62 いつも通りのようで違うこと
授業中。
先生の抑揚のない声と、チョークが規則的に黒板を叩く音が眠気を誘う。
テスト前ということもあり、わたしはその眠気に抗いながら授業に取り組む。
「すぴー……」
しかし、目の前に座る少年、
マジか、この男。
昨日、勉強を教えてくれと頼んできた人の行動とはとても思えない。
ヒロインとしては、ここで彼を起こし、イベントの一つでも起こすのが正解だと思う。
けれど、わたしは彼との親密度は上げたくないので放置を決め込む。
休み時間。
中心になっているのは凛莉ちゃんで、その周りに他の子が集まっていた。
わたしはそんな凛莉ちゃんの様子を盗み見る。
どんな話をしているんだろう。
凛莉ちゃんは相槌を打ちながら、時折楽しそうに笑っている。
他の子と仲良くするのは当たり前のことだから、それについて何か言おうとは思わない。
ただ、その笑い方はわたしの時とは違うように見える。
わたしと話している時の方がもっと楽しそうなのに。
そんな意味のないことを思った。
昼休み。
「
「あ、うん」
凛莉ちゃんがお弁当箱を持ってわたしの席へ。
今日の進藤くんは自分の机で寝ているので、凛莉ちゃんは近くにある椅子を借りてわたしの隣に座る。
どうでもいいけど、進藤くんいつまで寝てるんだろ……。
「はい、食べな」
お弁当箱を開いて、わたしに渡してくれる。
ハンバーグ、卵焼き、トマトにサラダ炒め。
彩りはとても良い。
「嬉しいんだけどさ、毎回もらってばっかりで申し訳ないんだけど……」
「気にしなくていいよ、一人分作るのも二人分作るのも一緒だし」
「そうかもしれないけど……」
だからと言って友達に毎日お弁当作ってもらうという状況は健全ではないと思う。
「こうでもしないと、またサンドイッチばっかり食べだすんでしょ?体に悪いって」
そして最近、凛莉ちゃんのママ化が止まらない。
そんなにわたしをお世話して、どうしたいんだろう。
「お金の問題とかあるじゃん」
労力は同じでも、金額は単純に倍にはなっているはず。
それを負担させるのは心苦しい。
かと言ってお金を渡してお願いするのも気が引けるので、単純にお弁当作りをなしにしてもらいたい。
「体で払ってもいいんだよ?」
しかし、凛莉ちゃんはそんなことは一切聞かずにニヤリと笑って変なことを言う。
「体で……?」
それって、いやらしい意味のやつか?
だけど、わたしの体に女性としての魅力はないから誰も求めないと思う。
そういうのは女性らしい体つきをしている凛莉ちゃんにこそ需要があるわけで。
……視線は自然と凛莉ちゃんの体を上下する。
「ちょっと、あたしの話じゃないんですけどっ」
その視線に気づいたのか、凛莉ちゃんは体を捻って胸を隠す。
必要以上に慌てた動き、わたしの考えていることがバレていた。
「とにかく、あたしのお弁当のことは気にしなくていいからっ。涼奈は黙って食べなよ」
それではまるで凛莉ちゃんに餌付けされているようだ。
「それだと凛莉ちゃんのペットみたいじゃん」
「いいじゃん、ペットになりなよ」
まさかの肯定。
いくら何でも人間同士でペットはないでしょ。
ていうか、わたしなんて飼ってどうする気なんだ。
体育の授業。
今日もバレーボールらしい。
チーム分けは前と同じ人達で、仲良くも悪くもない人たちに混ぜてもらう。
凛莉ちゃんはまた橘さんたちと組んでいた。
わたしのバレーボールの結果は上々で、活躍こそないけれど、足を引っ張ることもなかった。
わたしのチームは初の白星を上げると、次の試合まで待機することになった。
わたしはいそいそと体育館の隅っこに隠れるように座る。
さっきまで一緒にバレーをやってくれた人達も、基本的にはグループが違うから試合が終われば離れる事になる。
この何とも言えない空気感は嫌だけど、だからと言ってずっと一緒にいたいとも思わない。
こんな時に友達がいれば、もう少し居心地は良いのかもしれない。
「はい、凛莉」
「まっかせなさい!」
次の試合は凛莉ちゃんのチームだった。
相変わらず抜群の運動神経で活躍している。
楽しそうに運動している凛莉ちゃんを見ながら――
『好きだから』
――と、言い放たれた昨日の夜を思い出す。
進藤くんかわたしのどちらかを好きなように匂わせた、あの発言。
思い返してみると、凛莉ちゃんはまだ進藤くんとまともに会話したことがない。
一度、進藤くんに興味があるのかと尋ねて、即否定されたことはあったけど。
でも凛莉ちゃんは進藤くんを前にして言ったわけじゃない。
他のヒロインたちは、進藤くんの目の前で好意がないことを明言していたのに。
そう考えると、凛莉ちゃんは黙っているだけで、実は進藤くんに想いを馳せているのかもしれない。
じゃあ反対に、わたしのことが好きという可能性はあるんだろうか。
主人公ではなく、ましてや男ですらないわたしを、凛莉ちゃんは好きになるだろうか。
そもそも凛莉ちゃんは、“好きだから”という発言は、冗談だとも言っていた。
だから、本当に何とも思っていない可能性だってある。
「これで終わり!」
――ダンッ
バレーボールがコートに叩きつけられる音。
凛莉ちゃんが見事にアタックを決めていた。
「凛莉は相変わらず運動神経すごいね」
「
以前のわたしはその光景を見て、心をモヤッとさせた。
けれど、今は何も感じていない。
凛莉ちゃんの左胸にあるであろう、わたしが噛んだ跡。
その跡が残っている内は、凛莉ちゃんがわたしのモノのようで安心することが出来たから。
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