51 わたしの番みたい


「……ん」


 スマホのアラーム音。


 昨日の凛莉りりちゃんとの約束に遅れないようにと、セットしておいたやつだ。


 セットしたままで消すのを忘れていた。


 カーテンからは強い日差しが零れている。


 日曜日らしい、自堕落な幕開けだった。


 体を動かすのは面倒で、そのまま布団にくるまる。


 休みなので起きる理由がない。


 動く必要がなければ、わたしは出来るだけ動かないだらしない人間だ。


「……はあ」


 目覚めと一緒に思い出すのは昨日の出来事。


 凛莉ちゃんからたちばなさんの名前を聞いただけで、おかしな態度をとってしまった。


 凛莉ちゃんは許してくれたけど、最近のわたしは自分でもどうかしていると思う。


 わたしはもっと利己的で、周囲の状況には冷静な態度を貫ける性格だと思っていた。


 なのに、最近は凛莉ちゃんのことになると一瞬で心がざわつき行動も突飛なものになる。


 頭で考えて行動するより、感情に振り回されるようになっている。


 何でだろう。


 進藤しんどうくんとヒロインの関係が全く上手く行ってないからだろうか。


 このままだと、わたしにとって良くない未来が待っている。


 そんな焦りが凛莉ちゃんに対する行動をおかしくしていたりするのだろうか。


 いや、でもそれだと八つ当たりになるな……。


 焦りはあるけど、凛莉ちゃんにぶつけるほど病んではいないと思う。


「……分からん」


 結局、答えは出ない。


 昨日は家に帰ったら何もする気が起きなかった。


 だからそのまま寝てしまって髪もボサボサだ。


 二度寝しようと思ったけど、一度それが気になってしまうと気持ち悪くて寝付けない。


「……仕方ない、起きるか」


 諦めてベッドから出る。


 わたしは部屋を出て、一階に階段で降りる。


 居間には誰もいない。


 この一軒家は雨月涼奈あまつきすずなの一人暮らしだった。


 両親は仕事で出張中らしい。


 多感な年頃に一人暮らしなんて夢があるような気もするけど、家事を全部自分でしなければいけないのは面倒だ。


 きっと雨月涼奈はこの環境のおかげで家事能力が上がったんだろうけど、面倒くさがりのわたしには向かない。


 脱衣所に向かってパジャマと下着を脱ぐ。


 そのままシャワーを浴びた。


「……疲れた」


 上がったらバスタオルで体を拭き、ガシガシと頭を拭く。


 雨月涼奈の髪はそこまで長くないから、乾かすのにそこまで時間は掛からない。


 わたしは部屋に戻り座椅子に腰かけた。


 ――ピコン


 スマホからメッセージの通知音が鳴る。


 わたしのスマホから、この音が鳴るのは珍しい。


 悲しいことに、両親以外の連絡先は進藤湊しんどうみなと日奈星凛莉ひなせりりの他には誰もいないからだ。


 わたしはスマホに手を伸ばし、メッセージを確認する。


涼奈すずなー、いま家ー?』


 ……凛莉ちゃんだった。


 昨日の今日ですぐに連絡が来るのは意外だった。


 しかし、メッセージの内容が要領を得ない。


『家だけど』


 即既読がつく。


『そこから外見えたりするー?』


 ん……?


