58 止まらない


 え、今、凛莉りりちゃんなんて言った……?


 “好きだから”って言った……?


 確かに、好きな人がいるとは聞いてたけど。


 まさか、それが――。


「ねえ、どうなの……?」


 耳元で凛莉ちゃんの声と吐息が掛かって、くすぐったい。


「ど、どうって何がっ」


「好きだから、涼奈すずな進藤しんどうのことを邪魔してるって言ったら理由になるでしょ?」


「は、はあ……!?」


 理由にはなってる、なってるけどっ。


 でも、それって本気で好きってことだよね。


 友達とかじゃなくて、本当に恋人として……。


「あたし、何か変なこと言ってる?」


「い、言ってるよ。だって凛莉ちゃんが好きになる人は――」


 いや、待って。


 凛莉ちゃんは、を好きだと言っているんだ?


 この話の流れだと、のどちらでもあり得る。


 どちらを好きだったとしても、邪魔する理由になるんだ。


「“好きになる人は”……なに?」


「えっ、あっ、いや……」


 でも、どうしたらいい?


 その答えを確かめたとして、その先――


 進藤くんのことが好きだったら?


 わたしのことが好きだったら?


 どちらにしたって、その答えを受け入れられるのだろうか。


「……ふふっ」


 完全パニック状態のわたしをよそに、凛莉ちゃんの笑い声が漏れてくる。


 笑うポイントなんかあったっけ……?


「なんちゃって。ビックリした?」


「……なんちゃって?」


「だから、もしもの話。そういう理由だったら涼奈どうするかなって」


「……もしもの話」


 わたしはアホの子のように、オウム返しを繰り返す。


「なのに思ったより何も言ってくれなくてビックリしちゃった。もうちょっと反応してくれると思ったんだけど」


 凛莉ちゃんが絡みつけてきた腕がほどかれる。


 ふわっとわたしの後ろ髪がなびいたと思ったら、凛莉ちゃんが立ち上がっていた。


 そのままパタパタと入り口に向かって歩き出す


「ごめん困らせて、面白い冗談じゃなかったね。お茶準備してくるから」


 凛莉ちゃんはそのまま居間へ向かおうと、扉を開ける。


「ま、待って」


 わたしはその背中を呼び止めた。


「なに?」


 凛莉ちゃんは振り返らない。


「そのもしもの話さ、凛莉ちゃんはどっちのことを言ってたの……?」


「どっちって?」


 きっと分かっているくせに、凛莉ちゃんはイジワルで聞いて来る。


「わたしと進藤くん、どっちのことを好きって言ったの?」


 気になる。


 凛莉ちゃんは何を思って、どんな気持ちでそんなもしも話をしたのか。


 冗談だったとしても、その気持ちの根源に触れたかった。


「涼奈は、どっちだと思ったの?」


「え……」


 だけど凛莉ちゃんは素直に答えてはくれない。


 むしろ質問を返してきた。


 しかも、その質問は答えづらいなんてものじゃない。


「わたしが先に聞いたんだけど」


「でも言い出したのはあたしだから、知りたかったら涼奈から言いなよ」


 ずるい。


 凛莉ちゃんの言い回しはずるい。


 そんなのでわたしの感情を先に聞き出そうなんて。


 前もそんな言い方をして、わたしの質問にちゃんと答えてくれなかった。


「涼奈は、どっちを好きって言って欲しかったの?」


 知らない。


 そんな話はしていない。


 わたしは凛莉ちゃんの話を聞きたかっただけだ。


「そんなのよく分かんないし」


「……そう」


 不明瞭なわたしの言葉に、凛莉ちゃんは力なく返事をする。


 ふっと肩の力を抜いて、振り返る。


 こちらを向いた凛莉ちゃんの表情は、いつもの砕けた笑顔だった。


「ま、どっちにしても、ただの冗談話じゃん?」


 あはは、と笑い飛ばす。


 大した会話ではないと言わんばかりに。


 日常会話の延長線上、ちょっとした雑談に過ぎないという空気を作り上げる。


「今、お菓子と紅茶淹れてくるね。あ、それとも別の飲み物の方がいい?」


「……何でもいい」


「おっけー」


 凛莉ちゃんはそのまま部屋から去って行く。


 本当に何でもない事のように、気にしていないような雰囲気で。


 部屋に残されたのは、わたし一人。


「……冗談ね」


 でも、冗談で済ませて欲しくないと腹を立てている自分がいる。


 わたしは期待していたんだろうか?


