69 いつまで一緒にいてくれるの
「今月末には体育祭があるが、うちのクラスの体育委員は
とある日のHR。
先生の口から全く身に覚えのない発言が飛び出した。
「え……体育委員?」
わたしはぽかーんと口を開ける。
「あれ、違ったか?」
担任の先生は慌てながらボードに挟まっている用紙を確認する。
「やっぱりそうじゃないか。雨月で間違いないぞ」
いや、
完全に図書委員キャラだと思う。
わたしは活字、そんな得意じゃないけど。
「……げっ。わたし体育委員なの?ウソでしょ雨月涼奈……。いや、ルート管理のためにはもしかして好都合……?」
「なに、一人でブツブツ言ってるんだ?」
「あ、いえ……すみません」
「体育委員は体育祭の企画・運営が主な仕事だからな。頑張ってくれ」
「……はい」
あー……やりたくねえ。
「
昼休み、
「みたいだね」
「体育祭で燃えるタイプ?」
「分かってて聞いてるよね?わたしがそんな熱い女に見える?」
「見えない」
わたしの低いテンションに凛莉ちゃんは苦笑いしていた。
もちろんわたしにやる気は一切ない。
とは言え、悪い事ばかりでもない。
体育祭は、この恋愛ゲームにおいてヒロインとの距離を縮めるイベントの一つだ。
だがこのまま放っておいたら
だから体育委員として介入できるのは好都合だったかもしれない。
「今日、会議らしいじゃん」
「ねー……。ていうかもう三週間後なのに何でこんなギリギリに招集なの?」
と、さっきまで自分が体育委員だったことも知らなかったくせに偉そうなこと言ってみる。
「毎年決まりきったことしかしないからでしょ。テキトーにこなしなよ」
「そっか、そうだね」
色々な意味で本番は当日になる。
会議とか事前準備とかは、流れに身を任せよう。
◇◇◇
「みなさん集まりましたね。それでは体育祭の運営会議を始めます」
放課後、体育委員が招集されたのは生徒会室だった。
そう……生徒会室。
つまり今、号令を掛けたのは
何でも星藍学園の学校行事の全てに生徒会が、つまり金織さんが関与するらしい。
忙しすぎて過労死しないか心配になる。
「とは言っても基本的な流れは決まっていますから議題は少ないです。強いて言うなら種目の選定くらいで、後は当日の運営や準備に関しての確認がほとんどです」
あー……まあ、そうですよねぇ。
しっかり者の金織さんがいるんだし、わたしは自分が何を担当するかだけ把握しておけば問題ないかもしれない。
「ですので、今日は体育祭の種目だけ決めてしまいましょう。それさえ決まれば運営・準備に関しては自ずと出来ますから」
話が早いですね。
「今お配りした資料の中に、全校生徒から希望の種目を募ったアンケート結果が載っています。それらを考慮して選定して行きましょう」
うん、金織さん手際良すぎ。
金織さんの司会進行が完璧すぎて、みんな聞き入るばかりだった。
◇◇◇
そうして日が経ち準備が進んでいくと、朝や昼休み放課後と、とにかく余暇時間が潰れることが増えた。
そんなとある日の昼休み。
「えっと……このポールを体育館倉庫に持って行くのか」
荷物の搬入のため指示に従って運んでいく。
「――
「……っ!?」
校舎裏に体育館倉庫はある。
普段は人が寄り付かないその場所で、男の子の声が聞こえた。
内容が内容すぎて、反射的に物陰に身を隠す。
恐る恐る覗いてみると、男の子の後ろ姿と正面を向いている凛莉ちゃんの姿があった。
告白、だよね……。
その光景を前に、わたしの動悸は急激に激しくなっていた。
「ごめん、付き合うとかは考えられないかな」
きっぱりと断る凛莉ちゃんに、がくんと肩を落とす男の子。
胸の鼓動がゆっくりと静まる。
……この反応って、わたしは安堵しているってこと?
