71 行動の理由


「あっ、雨月涼奈あまつきすずな。なんで逃げるのよっ」


 ここなちゃんが声を荒げて、追いかけてくる。


 けれど、物申したいのはわたしの方だ。


「ここなちゃんの方こそ、何でわたしを追ってくるのっ」


「お題にちょうど良かったのが、あんただからよっ」


 そんなバカなっ。


「他にいたでしょうっ」


「あんたでいいって言ってるでしょ」


「絶対ちがうっ」


「なんで決めつけるのよ。お題が何かまだ知らないでしょ!?」


 知ってるよ。


 すり替えたのわたしなんだから、全員“好きな人”でしょ。


 その証拠に、ちらっと他の走者たちに目をやると皆モジモジしながら決めかねていた。


「今回の方達は随分と悩まれているのですね……?」


 お題の合否を判断する金織かなおりさんは首を傾げていた。


「それよりっ」


 今ここなちゃんをどうするかだ。


 枯渇しそうになっている肺に何とか酸素を送り込み、さっきまで休んでいた木陰に向かう。


 そこに、彼がいる。


「進藤くんっ」


「なっ、なんだ。涼奈にここな、二人して」


「ここなちゃんが、借り物競走のお題に進藤くんを選んだみたいだよっ」


 もうこうなったら強行手段だった。


「はっ、はあ!?ちょっと雨月涼奈、ここなはそんなこと一言も」


「え、なに。どんな内容?」


「あ、ちょっとお兄ちゃん!?」


 進藤くんは、ここなちゃんの手にあった用紙を取り確認する。


「“好きな人”……?」


「だからっ、それをお兄ちゃんなわけ――」


「そうだったのかっ」


「はい?」


 声を上げる進藤くんに、ここなちゃんが押されてしまう。


「最近、避けられてるかと思ってたんだけど気のせいだったんだなっ」


「え、いや、普通に避けて……」


 感極まった進藤くんは、ここなちゃんの言葉は一切聞かずにその腕をとる。


「分かった、行こう。兄妹愛ってやつを見せつけてやろうぜっ」


「ムリムリムリ……!!」


 しかし、ここなちゃんはズルズルと引きずられていく。


 結果、一番乗りでゴールにたどり着いていた。


 た……多少強引だったけど、これでヒロインであるここなちゃんとの距離も近づくよね?


 あとは金織さんの合格を貰えれば……。


「それでは、お題を確認します」


「はい」


 進藤くんが用紙を渡す。


 お題を確認した金織さんは――


「なっ、なんですかこれっ」


 顔を赤く染めていた。


「見ての通り、“好きな人”です」


 何故かドヤ顔の進藤くんに、隣のここなちゃんはうんざりしているようだった。 


「ど、どうしてこんなお題が……しかも、貴方達は兄妹ではありませんかっ」


「そうですが?」


「好きな人って……貴方達それって……」


 あ、金織さんがいけない方向に勘違いしてる。


「ええ、兄妹だからこそ。真実の愛が育めるのです」


 進藤くんがその勘違いを加速させる。


「なっ……なっ……」


「いけませんか?」


「当たり前ですっ、こんなの認められませんっ」


 金織さんはビリビリに用紙を破いていた。







「……どうして逃げたのよ。雨月涼奈」


 結局、不合格を言い渡されたここなちゃんは他の人に勝利を譲る結果となった。


 やっぱりヒロインとの親密度は上がらない。


 そして、ここなちゃんの恨み節まで聞かされることになった。


「だって、好きな人がテーマで相手がわたしっておかしいじゃん」


「あんたでいいのよ」


 ここなちゃんの言葉に迷いはない。


「まあ……そうしたい気持ちも分かるけど」


「えっ、分かってたの……?」


「さっきね。考えたら答えが出たよ」


「そ、それって……」


 ここなちゃんが息を呑んだ。


「ほら、“好きな人”って解釈によっては“友達”も対象になるでしょ?」


 好きの解釈は恋愛感情の他にだってある。


 これはゲームなんだからそれくらいの余地がないと成立しない。


「……は?」


「でも友達の中から選ぶなんて優先順位つけるようなことしたら関係性壊れちゃうもんね。そこで兄の幼馴染であるわたしを選ぶのは無難な選択だよ。昔からの付き合いで説得力あるし」


