75 お祝い


 6月も終わりに差し掛かる。


 外はすっかり雨模様で、梅雨の日々が続いていた。


 何のやる気もない日々が流れて行く。


 朝、学校に登校するのに凛莉りりちゃんとの待ち合わせ場所に向かった。


涼奈すずなさーん、今日空いてるよねぇ?」


 凛莉ちゃんの声はやけに張りがあって、聞いただけで上機嫌なことが分かる。


 雨と一緒にどんよりしているわたしとは大違いだ。


「空いてるよ」


 というか、埋まっている事がそもそもない。


「えへへ……じゃあ今日どうする?涼奈の家にする?」


「え、うん……わたしの家で構わないけど……」


「あれ、涼奈テンション低くない?今日がなんの日か分かってる?」


「分かってるような、気はしてる……」


 今日は6月24日。


 心当たりはあるにはあるが、それを言葉にする勇気が出ないと言うか。


 凛莉ちゃんから言って欲しいというか……。


「もーっ、涼奈の誕生日じゃん。自分のお祝いなのに忘れたりしてないよねぇ?」


「あ、うん。大丈夫、覚えてる」


 自分の誕生日くらいはさすがに覚えていた。


 だけど、凛莉ちゃんが本当にお祝いをしてくれるかどうかは分からなかったから、言葉を濁してしまった。


 凛莉ちゃんにその気がないのに、わたしからお祝いを催促して変な空気を作りたくなかったから。


「じゃあ放課後、あたしは自分の家帰ってから涼奈の家に向かうから。よろしく」


「あ、うん。よろしく……」


 凛莉ちゃんはいつになくテンションが高い。


 わたしの誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけど、そんなにテンションを上げるようなことでもないと思う。


「よし、どうでもいい学校だけど誕生日のためなら頑張れるね?」


「あ、うん」


「ガンバれる、ね?」


 なぜか強要されていた。


「がんばれます……」


「よし、学校へ行こー」


 もしかして、わたしも凛莉ちゃんの誕生日にはこんなテンションで迎えなきゃいけないんだろうか。


 ……出来る気がしない。


 祝いたい気持ちはたくさんあるけど、凛莉ちゃんのテンションを再現できる気はしない。


 わたしまでよく分からないテンションになって学校に向かう。



        ◇◇◇



 気が付けば放課後を迎えていた。


 なんだか今日は一日中そわそわしている気がする。


「涼奈、学校終わったよ」


「あ、うん……」


 HRが終わると同時、凛莉ちゃんが最速でわたしの席へ。


「帰るよ」


「は、早いね……」


 やる気がハンパじゃない。


「もう学校いる意味ないから、時間の無駄だから」


「そ、そうだね」


 凛莉ちゃんに“はやくはやく”と促され、誰よりも早く学校を後にした。







 というわけで繁華街で凛莉ちゃんとは別れ、わたしは先に自分の家に帰る事に。


 しかし、待っている時間というのは長いものだ……。


「な、なにしたらいいんだろ……」


 とりあえず制服姿はおかしいのかな、なんて思ったから着替える事に。


 梅雨とは言え気温は高いので、ジャージとTシャツ姿になってみる。


 ま、まあ……部屋着だし問題ないよね。


 だけど着替えなんてすぐに終わる。


 わたしは落ち着かずに、ソファに座ったり居間をうろうろしたりする。


 時計の針はなかなか進まなかった。







 永遠のような30分が経過した。


 ――ピンポーン


 チャイムの音が鳴り、わたしは弾かれるように玄関へと向かった。


 扉を開ける。


「い、いらっしゃい……」


「涼奈ー、お邪魔しまーす」


 玄関先に立っていたのはニコニコ笑顔の凛莉ちゃんだった。


 オーバーサイズの白いTシャツと黒のデニムショートパンツを履いて、肩には大きなトートバッグを下げていた。


 あ、まずい……。


 凛莉ちゃんシンプルな格好とは言え、ちゃんとオシャレだ。


 首元にはネックレスをつけていたり、Tシャツはほどよくインしていたり……。


 やばい、油断した。


 家だからと言って完全部屋着モードではダメだったかもしれない。


「あ、どうぞ」


「わーい、ひさしぶりー」


 けれど凛莉ちゃんは気にしない様子で居間へと入っていく。


 とにかく楽しそう。


「キッチン、借りていい?」


 目がキラーンってしている。


 でも、キッチン……?


