだった。


 恋愛ゲームなのに、そこは手堅い。


「似合うね、可愛い」


「お、おう……そっか。まさかそんなストレートに言ってくれるなんて」


 自分から聞いてきたくせに、褒められたら照れていた。


「うん、これはみんな凛莉ちゃんを見に来るよ」


「いやあ……どうかなぁ」


「絶対そう」


 美人とは言え、凛莉ちゃんの見た目はギャルで芯が強そうな印象が強い。


 それをメイド服の可愛らしさが凛莉ちゃんを中和していて、ちょうどよく可愛くなっている。


「でもさあ、なんかこういうフリフリとか似合わなくない?」


「いや、ロングスカートで大人っぽさもあるから可愛すぎにはなってないよ」


 ミニスカートでも、それはそれで似合うと思うけど。


「マジか。でもこれ動きにくいんだけどね……暑いし」


 凛莉ちゃんは足を隠すと動きづらさを感じてしまうらしい。


「大変だろうけど、頑張ってね」


「涼奈もね」


 多分、一番大変なのは接客のメイドさんたちで、その中でも注目を浴びるであろう凛莉ちゃんだけど……。


「うん」


 でも、一緒に頑張ろうと言ってくれるのは嬉しかった。







 とは言え、本格的に人が集まり店が回転し始めるとわたしの出番はほとんどない。


 調理には参加しないため、食材の補充だとか細々した仕事しかない。


 だからメイド喫茶の状況を見守る余裕があった。


「ご注文は何になさいますか?」


 凛莉ちゃんが笑顔で接客している。


 集客は期待以上の結果で、満席状態。


 お客さんは男女問わずメイド姿を珍しそうに眺め、その中でも注目を集めるのが凛莉ちゃんだった。


「あの子、可愛すぎじゃない?」


日奈星凛莉ひなせりりでしょ。アレでまだ彼氏いないらしいよ」


「ウソでしょ」


「ほんとはいるのかもね」


 同じ学年の子と他校の子の噂話が聞こえてくる。


 噂になるのは自然なことだし、注目を浴びるのも分かっていた。


 でも、わたしはその光景がやっぱり面白くなかった。


 ふつふつとお腹の底が熱くなってくるような感覚がある。


 このままでいると、変なことになってしまいそうだった。


「雨月さん?」


「あ、はい」


 料理班のリーダーがわたしに声を掛けてくる。


「予想以上に売れ行きが良くて……材料足りなくなりそうなの」


「それは大変だ」


 凛莉ちゃん効果は絶大だった。


「申し訳ないんだけど食材を取りに行ってくれない?他の子たちは調理で手が離せなくて」


 当初の予定では昼を跨いでから食材は補充するはずだった。


 この勢いなら、予定時刻よりも早く完売してしまうだろう。


「うん、いいよ。そういう役目だし」


 でもちょうど良かった。


 この空間は今のわたしにはツラい。


 食材は家庭科室に保存してある。


 抜け出せば、少し気を落ち着かせられるかもしれない。


 わたしは足早に教室を出た。







「……これでよしっ、と」


 家庭科室にある食材を袋に入れる。


 あとは教室に戻るだけだけど、遠回りをしたくなった。


 廊下は色々な人が行き交っている。


 いつもの学校の雰囲気とは全然違う、お祭り騒ぎ。


「次、あれ見てみようぜ」


「うん。いいよ」


 その中にはカップルで回っている人なんかもいたりする。


 ……凛莉ちゃんと、こうして回りたい人もいるんだろうな。


 そう思うと、胸がきゅっと締め付けられた。


 おかしい。


 そんなの当たり前のことなのに。


 凛莉ちゃんが誰かと付き合うことなんて当たり前で、進藤くんと付き合う可能性だってある人なんだ。


 最初から分かっていた事なのに、想像しただけでこんなに落ち着かなくなるんてどうかしている。


「そこの二人、距離が近すぎます。もう少し節度をもちなさい」


「うっす、すんまんせん……」


「ごめんなさい……」


 眉間に皺を寄せて周りに目を光らせているのは金織麗華かなおりれいかだった。


「まったく、文化祭ともなると見境がなくなるのですから……って、雨月さん?」


「あ、お疲れ様です」


 誰かと一緒に行動している人が多い中、ぼっちで食材を持ち歩いている人は珍しかっただろう。


 金織さんはすぐにわたしを見つけて声を掛けてきた。


「出し物のお手伝いですか?」


「え、あ、はい。食材が切れるっぽくて……金織さんは生徒指導ですか?」


「ええ。こういうお祭りごとが一番風紀が乱れますから。注意喚起しなければなりません」


 金織さんはいつも以上に忙しそうだった。


「カップルで歩いている人結構いますもんね」


