52 感情と向き合って
「へえ……
きょろきょろと部屋の中を見回す
わたしが彼女の部屋に入った時もこんな感じの反応をしたのだろうか。
部屋を見られるのは自分の心の中を覗かれているようで、ちょっと恥ずかしい。
「別にそんな珍しいものでもないでしょ」
「いや、ここで涼奈が生きてるんだと思うと尊いよね」
何か変なことを言っている。
雨月涼奈の部屋には統一感がなく、木製のベッドに、普通の勉強机、白いローテーブルにネイビーの座椅子が面積のほとんどを占めている。
特にオシャレというわけではなく、こだわりを感じさせる部屋でもない。
女の子らしさも特段ないため、無個性と言って差し支えないだろう。
「凛莉ちゃん、そこ座って」
わたしは部屋の中央にある座椅子を指差す。
「いいの?」
「いいよ」
というかお客さんを地べたに座らせるわけにもいかないだろう。
「涼奈はどうするの?」
「わたしは座布団敷くよ」
「何だか申し訳ないなぁ……」
と言いつつ、凛莉ちゃんはいそいそとわたしの座椅子に座る。
ぽすっ、と普段はわたしが座っている場所に凛莉ちゃんが収まるのは不思議な感じだ。
「これが涼奈のお尻の形なのね……」
また意味不明なことを呟いていた。
とにかく、凛莉ちゃんの目的が勉強だと言うのでそれに集中しよう。
凛莉ちゃんの家に行ってわたしはおかしな暴走をした前科がある。
だから今日はしっかり自制するよう自分に言い聞かせる。
大丈夫、今日の凛莉ちゃんは露出するような部位もないので安心なはずだ。
◇◇◇
「知ってる?
何の前触れもなく、凛莉ちゃんが噂話を始める。
勉強を中断してまで何を言っているんだろう。
ちなみ上村くんと遠藤さんは同学年の男女だ。
「……そうなんだ」
だけど“勉強に集中しなさい”、とか言うほど勉強好きでもない。
けれど、いきなりの恋愛トークには頷く程度の反応しか出来ない。
「意外じゃない?二人結構タイプ違うだから」
「そうだね……」
正直、二人のことをわたしはよく知らない。
わたしが知っている人は凛莉ちゃんと、
他の人たちとは特別コミュニケーションをとっているわけでもないし、情報もない。
こうして凛莉ちゃんから教えてもらわなかったら、知る機会もなかったと思う。
「反応うすっ、クラスじゃかなり話題になってるよ?」
「あんまり二人のこと知らないから」
わたしは芸能人の熱愛報道なんかにも興味がなかった人間だ。
よく知らない人の恋愛事情なんて、それこそ冷めた反応になってしまう。
何にでも興味がある凛莉ちゃんが羨ましい。
「ふーん。涼奈は恋バナには興味ない感じだ?」
「まあ、基本的には」
花も恥じらう乙女とか言ったりするが、わたしが通れば花も真顔に戻るだろう。
それくらいドライな人間だと思う。
「じゃあ、あたしの恋バナにも興味ないんだ?」
その一言で、さっきまでのドライな感情が一気に様変わりしていることに気付く。
凛莉ちゃんの一言で、簡単に感情が揺さぶられる。
「……凛莉ちゃんのは興味あるかな」
「あれれー、あたしには興味ある感じ?」
凛莉ちゃんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
わたしに何か言わせたいのかもしれないが、凛莉ちゃんは変態さんだから油断できない。
「そりゃ、知らない人より友達の方が興味あるのは当然でしょ」
「そうかもだけど。じゃああたしの恋愛相談とか乗ってくれるの?」
「……えっと」
それはつまり、凛莉ちゃんの好きな人の話を聞くということだ。
でも、具体的にイメージしてみると何だかモヤモヤした。
「どうなの?」
「……乗らない」
それを知っても、わたしが幸せになれる気がしない。
何となく気が引けてしまった。
「えー、さっきの話と違うじゃん」
「モテモテの凛莉ちゃんに言える事なんてない、わたしなんかじゃ相談相手にならないよ」
「話聞いてくれるだけでもいいんだよ」
「遠慮しとく」
「なら、涼奈は?」
「え……」
今度は凛莉ちゃんがマジマジと見つめてくる。
“あたしは言ったんだから、今度はそっちの番ね”
とでも言いたげな目つきだった。
「涼奈の恋バナ、あたしにしてくれないの?」
「……するわけないじゃん」
「えー、なんでさ。話してくれてもよくない?」
だって恋バナは、好きな人がいることが大前提だ。
わたしには、そんな人が――
「恥ずかしいじゃん」
――いない、とはなぜか言い切れず言葉を濁した。
「もうっ、涼奈はほんとに照れ屋さんだなぁ。ま、そこがかわいいんだけどね」
「変なこと言わないでよ」
だけど、凛莉ちゃんの今の恋愛事情ってどうなってるんだろう。
考えたところで答えは出ない。
「……凛莉ちゃんは、恋愛してるの?」
好きな人がいるって言ってたけど、その人とはどうなっているんだろう。
「恋バナ、しないんじゃないの?」
「どうなのか聞いてるだけだし」
「ん~?ふふっ……。どうだろうね?」
凛莉ちゃんは今日一番のニヤニヤ顔を見せつけてくる。
わたしの反応が楽しいみたいだ。
「聞いてるの、わたしなんだけど」
「涼奈が教えてくれたら答えてあげる」
……それは出来ない相談だ。
自分でも分かっていない感情を、伝えることなんて出来るわけない。
「なんちゃって。涼奈は恥ずかしがり屋さんなのは分かってるから、それが卒業できたら一緒に恋バナしようね?」
「……なにそれ」
凛莉ちゃんはわたしを手の平の上で転がす時がある。
今がそれだ。
「えへへ。涼奈とそんな話が出来たら楽しそうだな」
凛莉ちゃんは穏やかに笑うと座椅子から立ち上がった。
「どうしたの?」
「おトイレ借りてもいい?」
「あ、場所は――」
一階の脱衣所の手前にある事を教える。
「ありがと」
凛莉ちゃんはそのまま部屋を後にする。
タンタン、と階段を下りていく音が聞こえる。
「……好きな人、か」
わたしはともかく、凛莉ちゃんが好きな人。
誰なんだろう。
その人が知れば、きっとすぐに凛莉ちゃんに告白するに違いない。
それだけの魅力が彼女にはある。
でも凛莉ちゃんに恋人が出来たら、わたしとの時間はどうなるんだろう。
どう考えても、こうしていられる時間は減るよね。
それはとても寂しい。
恋バナをする日なんて来なければいい、そう思った。
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