67 衣装と視線


涼奈すずなおはよー……」


 朝の登校、繁華街の一角を待ち合わせの目印にわたしたちは一緒に登校している。


 いつもは元気な凛莉ちゃんが、今日は肩を落として声にも覇気がない。


凛莉りりちゃん、おはよう。でもどうしたの、元気ないね」


「いや……暑すぎだから、溶けるってマジで」


 6月にもなると春の心地よさは消え去り、あっという間に気温が上がる。


 湿度も同様に上がって、蒸し暑い日々が続いていた。


 うあー、と口を開けながら凛莉ちゃんは苦悶の表情を浮かべている。


「まあ、確かに暑いよね」


「これでもうちょっとしたら体育祭があるんでしょ?ほんとムリなんだけど、サボろっかなー……」

 

 そう、6月の中旬には体育祭が控えている。


 これは結構重要なイベントで、この恋愛ゲームの大きなイベントでもある。


 進藤湊しんどうみなととヒロインとの親密度を上げる為に、この機を逃すわけにはいかない。


「わたしは頑張るよ、絶対やり遂げてみせるから」


「えー……涼奈、そういうノリじゃないと思ってたんだけど」


 凛莉ちゃんは気だるさと意外さを合わせた反応をしてくる。


 わたし自身は体育祭はとても嫌いなので、当然の反応ではある。


「でもやらなきゃいけない時があるんだよ」


「……ダメだ、涼奈が転んでいるシーンしか思い浮かばない」


「凛莉ちゃん、わたしのこと運動音痴だと思ってるでしょ」


「……ちがうの?」


 凛莉ちゃんはバレーでの一件を想像しているに違いない。


「……まあ、見ててよ」


 明言は避けておく。


 体育祭そのもので活躍することは、まずないだろうから。







「ねえ、そろそろ夏終わっても良くない?」


 暑さにやられて、凛莉ちゃんが意味不明なことを言っている。


 わたしはまだ暑いなりに耐えられているけど、凛莉ちゃんは苦手らしい。


「恰好は涼し気だけどね」


「それは……そうだけど」


 衣替えの季節。


 ブレザーを脱ぎ、ブラウスの上に学校指定の白いベスト着用だけになる。


 凛莉ちゃんはさらに袖を捲り、相変わらずのリボン緩めのボタン開けの状態でかなり解放感はあった。当然スカートもひざ丈より上。


 ちなみにわたしは袖も捲らず、ボタンも一通り閉めている。


「涼奈は細いのが際立つねー」


 なんか凛莉ちゃんに上下を見下ろされて、そんな感想を言われる。


「凛莉ちゃんは……解放的だね」


 薄く柔らかい生地のベストは体のラインを強調する。


 今までブレザーを着ていた時にはあまり見えなかった部分、特に胸の豊満さが際立つようになっていた。


 とてもストレートには言えないので言葉は濁す。


「そういう涼奈は暑くないの?もうちょっとスカート短くしたりボタン開けたら?けっこーそれだけで涼しくなるよ」


「いや、わたしはそういうの無理だから」


 そんな恰好する勇気なんてない。


 わたしから普通でいることの安心感を奪わないで欲しい。


「あー……男共が変な目で見てくる季節だしね」


 けれど凛莉ちゃんは別の意味で汲み取ってしまったらしく、うんざりしたような声で言う。


 ちなみにわたしはその手の視線を感じたことはない。


 強調されようのないなだらかな胸はベストもすとんと落ちる。


「確かに涼奈に男共の視線が集まるのは嫌かも」


「いや、そんなの集まらないから」


 誰がわたしの体なんて見ようとするんだ。


 むしろ不快なものを見せられたと抗議されるかもしれない。


「いや、きっとこんなに細い涼奈の体を見たら女子も嫉妬しちゃう……」


「しないしない」


 それもない。


 誰もわたしのことなんて見ていない。


 華のある凛莉ちゃんと前提条件を一緒にするのはやめて欲しい。


「そんなの凛莉ちゃんだけだから」


「なんでそうなるのさ」


「わたしと違って、目を惹くからね」


「んー。そんなことないんだけど、なんていうのかな。男子共と目と目が合わないのに視線ばっかり集まる気がするんだよねぇ……」


 そりゃ、そんな胸元解放してラインも強調しててスカートも短いとなれば、そんなことになる。


「そんな素肌見せてたらそうなるの当たり前だと思うんだけど」


「や、別に男に見せるためにしてるわけじゃないし」


「それも分かるんだけど……」


 ……うーん。


 なんか、こっちまでモヤモヤしてきた。


「じゃあ、ボタン閉めて、スカートももっと長くしなよ」


「やだよ。暑いし、かわいくない」


 この人、言ってることめちゃくちゃだ。


「……あのねぇ」


 でも、そんなことを聞かされるとわたしも気持ちが落ち着かない。


 わたしだって、凛莉ちゃんの全てを見たわけじゃないけれど。


 それでも下着姿までなら見たことがあるし、その肌に触れたこともある。


 凛莉ちゃんの匂い、指先の冷たさ、胸は熱くて、肌の味、心臓の鼓動音だって聞いたことがある。


 他の人よりは、凛莉ちゃんをよく知っている方だと思う。


 だから、他のよく知らない人に欲情的な目で見られているの気分としてはよくない。


「あー、あらら?もしかして涼奈、あたしの体を男子に見られるのイヤだったり?」


 いつもの調子づいた凛莉ちゃんがわたしをからかうように笑いかける。


「うん、嫌」


「おっと……そうきたか」


 素直に頷くわたしが予想外だったのか、凛莉ちゃんは呆気にとられている。


「それって、他の人が凛莉ちゃんに触れたいと思ってるってことでしょ?」


「ああ……まあ、そうなるのかな」


 具体的に考えたことはなかったのか、凛莉ちゃんは首を傾げながらも同意する。


「それは嫌だよね、凛莉ちゃんに触って欲しくない」


 凛莉ちゃんを触っていいのは、わたしだけだと思う。


 そんな願望を抱かれるだけでも不愉快だ。


「涼奈って……あんまり思ったこと言わないのに時々すごい素直になるよね」


 凛莉ちゃんは困ったように笑っている。


「そんなこと何でもいいのっ。凛莉ちゃんも気を付けてよ、ほいほい下着とか見せたらダメだからねっ」


「ああ、はい。気を付けます……」


 凛莉ちゃんは参ったなぁと、頬を掻きながらいつもより歯切れが悪かった。


 やっぱり熱さで少し疲れているのかもしれない。

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