こんな露骨に反応してしまうほど、わたしは凛莉ちゃんが誰かと付き合うことを嫌がっているのだろうか。
自分自身の反応に驚いた。
「……それじゃ、あたし行くから」
「待ってくれ」
男の子に呼び止められて、凛莉ちゃんが足を止める。
「なに?」
「理由は、何かあるのか?」
「理由……?」
「好きな人、いたりとか」
凛莉ちゃんに好きな人はいる。
でもそれが誰かは分からない。
わたしか進藤くんのどちらかだと冗談で言われて怒ったことはあったけど。
「いるよ」
知っている答え。
「そいつとは上手く行ってるのか?」
「……」
凛莉ちゃんは一瞬、言い淀む。
「どうだろ、まだよく分かんないや」
そして本当に測りかねている表情を浮かべていた。
去って行く背中を見送りながら、わたしは戸惑った。
仮に、仮にだ。
好きな人がわたしだったら、上手く行っていると答えるんじゃないだろうか?
こうして仲良くなってきているのだから、よく分からないということはない。
わたしが持つポールは、急に重さを増した気がした。
「じゃあ、やっぱり進藤くんってこと……?」
進藤くんとの距離は一切縮まっていない。
それなら、よく分からないという答えは自然だ。
やっぱりいつか、凛莉ちゃんはわたしの前から去って行くのだろうか……。
放課後の生徒会室。
体育祭の運営会議が終わった。
今日は珍しく早く帰れる日だったので、事前に凛莉ちゃんとは一緒に帰る約束をしていた。
このまますぐに戻れば、まだクラスメイトが残っている時間帯に凛莉ちゃんと帰ることが出来る。
でも、わたしの足は動かない。
億劫になってしまって、生徒会室の席から立つことが出来なくなっていた。
「あの……雨月さん、会議は終わりましたよ」
金織さんは生徒会室に勝手に残るわたしに困っていた。
「ええ、終わりましたね」
「……ですから、お帰りを」
「帰りたくても、会いづらいんです」
「誰かと待ち合わせですか?」
「ええ、教室で友達が待ってくれています」
「尚更、早く行くべきかと思うのですが……」
「その友達が告白されてるのを見てしまったんです」
「……はあ」
金織さんはわたしの相手に手を焼いていたが、それでも邪険には扱わないでくれた。
「なんかショックじゃないですか」
「そのご友人が付き合われたから、ですか?」
「いいえ、断ってました」
「……では、問題ないような気がするのですが」
「でも今度誰かをオーケーしたら、きっとわたしと一緒にいてくれなくなるんです。そんな関係ってどう思います?」
金織さんは口元に手を当てて考え込む。
「寂しいかもしれませんが、その方の恋の成就を喜んであげられるのも雨月さんだけかと」
「……そう、ですね」
綺麗な正論。
金織さんらしい答えだとは思う。
「でも、わたしはそう出来ないんです。一緒にいてくれないと寂しいなと思っちゃうんです」
わたしには友達がいないから、凛莉ちゃんがいなくなると一人ぼっちになる。
最初は一人でも平気だったのに。
いつの間にか一人が怖くなっていた。
全部、凛莉ちゃんのせいだ。
「……では、そう伝えるしかないのではありませんか?」
「伝える?」
「ええ、友人関係にも恋愛関係にも答えなんてありません。あるのは貴女とそのご友人がどうありたいか、です。二人で答えを見つけるしかありませんよ」
「……そうかもしれないですけど」
人間関係に答えはない。
知っているけど、それだけに難しい。
「ですが一つ、間違いなく言えることもあります」
「……なんでしょうか?」
「雨月さんがこうして過ごしている時間が勿体ないということです」
「勿体ない……?」
「ええ、雨月さんには一緒に帰ってくれるご友人がいる。少なくともその方の時間は今、貴女の為だけに使われている。それなのにいつ来るかも分からない孤独に怯え、二人過ごす時間を無為にする理由がどこにありますか?」
「……それは」
確かにそうかもしれない。
「ですから、ほら早く行きましょう。きっとその方も寂しいと思いながら待ってくれていますよ」
金織さんの言葉がすとんとわたしの中に溶け込んだ気がした。
「はっ、はい。ありがとうございます、金織さんっ」
凛莉ちゃんに会う為に、生徒会室を後にする。
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