76 胸騒ぎ


 凛莉ちゃんとの誕生日会は、あっという間に時間が過ぎた。


 気が付けば夜遅くになってしまい、“そろそろ帰らなきゃね”と凛莉ちゃんが席を立つ。


 楽しい時間はすぐに終わりを迎え、凛莉ちゃんがいなくなってしまうことに寂しさを覚える。


「それじゃ、おやすみ涼奈」


「おやすみなさい」


 玄関で凛莉ちゃんに手を振って見送った。


 姿が見えなくなってから扉を閉めて、リビングに戻る。


 そこには凛莉ちゃんの空気が残っているのに、姿はないから変な感じがする。


 凛莉ちゃんの家からわたしが帰る時は、彼女もこんな気分になったりするのだろうか。


 でも凛莉ちゃんはたくさんの友達と遊んでいるだろうから、そんなふうには思わないかもしれない。


 ダイニングテーブルの椅子にはペンギンが座っている。


 凛莉ちゃんがくれたプレゼント。


 わたしはその二羽を抱き上げる。


「一緒に行こうか」


 この子たちはまだリビングしか知らないだろうから、部屋に連れて行くことにする。


 どこに座ってもらおうと考えて、棚の上に置いてみた。


「……ここじゃないかな」


 しばらくは頻繁に触るような気がするから、もっと手近な場所がいい。


 そう考えているとベッドが目についた。ここでいいかもしれない。


 わたしはペンギンをベッドに寝せて、布団を被せた。


「……可愛い」


 しかも、なんだか気持ちよさそうにも見えてくる。


 わたしも一緒に横になりたくなった。


 眠る支度をして、電気を消してベッドに横になる。


 わたしは少し右に寄り、左側にペンギンたちが眠る。


 いつもは一人のベッドだけど、今日からはこの子たちが一緒に眠ってくれる。

 

「今日からよろしくね」


 これからどれだけの時間をこの子たちと一緒に過ごすことになるだろう。


 凛莉ちゃんがくれたものだから、大事にしたい。

 