「なにするの?」


「ご飯、食べてないでしょ?」


「そりゃまだだけど……」


 帰って来て、そのままだし。


「ふふ、だからあたしが作るんだよ」


 そう言って、トートバッグの中からエプロンを取り出して着始める。


 他にも食材や調味料も出てきたりなんかして、この為に大きいバッグだったのだと理解した。


「え、いいの……?」


「当たり前じゃん」


「な、なにか手伝うよ……?」


「何言ってんの、主役はゆっくり休んで待っててよ」


 そ、そうなのか……。


 凛莉ちゃんはテキパキとそのまま料理を始めてしまった。







「よし、出来た」


 しばらくすると、テーブルの上にはサンドイッチ、ハンバーグ、チキンの照り焼き、サラダ、トマトスープが並んでいた。


「す、すごすぎ……」


 凛莉ちゃんの料理はいつも食べさてもらっているが、これは本気度が違う。


 その料理の出来栄えを見るだけで、美味しさがひしひしと伝わってくる。


「えへへ……あ、あともちろんコレもあるよ」


「これ……?」


 凛莉ちゃんはトートバッグの中から白い箱を取り出した。


 その中から苺のホールケーキが現れる。


「誕生日だから、ケーキは必須だよね」


「も、もしかしてだけど……」


「うん?」


「作ったの?」


「もちろん、作るでしょ」


「ま、まじか……」


 なんかもう、凄すぎて何も言えないんですけど……。


 こんなに素晴らしいものを用意されて、逆に気が引けてきた。


「いいからほら、食べて食べて」


「あ、うん……」


 凛莉ちゃんに急かされ、わたしたちはダイニングテーブルに座る。


「どうぞ」


 凛莉ちゃんはキラキラした目でわたしに視線を送る。


「いただきます……」


 最初に口にするなら、恐らく主役であろうハンバーグからかな。


 わたしはナイフとフォークを手にする。


 ナイフを通すだけで分かるお肉の柔らかさ。


 口に運ぶと、噛むたびに肉汁が溢れて、デミグラスソースもちょうどいい味の濃さだった。


「ど、どう……?」


 わたしはナイフとフォークを置いて、頭を抱えた。


「え、微妙?」


「お、美味しすぎる……」


 ぐうの音もでねぇ。


 最初から出す気もないけどさ。


「マジ?」


「マジだよ」


 前にもパスタを作ってもらって同じような現象に陥ったけど。


 今回もそれ。


「こんなの出されたら、レンチンのハンバーグが食べられない体になってしまう……」


 というか、これは同じ料理なのか疑いたくなるレベル。


 ハンバーグという料理名が同じだなだけで似て非なる物だ。


「えへへ……。ほら食べて食べてー」


「あ、はい……」


 凛莉ちゃんの料理はどれも美味しい。


 文句のつけようがどこにもない。


 ただ一つ……食べ進めて思ったのは……。


「お、お腹いっぱいかも……」


 量が多い。


 わたしは多分小食なので、テーブルいっぱいに広がる料理を食べきることが出来なかった。


 恐らく1/3も食べきれてない。


「あ、いいよ。ムリしないで。残ったら全部あたしが食べるから」


 凛莉ちゃんはわたしの食べる様子を見てばかりいた。


 それにしたって……。


「食べれるの?」


 この量いけちゃうの?と疑問になる。


「……いけちゃうんだなぁ」


 凛莉ちゃんは恥ずかしそうに呟いた。







 残った料理は本当に凛莉ちゃんが全部食べてくれた。


 あっという間に平らげてしまうのは、見ているわたしも気持ちよかった。


「凛莉ちゃん、ありがとう。美味しかった」


「よかった」


 凛莉ちゃんはニコニコ笑顔で溢れている。


 わたしの感謝でこんなに笑ってくれるんだ。


「あ、いけないいけない。大事なモノ忘れてた……」


 凛莉ちゃんは思い出したようにトートバッグの中身を漁る。


 ……いったい、あのバッグにどれだけの物が詰まっているんだろう。


「はい、どうぞ」


 紙袋を手渡される。


 中に何かが入ってるようだった。


「……開けても?」


「うん、開けて」


 ガサガサと袋を開けると、その中身は見覚えのある物だった。


「ペンギン……」


「お誕生日おめでとう、涼奈」


 この前、凛莉ちゃんと雑貨屋さんで見たものだ。


 しかも、灰と白・青と白の二羽の色違い。


 どちらかが欠ける事もなく揃っていた。


「何にしよっか悩んでたんだけどさぁー?涼奈、そのぬいぐるみが一番反応良かったから。大丈夫だった?」


 そっか、だから凛莉ちゃんこの前は何も買わなかったんだ……。


「うん、嬉しい。ありがとう……」


 わたしはその二羽を胸に抱いた。


「やだ、かわいいんですけど……」


「うん、かわいい」


 わたしはペンギンの頭を撫でる。


「いや、ペンギンじゃなくて。涼奈がっ」

 

 なんか前もこんな会話をした気がする。


「ありがとう。こんなにしてもらっちゃって……」


 ほんとうに嬉しい。


 だけど、これに見合ったお礼を凛莉ちゃんに返せる気がしない。


「ううん、いいんだよ。涼奈が喜んでくれるのがあたしも嬉しいから」


「そんなのでいいの……?」


「うん、最高」


 それだけで凛莉ちゃんは朝からニコニコとテンションが高かったんだろうか。


「別にわたしの誕生日なんて特別なことじゃないよ」


「ううん、あたしにとっては特別だし。嬉しいよ」


「なんで?」


「だって今この世界で涼奈を祝えるのはあたし一人なんだよ?それを喜ばずにいられる?」


「だから、そんな大したことじゃ……」


 というか誰もわたしのことなんて祝いたくないから一人余っただけで、そんな特別感を感じることじゃないんだけど……。


「さ。ケーキもまだあるよっ、甘いものは別腹でしょ?」


「あ、うん……」


 わたし別腹とかあんまりないけど……。


 どっちかって言うと、凛莉ちゃんに祝ってもらえる嬉しさで胸がいっぱいって感じかな。

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