 やっぱり的を得ない。


 とにかく外を見てみろってことだろうか。


 わたしは閉じっぱなしだったカーテンを開けて、外を見てみる。


「え……」


 敷地を隔てた道路から、キャップにパーカー、デニムのショートパンツというラフな格好で両手を振っている少女がいた。


 ていうか、凛莉ちゃんだった。


 待って、なんでここにいるの。


「……」


 わたしがフリーズしていると、今度は凛莉ちゃんがフリーズしている。


 いや、そっちは止まらなくていいでしょ。


 ――ピコン


 また、スマホの音が鳴る。


『涼奈、エロ過ぎなんですけどッ!?』


 ……あっ。


 そういえばバスタオル姿のままだった。



        ◇◇◇



「ど、どういうことっ。あんな恰好で現れるとか、涼奈って裸族の人なの!?」


 大急ぎで髪を乾かし、部屋着に着替えて凛莉ちゃんを招き入れた時の第一声がそれだった。


 しかもなんかフーフーと息が荒い。


 息を荒くするべきは大急ぎで準備したわたしの方だと思うんだけど。


「そんなわけない、シャワー浴びたタイミングで凛莉ちゃんが外見ろって言うから」


「ま、マジ……?」


「むしろ狙ってあの恰好とか不可能じゃん」


「た、確かに。……ラッキー」


 凛莉ちゃんは相変わらず意味不明だ。


「にしても、涼奈はなんでそんな冷静なわけ?けっこうセクシーだったよ?」


「いや、あたしの体なんて見られたところで……無価値でしょ。むしろごめんなさいだよ」


 別に見せたいわけじゃないけど。遠目だったし。


 むしろこんなガリガリの体を見せてしまって申し訳ないくらいだ。


 セクシーとか言うなら、それに当てはまるのはむしろ凛莉ちゃんの方で……って、いけない。


 変な方向に思考が飛んでいる。


 落ち着けわたし。


「……とりあえず上がる?」


 玄関先でわたしのバスタオル姿の話とか、世界で最も無駄な時間だと思う。


「いいの?」


「いや、絶対そのつもりだったでしょ」


「涼奈の顔見るだけでもいいやと思ってたよ」


「……あ、そう」


 凛莉ちゃんはふいにとんでもない事を言う。


 どう反応したらいいか分からないからやめて欲しい。


「でもいいなら入るね、お邪魔しまーす」


 凛莉ちゃんは白いキャンバス地のローカットのスニーカーを脱いで、家に上がる。


「ん、どうかした?」


 そんなわたしの視線に気づいたのか、凛莉ちゃんは首を傾げた。


「いや、昨日と雰囲気ちがうなって」


「あー。あはは、普段はこんな感じのが多いよ。昨日は特別」


「……そうなんだ」


 わたしのたちばなさんに対して負の感情を募らせた結果、おかしな空気にさせてしまった昨日のお買い物。


 ほんと、わたしはどうかしている。


 気を取り直して、わたしは凛莉ちゃんを居間に案内した。


「あれ、親御さんはいないの?」


「うん、いないよ。二人とも出張族だから」


 というか雪月真白わたしにしてみれば他人の親の話だし。


「え、なに。あたしと一緒じゃん」


「……そうだね」


 確かに、ヒロインの中でも両親と別居しているのは雨月涼奈と日奈星凛莉だけだった。


「なるほどなるほど……それは都合がいいかもしれない」


「なにが?」


「あ、いや、こっちの話」


 凛莉ちゃんは何でもないと手を振った。


「ていうか、何でわたしの家を凛莉ちゃんが知ってるの?」


 近くまで訪れたことはあっても、直接来たことはない。


 こんな行動は今回が初めてだった。


「えー……?とある日の放課後、涼奈の後をこっそりつけたりなんてしてないよ?」


 なんか悪い顔をしていた。


 いや、別に凛莉ちゃんならいいんだけどさ。


「それなら直接聞いてくれればいいのに」


「言ったら教えてくれた?」


「……そりゃそうでしょ」


 わたしは凛莉ちゃんの家を知っているのに、自分だけ教えないとかするわけない。


「あたし以外が涼奈の家を教えてって言ってたら?」


「……言うわけないでしょ」


 そんな無闇に情報漏洩するアホではない。


「ふっふっふ。それはいいこと聞いちゃった」


 でも凛莉ちゃんは嬉しそうだった。


「それで、そんなことしてまで凛莉ちゃんは何をしにきたわけ?」


「あ、うん。ほらもう五月だし、中間試験あるじゃん?マジで勉強しなきゃヤバくない?」


 凛莉ちゃんは背負っていたリュックを見せてくる。


 中には教科書とかが入っているのだろう。


「いいけど、凛莉ちゃん勉強熱心だね?」


 前も思ったけど、日奈星凛莉はそんな勉強を頑張るタイプではないと思っていた。


「ちょうどいい口実じゃん?」


「……なんの?」


「分かんないよねぇ。そういう子だよねぇ」


 凛莉ちゃんが一方的に納得して、それ以上は説明してくれなかった。


 まあ……大したことじゃないからいいけど。


「じゃあ、わたしも教科書とか持ってくるから待っててよ」


 二階の部屋に戻らなければ、勉強道具はない。


「いやいや、涼奈。ちょっと待ってちょうだいな」


「なに?」


 大袈裟な言い方で呼び止められた。


「お友達との勉強と言ったら、お部屋が定番でしょう?」


 そんなルールは初耳だった。


「わたしの部屋狭いしテーブルとか小さいし。リビングのが断然やりやすいと思うけど」


 わたしはリビングにあるダイニングテーブルを指差す。


「ちがうっ、そういう機能性重視の発言もういいからっ。涼奈の悪いクセっ」


 機能性重視が悪いクセって、なかなか言われないと思う。


 とにかく凛莉ちゃんはわたしの部屋で勉強がしたいらしい。


「……まあ、いいけど」


 断るような理由もない。


「やった」


「でも、あんまり片付いてないよ」


「むしろ、それがいいの」


 ……家に来てから凛莉ちゃんはずっと変なことを言っている。







 そのまま部屋に案内した。


「ここだよ」


 扉を開けて、凛莉ちゃんをわたしの部屋に招く。


 それはちょっと不思議な気分だった。


「涼奈の香りするねっ」


「……」


 変態がいます。 

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