 凛莉ちゃんはわたしのことが好きで、だから進藤くんとの仲を邪魔していると。


 そんな告白を望んでいたのだろうか。


 仮にそうだったとしたら、どうなる?


 わたしはその想いに応えることが出来るのか?


 自問自答してみても自分の中のフワフワとした感情が浮き彫りになるだけ。


「お待たせー。結局、紅茶にしちゃった。お菓子はあんまりいいのないけど」


 じゃあ、凛莉ちゃんが進藤くんのことを好きだったら?


 それなら、わたしは進藤くんとのバッドエンディングを避けることが出来る。


 それはそれでいいはずだ。


 凛莉ちゃんとの時間は減るだろうけど、それでもわたしが最もイヤな未来を避けることが出来る。


「ちょっと、聞いてるー?」


 でも、やっぱりそれは納得いかない。


 自分を誤魔化そうしてみたけど、それは無理だ。


 凛莉ちゃんが進藤くんと結ばれるのは違うと思う。


 わたしはそんな未来も見たくない。


「ねえ、涼奈ってば」


「な、なにっ」


 気付けば、隣に凛莉ちゃんの顔がある。


 四つ這いになりながら、わたしの側に近寄って顔色を覗き込んでいた。


 そんな無防備な姿勢のせいで、緩い胸元が見えてしまう。


 またか、と思ってわたしは咄嗟に視線を反らす。


「なに難しい顔してんのさ」


 凛莉ちゃんはそんなわたしの反応を見て、少し勘違いをする。


「……そんな顔してない」


「してた。さっきの話まだ気にしてんの?」


 自分でしてきた話なのに、そんな白々しい言い方しないで欲しい。


「別に、気にしてない」


「よくある冗談でしょ」


 こんな冗談話はよくあるのかもしれない。


 でも、わたしにとっては面白くない。


 凛莉ちゃんが離れていくようで、嫌な感じがした。


「ねえ、涼奈ごめんって」


 無言を貫くわたしを見て、凛莉ちゃんは申し訳なさそうに謝ってくる。


「……許して欲しいの?」


 わたしは顔を背けたまま、問いかける。


「うん。涼奈、なんか機嫌悪いから」


 当たり前だ、そうさせたのは凛莉ちゃんだ。


 冗談だからって、何を言ってもいいというわけじゃない。


 だから、わたしは――


「じゃあ、脱ぎなよ」


「……え?」


 今度は凛莉ちゃんが驚く番だった。


 わたしは反らしていた視線を、凛莉ちゃんに戻す。


「脱ぎなって言ってんだけど」


「え、ちょっと、涼奈っ……!?」


 わたしはそのまま凛莉ちゃんを押し倒す。


 上に跨って凛莉ちゃんを見下ろすと、開いたシャツの胸元が露になっている。


 ムカつく……その無防備な格好も、わたしの感情を無駄に揺さぶってくるのも……。


 わたしは蓋していた感情に、歯止めが利かなくなりそうだった。


「す、涼奈っ、なにこれっ」

 

 なにこれ?


 そんなのわたしが知りたい。


 凛莉ちゃんがわたしの感情をおかしくしたんだから、その責任は凛莉ちゃんがとるべきだ。

 

 だからわたしは凛莉ちゃんを好きなようにしてもいいはずだ。


「許して欲しいんでしょ、なら黙ってなよ」


「で、でも……」


 そう言いながら、凛莉ちゃんは本気では抵抗しない。


 だから、わたしはそのまま凛莉ちゃんのブラウスのボタンに手を掛けた。

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