        ◇◇◇



 学校は少しずつ7月に行われる文化祭の準備に取り掛かっていた。


 つい最近体育祭が終わったばかりなのに、学生は忙しい。


 この恋愛ゲームの世界では文化祭も主人公とヒロインを結ぶ重要なイベントだ。


 けれど、今のわたしにそれについて考える気力はない。


 自分の感情さえちゃんと理解できない自分が、人様の恋愛感情を扱えるわけがないと分かってしまったからだ。


涼奈すずなー。うちらのクラスの出し物やばくない?」


 そんなある日のお昼休み、凛莉ちゃんはご機嫌ななめだった。


「あー、まあ、定番なんじゃない?メイド喫茶」


 我がクラスはありきたりな出し物に決定していた。


 そしてどうしてそうなるかも分かっている。


「なんかあたし問答無用でメイドの接客やるらしいし。発言権とかないわけ?」


「まあ……華がありますから」


 なんせ一番モテると噂の日奈星凛莉ひなせりりがうちのクラスにはいるのだ。


 彼女の容姿の美しさを活かした集客力を求めるのなら、メイド喫茶はいい判断だと思う。


「やりたくねえ……」


 しかし、当の凛莉ちゃんは一番嫌がっていた。


 彼女がここまで不満を漏らすのも珍しい。


「そんな嫌なの?」


「だってジロジロ見られたりとかありそうじゃん。そういうの得意じゃないんだよねー」


「あ、そうなんだ」


「なんで意外そうな反応なわけ?」


「そんなの日常茶飯事だろうから、気にしないのかと思ってた」


「嫌だって、ムリだって」


 まあ、そうか……。


 知らない人にジロジロ見られて、いい気持ちになるわけないか。


「まあ、涼奈に見せるのは全然アリだけどね?」


 かと思ったら今度はキメ顔でわたしを見てくる。


 ノリがいいのか悪いのか、よく分からなかった。







 文化祭の準備は少しずつ進んで行く。


 大まかな役割が決まっていくと、今度は細分化された作業に移っていく。


『雨月さんは調理を担当してもらっていいかな?』


 と、料理班のリーダーにお願いされた。


 わざわざ決めてもらったことを否定するのは良くない。


 わたしは素直に頷く。


『いいよ』


『よかった。それじゃ……』


 話しはすぐに済み、リーダーが他の人の割り振りに移ろうとした時だった。


『ちょっと待った!』


 凛莉ちゃんが乱入してきた。


 彼女はメイド班なので、この話し合いには直接関係はないはずなのに。


『ど、どうしたの日奈星さん……』


 料理担当の人たちは大人しい子が多い。


 目立つ子はメイドの担当になるからだ。


 良くも悪くも、料理班とメイド班はかなり明暗が分かれてしまう。


 その中でも一番華のある凛莉ちゃんに直接声を掛けられたら、みんな委縮する。


 わたしが普通に話している事の方が不思議なんだ。


『涼奈は調理じゃなくて、その前段階の方が向いてると思うなっ』


『前段階って言うと……料理の考案とか材料の調達とか?』


『そうそう、そういうの』


 どうやら凛莉ちゃんはわたしに料理をさせたくなかったらしい。


 もの凄い剣幕で訴えていて、料理班のリーダーはこくこくと頷いていた。


『わ、分かった……雨月さんにはそっちをお願いしてもらう』


 というわけで、わたしは遠まわしの戦力外通告を受け、料理のレシピや食材調達をすることになった。







 とは言えメニューが決まれば、食材や調理方法は自ずと決まってくる。


 わたしの役目は食材の買い出し、そこから作れる量を把握し、いくらで売れば採算がとれるのか計算することだった。


 わたしにぴったりの地味な裏方作業。


 クラスの男子は概ね装飾班で、教室をお店っぽく飾り付ける作業をしていた。


 わたしは騒がしい教室の隅っこで電卓を弾いていた。


「へえ、思ってたより可愛いね」


 たちばなさんの声


 教室の中央部ではメイド班が集まっていた。


 メイド服の用意が出来たらしく、その出来栄えを見ているらしい。


「うげえー……。こんなの着るんだ……」


 凛莉ちゃんは相変わらずうんざりしていた。


「凛莉、着てみたら?」


 橘さんが全く意に介さず提案する。


「なんであたしが」


「多分、みんな見たがってるよ」


 周りの女の子もうんうんと頷いている。


 ついでに装飾しているはずの男の子の手も止まっている。


 あんたたちは手を動かしなよ、男子。


 ……とか言うウザキャラではないので黙っておく。


「いいって、今度で」


「サイズ合わなかったらどうするのさ」


 凛莉ちゃんは断ろうとしているが、橘さんは押し付ける。


 周りもどちらかと言えば橘さん派で、クラスの雰囲気は凛莉ちゃんに着させる方向に向かっていた。


 やっぱり見てられない。


 そう思ったわたしは席から立って、教室を後にした。







 廊下も各クラスの出し物の準備で物や人通りが多い。


 ガヤガヤとした雰囲気の中、一人黙って奥へと進んで行く。


 どうしてあんなに見てられなかったのだろう。


 凛莉ちゃんがクラスの人達から注目を浴びるのは当たり前のはずなのに。


 しかもまだ準備段階でこれだ。


 本番が始まれば、もっと多くの人が凛莉ちゃんを見に来る。


 分かっていたことなのに、さっきの光景のせいですごくリアルに感じられて嫌になってきた。


『――日奈星、好きだ。俺と付き合ってくれ』


 体育祭に凛莉ちゃんに告白した人のことを思い出す。


 文化祭でも凛莉ちゃんに告白する人はいるかもしれない。


 いや、きっといる。


 でもそれは自分でも呆れるくらいに嫌だと思っている。


 そんなの認めたくない。


 どうしたら凛莉ちゃんに対する告白を止められるのか、わたしはそのことに頭がいっぱいになっていた。

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