63 付き合い方 side:日奈星凛莉
「
休み時間、
楓から涼奈の名前が出るのは珍しい。
「別に、普通に仲良くしてるだけじゃん」
「そうかな、凛莉にしては珍しいと思うけど」
「珍しいって、なにが?」
「ああいう大人しい子、絡むタイプじゃないよね」
なんか、その言い方にが棘がある。
「
「そういうのを“大人しい”って言うんじゃないの?」
「……なにが言いたいの」
楓はたまに人の話を聞いているようで、嫌味なことサラッと混ぜる時がある。
ただ、その塩梅が絶妙で、怒ればこっちが短気と思われる程度のことしかしてこない。
「どうして凛莉と雨月がそんな仲良くなったのかなって、全然タイプちがうでしょ」
「タイプとかないし」
涼奈は感情表現が下手なだけで、話せばかわいい子だ。
それを違う種類の人間のように表現されると、気分は良くない。
「そうなんだ、あんまり知らないからさ」
「知ろうとしてないからでしょ」
「じゃあ、教えてもらおうかな」
「なに?」
「雨月、紹介してよ」
楓がそんなことを言ってくるなんて珍しいけど、意味は分からない。
「そんなことして、どうしたいの?」
「凛莉が仲良さそうにしてるから、どんな子か気になる」
「前、話してたじゃん」
涼奈が眼鏡を外して髪型を変えた時に、楓は涼奈と会話をしたことがある。
「あんなの話したうちに入らないから」
「だいたい分かるでしょ」
「いや、さすがに分かんないでしょ」
「じゃあ相性良くないんじゃない」
言い切って話を終わらせようとする。
これ以上、楓と涼奈の話をしても楽しい気持ちにならない気がする。
「へえ……凛莉、紹介する気ないんだね」
楓は少しだけ口角を上げる。
あたしの意図だって分かってるくせに話を続けようとする。
「涼奈がそういうの苦手だから」
「雨月のこと、よく知ってるんだ」
やっぱり楓はどこか含みのある言い方する。
「仲良かったらそれくらい分かるでしょ」
「それなら、仲良い私に紹介してくれても良くない?」
「しつこいな、しないって」
だいたい楓が気になるなら、楓から話せばいいだけ。
わざわざあたしを経由する意味なんてない。
「でも最初の頃はさ、私たちのグループに雨月を入れようとしてたよね」
「結構前の話でしょ。今は関係ないじゃん」
確かに涼奈と出会った時は、そうしようとした事もある。
だけど、涼奈を知るにつれ、そういうのが好きじゃないってのが分かってきたから止めるようにしている。
「それって、私と雨月とで優劣つけてる感じ?」
「なにそれ」
「友達同士を紹介するのなんて普通なのに、凛莉が嫌がってるから」
「だから、それは……」
「“涼奈は人付き合いが苦手”なんでしょ。でもそれってさ私のお願いより、まだ聞いてもない雨月を凛莉は優先してるってことだよね」
今日の楓は妙にしつこい。
「お弁当まで作ってあげちゃってさ、そんなに大事な人なの?」
いつか誰かに言われるとは思ってたけど、それも楓からだった。
「涼奈は一人暮らしでいつもテキトーなご飯食べてるの。だからあたしが作ってあげてるだけ」
両親が家にいて、お弁当を作ってくれる子たちとは境遇が違う。
そういう理由なら納得できるだろう。
「恋人みたいなこと言うね」
「……は?」
不意を突かれて言葉を失う。
「“あたしのすきぴ、いつもご飯テキトーなの。だからあたしが料理を作って食べさせてあげないと心配なのっ”……みたいな女に見える」
楓は声を高くして、瞬きを増やして恋する女の子みたいなものを演じる。
普段の彼女とは全く別の生き物になっている。
「雨月に対する凛莉の態度って、私からはそう見えるけど?」
と思えばいつもの低めのテンションに戻る。
ギャップ激しすぎ。
「いや、そんなんじゃないから」
結局、楓はこの事を聞きたかったのかもしれない。
長ったらしい前振りだ。
「……ま、だよね。女同士だもんね」
ふっ、と楓は笑う。
その言葉は少しあたしの肩を重くした。
「いや、今の時代そんなこと当たり前なのかもしれないけどさ。でも、凛莉がそっちだったらビックリはしちゃうよね」
「……楓はそう思うんだ」
「凛莉って未だに男いないでしょ。もしかして女の子が恋愛対象だったりするのかなって、心配はするよ」
そうだとしたら、何だっていうんだ。
