70 天然って言わないで


 体育祭当日。


 雲一つない晴れやかな空が広がっていた。


「……これって、普通は運動日和だと思うんだろうなぁ」


 わたしはそう思えないけど。


 陰キャなんで、晴れは眩しいっす。


「あついー、だるいー」


 木陰で小休止しているわたしの所に、凛莉りりちゃんが気だるそうに声を掛けてきた。


「凛莉ちゃんも仲間?」


「当たり前じゃん。これなら雨の方がマシ」


「たしかに」


 パタパタと団扇で自分を仰ぐ凛莉ちゃん。


 今日の髪型は運動に合わせたポニーテールになっていて、うなじから汗が光っているのが見えた。


「ていうか涼奈すずな、その恰好暑くないの?」


 わたしは学校指定の紺色のジャージを上下しっかりとチャックを閉めてき着ている。


 凛莉ちゃんはTシャツにジャージの裾もめくっていて、けっこう肌が露出していた。


 見た目はかなり涼しそう。


「暑いけど……その恰好は日焼けするよ」


「ほんとそれ。でも暑くてムリ。日焼け止め塗ってるから何とかなるでしょ」


 はーあ、と息を吐いて凛莉ちゃんが隣に座る。


 Tシャツはいつもより体のラインが強調されるから、自然と胸に目がいってしまう。


 布の下にある肌には、もうわたしの噛んだ跡はない。


 それが少し残念だ。


「どこ見てんのさ」


 じっと見つめ過ぎたのがいけなかった。


 視線に気づいた凛莉ちゃんが笑みを浮かべている。


「指、見てた」


 咄嗟にウソをついた。


「指……?」


「傷、治ったんだね」


「うん、治ったね。忘れてた」


 傷は治る。


 治ってしまえば記憶には残らない。


 じゃあ、わたしがつけた胸の跡も、治ってしまえば凛莉ちゃんは忘れてしまうのだろうか?


 綺麗になった肌と一緒に、記憶もさっぱりと。


 ……それは少し寂しい。

 