「これを機にたくさんの方が付き合いますからね。それは構いませんが人前でのマナーは弁えるべきでしょう」


「そう、ですよね……」


 やっぱり増えるよね、カップル。


 遠ざけていた考えがやっぱり近づいてくる。


 凛莉ちゃんもこれを機会に誰かと付き合ったりとかあるかもしれない。


「雰囲気に流されてお付き合いすることもあるそうですから、あまり良い傾向とは思えませんけどね」


「雰囲気……流されて……」


 きっと、体育祭の時のように凛莉ちゃんに告白してくる人はいるだろう。


 もしかしたらその中に凛莉ちゃんの好きな人がいるかもしれない。


 そうじゃなくても凛莉ちゃんだって人間なんだから、雰囲気に流されることもあるかもしれない。


 そうなったら、どうしよう……。


「どうされました、顔色が優れないようですが」


「あ、えっと……」


 でも、この気持ちをどう整理つければいいか分からない。


 ただモヤモヤが募るばかりで、胸が気持ち悪くなるばかり。


「何か思う所がありましたか?」


 金織さんは心配そうにわたしの顔を覗いてくる。

 

 彼女になら相談してもいいのかもしれない。


「あの、仲の良い人がいて。その人が告白されたりとか、付き合ったりとか考えるだけで気持ち悪くなるんですけど。これって何だと思います?」


「それは……その人が誰かに奪われたくないということですか?」


「あ、はい……多分そうです」


「では、それは嫉妬でしょう」


「あ、そうですか……」


 前にも言われたことだ。


 嫉妬は好意のある人に持つ感情。


 わたしの場合は友達としての凛莉ちゃんが奪われるのを嫌って嫉妬してしまうのだと。


「好きなのでしょう?その人のことが」


「え、はい……」


「なら、奪われないように自分で掴み取るしかありませんよ」


「掴み取る……?」


 友達を掴み取るってどういう状況なんだろう。


「ですから、他の人に奪われる前に自分から告白するしかありませんよ」


「……告白」


 その好きって、友達じゃない。


「ええ、その人が恋しいのでしょう?」


「……そう聞こえました?」


「そうにしか聞こえませんでしたが」


 ……そんなふうに聞こえるんだ。


「あっ、ですが無理にお付き合いを推奨しているわけではありませんからね。学生は学業が本分ですから」


「で、ですよね。なんか金織さんがそういうの言うと驚きます」


 すると金織さんの視線がギラッと鋭くなる。

 

「申し訳ありません雨月さん、ちょっと見過ごせない方々がいましたので私はここで失礼致します。――そこの方、ここをどこだと……」


 金織さんは生徒指導のためまた遠くへ行ってしまった。


 残されたわたしは教室へと足を運ぶ。


 ……恋愛感情。


 金織さんには、そう見えたらしい。


 本当にこれはそうなんだろうか。


 この嫉妬はそんな気持ちから来るんだろうか。


 だとしたら……。







「いやあ、なんか無理やりお願いしちゃったみたいで悪いね」


「別にいいですけど」


 教室の近くで、見たくないものが見えてしまった。


 凛莉ちゃんと、知らない男の子が隣同士で歩いていた。


 このままどこかへ向かうようだ。


 今までにないくらい胸がザワザワする。


 告白?


 凛莉ちゃんの好きな人?


 分からない、分からないけど、とにかく気分が良くない。


 自分でも自分を誤魔化せないくらい気持ちがざわつく。


『なら、奪われないように自分で掴み取るしかありませんよ』


 金織さんの言葉が頭に強く響く。


 わたしはもう見てみぬフリを続けることは出来ないのかもしれない。


「ちょ、ちょっと……!」


 わたしは二人の間に割って入った。


「す、涼奈?いたの?」


 来ると思っていなかったのか、凛莉ちゃんはわたしを見て目を丸くする。


「いいから来て」


「え、ええ……?」


 わたしは凛莉ちゃんの腕を掴んで、連れて行く。


「お、おい待てって。いきなりなんだよお前、そいつはな……」


 それを黙って見過ごそうとしないのはやっぱり男の人だった。


 凛莉ちゃんに手を伸ばそうとするが、わたしはそれよりも先に凛莉ちゃんを引き寄せる。


「触らないで下さい。この子はわたしのなんです」


「はっ……?」


 何を言ってるのか分からないと、男の人はぽかーんと口を開ける。


 それならそれでいい。


「行くよ、凛莉ちゃん」


「え、どこにっ?」


 わたしは凛莉ちゃんを連れて、教室にも戻らなかった。


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