「だから変な噂になる前に、付き合い方は考えた方がいいんじゃない?」
「変な噂……?」
「数々の男を振ってきた
なんか、それはあたしが変なことをしているみたいな言い方だ。
涼奈が好きで、お弁当を食べてもらっていることの何がいけないんだ。
「私は忠告したからね。上手に学校生活を立ち回りたいなら、何でも程々にしときなよ」
楓は最後まで楽しそうに微笑んでいた。
◇◇◇
「涼奈、お昼だよ」
昼休み、あたしはお弁当を持って涼奈の席に行く。
楓にはあんなことを言われたが、そんなの気にし過ぎだ。
あたしが涼奈に気持ちがあるのは事実だが、お弁当くらいでその事実に気付く人なんているわけない。
「あ、うん。ありがとう……」
ここ最近、涼奈は落ち着いている。
前は、楓と仲良くしてるだけで嫉妬してきたのに。
休み時間に楓と話したり、体育でも一緒にバレーをしている姿を涼奈は見ているはずなのに何も言わない。
……あたしのことは、もう興味ないってことなのかな。
『もしかして、女の子が恋愛対象だったりするのかなって心配になっちゃうよね』
さっきの楓の言葉が、頭の中で反芻される。
涼奈にとってもそんな恋愛の形は受け入れられないんだろうか。
……そうだったら、イヤだな。
「さっきさ楓と話してたんだけど。涼奈のこと興味あるんだって」
だから、こんな手段で確かめようとする。
嫉妬させたい。
前みたいに女友達のことで嫉妬してくれるなら、涼奈にもその気があるって思えるから。
このまま平然とされていたら、あたしだけが盛り上がっているんじゃないかって不安になる。
「……いや、わたしは別に興味ないよ」
淡白な返し。
それはいつも通りの涼奈で、楓の名前に過剰な反応を見せたりしない。
つまらない。
あたしはお弁当箱を開けて、涼奈の前に置く。
「だから紹介してって言われたんだけど、どう?」
涼奈はあたしの顔は見ない。
視線を下げて、つまらなさそうに言葉を吐く。
「凛莉ちゃん話し聞いてる?興味ないって」
「……あ、そう」
「うん、別に来てくれたら普通に話すけど。凛莉ちゃんが間に立つような手間をかけるならしなくていい」
無難な回答。
やっぱり涼奈はもうあたしと楓との関係に大した感情を持っていないらしい。
前はそれだけで不機嫌になって、バレーの練習を一人で始めたりしたのに。
随分と冷めてしまったみたいだ。
「……」
そうかと思えば、涼奈はお弁当を見て固まっている。
どうしたんだろう、いつもは黙々と食べるのに。
「涼奈、どうかした?」
「……ほうれん草」
「ホウレン草?」
今日のお弁当の中身の一つに、ホウレン草のおひたしを入れておいた。
野菜を摂取させておかないと、涼奈は家で永遠に麺しか食べないからだ。
だけど、今日はその手が止まっている。
「もしかして、嫌いだった?」
こくこく、と涼奈が頷く。
「あれ、そんなの聞いてなかったけど……」
一応、お弁当を作るに当たって涼奈から好き嫌いは聞いていたんだけど。
「嫌いすぎて、記憶から抹消してた」
「なにそれ……」
相変わらず、涼奈は時々変なことを言う。
「いいよ、ムリして食べないで。残しな」
「う、うん……」
なのに、涼奈の手はホウレン草に向かっていた。
箸で一つまみして口元に運ぶ。
「涼奈?」
「……ふぅ」
呼吸を整え、ぱくりと口の中へ放り込んでいた。
「……っ!」
涼奈は青い顔をして、ぷるぷると震えながら咀嚼している。
本当に嫌いみたい。
「え、てか何で食べてんのっ?」
嫌いって言った直後に食べだすとか、どういう精神状態?
「……残すわけにいかない」
「いや、だから残していいって言ったじゃん」
「残せない」
「なんでさ」
「凛莉ちゃんが作ってくれたから」
「え……」
涼奈はまだぷるぷる震えながら、残っているホウレン草に手を掛ける。
「だから食べるの」
「普段はホウレン草食べないの?」
「絶対食べない」
「あ、そうなんだ……」
ほんとに、涼奈はズルい。
ついさっき素っ気ないフリをしてあたしの気持ちを落としたくせに、次の瞬間には不意打ちで喜ばせてくる。
あたしの心は涼奈の言動一つで簡単に色を変えてしまう。
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