「えっとぉ……」


 ここなちゃんは言葉を失っているようだった。


「どうだ、図星でしょう」


「……はあ」


 長い溜息だった。


「ん?」


「そうよ、その通りよ。あんたがちょうどいいから利用させてもらおうと思ったのっ」


 ここなちゃんは吹っ切れたように言い切る。


 わたしの推理は当たっていたようだ。



        ◇◇◇



 この体育祭のイベントを諦めるにはまだ早い。


 進藤くんの借り物競争はまだ終わっていないのだから。


 そこでわたしは次の手を打つべく校舎に足を運ぶ。


「失礼します」


 訪れたのは保健室。


 そのベッドに横たわる少女がいた。


「あれ……君も体調不良?」


 青髪ショートの先輩、二葉由羽ふたばゆうが予想外の来客に驚いていた。


「君も、じゃないですよ。二葉先輩は仮病ですよね」


 そう、この先輩はやる気が出ないからと保健室でサボっているのだ。


 原作では進藤くんをサボりに誘っていたから、彼女がここにいることを知っていた。


「心の病を甘く見ちゃいけないよ」


「やる気出ないだけですよね」


「うん」


「サボりじゃないですか」


「サボりだね」


 笑顔で全く悪びれない当たりが彼女らしい。


「なら手伝ってください」


「……え?」


 わたしはベッドに横になっている先輩を起こした。







「……これでよしっと」


 次こそ、本当に進藤くんの出番だ。


 そしてわたしは再びお題をすり替える。


 “好きな人”はもう使えない。


 金織さんと、ここなちゃんとの進展も期待できない。


 だから、二葉先輩だけを選ばせる選択肢を用意し、なおかつ親密度も上げてもらう作戦を用意した。


「――よーい」


 バンッ、と合図が鳴る。


 進藤くんが走り出して中間地点に辿り着く。


 わたしがお題に用意したのは“好きな先輩”だった。


 それを見てあたふたする進藤くん。


 彼に仲の良い先輩はいないだろうから、困惑すると思っていた。


 そこでわたしが助け船を出す。


 大きく手を振って進藤くんと目を合わせると、すかさず隣の二葉先輩を指差した。


 その意図に気付いた進藤くんがこちらに向かってくる。


「あの、涼奈ちゃん?私の手伝いって、このこと……?」


「はい、彼を助けてあげてください」


「助けって……」


 そう言っている間に、進藤くんが到着する。


「先輩、お願いしていいですか」


「えっと……いいけど。どんなお題だったの?」


「これです」


 “好きな先輩”を見せる。


「おや……それは困ったな」


 二葉先輩は頬を掻きつつ目を逸らしていた。


 脈あり……?


 そんな期待を抱き、二人は金織さんの元へ。


「また貴方ですか……」


 金織さんは、進藤くんを見て顔をしかめていた。


「今度は大丈夫ですから」


 進藤くんが用紙を渡す。


「なるほど……好きな先輩ですか」


「合格でしょう?」


「では、いくつか質問をします」


「質問?」


「ええ、確認に必要なことです」


「なるほど……」


「では二葉先輩の進路をお答えください」


「進路……?」


「ええ、好きな先輩なら当然把握していますよね。この私ですら知っている情報なのですから」


 ああ……そういう確認方法なんだ。


「……就職?」


 そしてイチかバチかに出る進藤くん。


「進学です。そうですよね二葉先輩?」


「あ、うん」


「おおっと、そうでした。もちろん分かってましたよ?」


 二分の一を外して、尚もしがみつく進藤くん。


 ていうか、星藍学園ここって進学校なんだから普通は進学選ぶでしょ。


「分かっていたのですか?」


「ええ、もちろん。今のは会長を試したんです」


 どの立場で試してるんだ。


「そうですか。それでしたら二葉先輩の進学希望されている学校名を教えてください」


「……」


「分からないのですか?」


 主人公とヒロインとの間に、またもや不穏な空気が流れていた。







「私は役に立たなかったみたいだね」


 二葉先輩が結果を報告してくれる。


 どうあってもヒロインとの親密度は上がらない。


「……すいません。せっかく手伝ってもらったのに」


 やっぱり関係性のない中で、イベントだけ発生させようなんて無理なんだろうか。


「私は構わないよ。それより涼奈ちゃんは、どうして進藤くんに借り物競争を勝ってもらおうと思ったの?お題をすり替えてまでさ」


「……それは」


 わたしの悪行は二葉先輩にはバレていた。

 

「進藤くんと二葉先輩が仲良くなって欲しかったからです」


「それだけ?」


「それだけですけど……」


「君自身の願いはそこにはないの?」


「わたしの?」


「うん、他人のためにそこまでするなんて普通じゃない。何か君の願いがあるんじゃないの?」


「……彼に恋人が出来たら、わたしが自由になれるから、です」


 そうすれば彼とのエンディングは回避される。


 それがわたしの望みだ。


「本当に?」


「なんですか、随分と疑うじゃないですか」


「まだある気がする」


「他に何があるって言うんですか」


 あるのなら教えて欲しい。


「そうだね。例えば進藤くんと私を結びつけることで、進藤くんから誰かを離そうとしている――とかは?」


 鼓動が高鳴った。


「……なんですか、それ」


「誰かに近づくってことは、誰かと離れるってことだからね」


 それを聞いて、わたしは凛莉ちゃんの姿が思い浮かべていた。


 進藤くんと他のヒロインと結びつければ、進藤くんと凛莉ちゃんが結ばれる可能性は消える。


 わたしはそれを望んでいたから、こんなに動き出していたと言うのだろうか。

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