「体育委員はどうなのさ」


 少しの沈黙の後、凛莉ちゃんがその空白を埋める。


「めんどくさい」


「それは分かってるって」


 わたしの答えが予想通りだったのか、凛莉ちゃんは笑っていた。


「涼奈、荷物ばっかり運んでない?」


「設営だからね」


 競技に合わせて器具を運び設置する。


 そんな似合わない作業を続けていた。


「それって普通は男子がやるんじゃないの?」


「うん、女の子は誘導かアナウンスがほとんど」


「なんで涼奈はそっちじゃないの?」


 愚問だね。


「誘導できるようなコミュ力ないし。アナウンスとか人前で話すのムリだし」


「なるほど、さすが涼奈だ」


 うんうんと深く頷いている。


 自分で言った事とは言え、短所を全く否定されないのも悲しい。


「もう仕事は終わったの?」


「後は借り物競争の準備くらいかな」


 実はこの体育祭イベントにおいて最も重要なのは、この借り物競争なのだ。


「あれ、そんな準備するものある?」


「お題の用意くらいだね……ふふ、わたしが考えたお題もあるんだよ」


 このイベントをスムーズに遂行するための用意。


 そのためだけにわたしは借り物競争の担当になったのだ。


「凛莉ー。次、でばーんっ」


 遠くのクラスメイトが凛莉ちゃんを呼んでいた。


「もうあたしの番かぁ」


「次、リレーでしょ」


「みたいだね、あんまり気乗りしないけど」


 やれやれと溜め息を吐いて立ち上がった。


「応援してるから、頑張ってよ」


 凛莉ちゃんは一瞬、目を丸くして。


「なるほど。そういうのも悪くないね」


 なんて言いながら、グラウンドに駆けて行った。







「いや、速すぎでしょ」


 凛莉ちゃんの走る姿勢は洗練されていて、無駄がなかった。


 わたし達のクラスはかなり遅れをとっていたのに、凛莉ちゃんが走り出すと次々に相手を抜いて一気に巻き返していた。


 トップ争いに食い込める所まで持ち込み、アンカーにバトンを渡す。


 一瞬にして、手に汗握るに展開に持ち込んだのは紛れもなく凛莉ちゃんだった。


 結果は二位に終わったけれど、ビリ争いをしていたのだから大健闘だ。


 その貢献者が誰なのかは明らかで、息を荒くしている凛莉ちゃんの周りには人が集まっていた。


「すごいね……」


 凛莉ちゃんは、実力があって華もある。


 こんな薄暗いわたしと一緒にいるような人じゃないと改めて思い知らされる。


 それでも集まっている人の中を掻い潜るように、凛莉ちゃんはピースサインを向けてきた。


 目の前のクラスメイトではなく、わたしに。


「……おつかれさま」


 そう言って、手を振った。


 伝わっているといいなと思う。







日奈星ひなせさん、すげえ活躍だったな」


 声を掛けてきたのは、進藤しんどうくんだった。


「うん、さすがだよ」


 その会話には素直に頷くしかなかった。


「なんかお前、すげー嬉しそうだな」


「……え」


 何か見透かされている様で急に居心地が悪くなった。


 話題を変えよう。


「進藤くんは借り物競争だったよね」


「ああ、運ゲーは実力関係ないからな」


 借り物競争はお題に合ったのものをいかに早く見つけるかで、走力はあまり関係ない。


 ……ん、借り物競争?


「あ、いけない。次は借り物競争じゃん、準備しないと」


「なんだ涼奈、まだ仕事あんのか?」


「体育委員は忙しいんだよ。みんな必死なんだから」


「そっか。悪いな時間とらせて」


「いいよ。わたしのことは気にせず、進藤くんは借り物競争がんばって」


「おう」


 わたしはグラウンドに向かう。



        ◇◇◇



 グラウンドの中央には箱が用意され、その中にはお題が書かれた用紙が詰まっている。


 そのお題に沿った人や物を見つけ出し、ゴールを競うのが借り物競争だ。


 そして、その用紙は体育委員……つまりわたしが準備している。


 ゴールには金織かなおりさんが待機しており、お題に合っているかどうかを判定してくれる流れだ。


 原作通りであれば進藤くんは“好きな人”というお題を手にする。


 そこでどの“好きなヒロイン”を選ぶかで好感度が大きく変わっていくイベントだ。


 ただし、これは各ヒロインとの親密度がある程度溜まっている際に発生するイベントで、どのヒロインとも上手く行っていない場合は発生しない。


 そこでわたしの出番というわけだ。


「面倒な体育委員をサボらずに頑張ったのはこの瞬間のためなんだから」


 わたしは借り物競争の走者リストを所持しており、その順番を知っている。


 進藤くんの順番が回ってきたら、わたしが全てのお題を“好きな人”に入れ替えてしまうのだ。


「そして、進藤くんに選ばれたヒロインはそのお題を知ってキュンとするんだよね」


 原作より親密度が上がってないとはいえ、好きな人として選ばれて嫌に思う人はいない。


 このイベントによって、今まで溜まってこなかった親密度を上げることができるはずだ。


 懸念があるとすれば、進藤くんが“雨月涼奈”を選ぶことだった。


 しかし、今回はそれも対策済みだ。


 わたしは体育委員として借り物競争の進行に携わっている。


 それは進藤くんも知っていることで、忙しいアピールもしておいた。


 だから、わたしを選ぶ可能性はかなり低いだろう。


「うん、やっぱりわたしとは思えないくらい完璧な作戦」


 そして、いよいよ次は進藤くんの番。


 後は、お題を全て“好きな人”にすり替えるだけ。


 これでようやく恋愛ゲームらしい展開にすることが出来る。


 わたしは勝利を確信した。






「――用意」


 バンッ!


 と、スタートの合図が鳴る。


 生徒が走り、グラウンド中央に据えられたテーブルから用紙を選ぶ。


 どれを取ってもお題は“好きな人”だけどね……!!


「……あれ?」


 けれど一番先に着いた走者、そのツインテールの人影に見覚えがあった。


「ここなちゃん、だな……」


 しかも、走者の中に進藤くんの姿がない。


 あれ、おかしくない?


 なんで進藤くんいないの。


 ていうかここなちゃん、こっちに向かってない?


 ……。


 何がどうなってんの?


 わたしは名簿リストをもう一度見る。


 数多くの名前が列挙されている中、たしかに“進藤”の文字を発見する。


 “進藤 ここな”


 ――と。


「雨月涼奈ー!あんたヒマでしょ、協力しなさいっ!!」


 完全にやってしまった。


 ていうか、ここなちゃん。どうてわたしの所へ?

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