49 好きにしたらいいじゃん


 凛莉りりちゃんの強引さに勝てず着せ替え人形になったわたし。


 あれこれ言われている内に、さっきまでは似合っていなかったワンピースも少しだけマシに見えてきた。


 人間、目が慣れてしまうものなんだろう。


「どうそれアリなんじゃない?」


「アリ、かなぁ……」


「まあ、ムリしなくてもいいけどさ。こういうのも涼奈すずなは似合うんだよって教えたかっただけ」


 ……ということらしい。


 まあ、凛莉ちゃんがそこまで言うなら信じようと思う。


 わたしは真っ黒なスウェットに戻って試着室を出る。


 そのままワンピースを持ってレジに向かおうとするが……。


「涼奈、それあっちだよ?」


 凛莉ちゃんは服が元あった場所を指差している。


「ん、買うんじゃないの?」


 わたしは凛莉ちゃんが何を言ってるのか分からなくて首を傾げる。


「え、買うの?」


「いや、買うでしょ」


 なぜか凛莉ちゃんの方が目を丸くしている。


 価格も安くはないけど、買えなくはない範囲だし。


 普段、お金を使わない雨月涼奈あまつきすずなという人物は貯えもそれなりにあった。


「ムリしなくていいんだよ。他に気に入った服にしてもいいし」


「……凛莉ちゃんが似合うって言ってくれたんだから、これでいい。これが気に入ったの」


 というか自分が好きな服装とかもない。


 凛莉ちゃんがいいと言ってくれたものが、わたしにとっていいものなんだ。


 それくらいは凛莉ちゃんも自覚を持つべきだ。


 そんなことを思っていると凛莉ちゃんは再び天を仰いでいた。


 ……店の天井なんか見て、なにしたいんだろう。


「もう涼奈はあたしをどうする気っ」


 ガバッと凛莉ちゃんが抱き着いて来る。


 まてまてまてっ。


「凛莉ちゃん、ここお店だからっ」


「あ、人目がある所はダメだったか」


 人目がなければ抱き着いていいという意味じゃない。


 何が良かったのか、凛莉ちゃんはルンルンで今にもステップでも踏みそうだった。


「じゃあさ、せっかくだから買ったらそれに着替えなよ」


「……マジ?」


「マジだよ、逆になんで着ないのさ」


「凛莉ちゃんはいいけど、知らない人にこれ着てるのを見られるのはちょっと……」


 誰もわたしのことなんか見ていないことは分かっているが、それでも恥ずかしさを感じてしまう。


「いや、冷静にそのスウェット着てるのを見られる方が恥ずかしいと思うんだけど……」


「そうなの?」


「そうだよ」


 なんか若干呆れられていた。


「わかった……」


 わたしは凛莉ちゃんの言葉以外に信じるものがない。


 大人しく言う事を聞く事にした。


 レジを済ませ、試着室を借りてまた着替えてから店を出た。


「やーん、涼奈かわいすぎっ」


 そしてまた抱き着かれた。


 ……どうしたんだ、この人。


「凛莉ちゃん」


「はっ!かわいさのあまり、つい」


 なんか誘拐犯みたいなことを言っている。


 まあでも、ひらひらと軽やかな素材は着てみると思ったより心地よかった。


 ショッパーに押し込んだ黒のスウェットは、ちょっと重そうに見える。


「……スウェットは機能性に優れていると聞いていたのに、ウソだったのか?」


「涼奈、服にその単語使うのもう禁止ね」


 理由はよく分からないが、凛莉ちゃんから禁止令を出されるのだった。



        ◇◇◇



「そういえば、凛莉ちゃんの買い物は?」


 さっきのお店も凛莉ちゃんがわたしの洋服を見るばっかりで、自分のものを探している様には見えなかった。


「あ、忘れてた」


「なんでさ……」


「涼奈のことが気になり過ぎて?」


 そんなにスウェットがヤバかったということか。


「それで、何を買いに来たの?」


「うん、ちょっと雑貨が見たくてね」


 そのまま近くの雑貨屋さんに足を運ぶ。


 オシャレな外観に、可愛い小物が色々ある。


 そんな中、凛莉ちゃんはふらふらと店の中を見回していた。


 お目当ての物を探すというよりは、漫然と探しているように見えた。


「これ、どう?」


 凛莉ちゃんはおもむろにぬいぐるみを一つ手に取る。


 うさぎのように見えるが、耳や手足がかなり短い。それなのに顔は妙に大きいと言うアンバランスさ。


 完全に2頭身という残念なスタイルだけど、ぬいぐるみになると可愛らしさに溢れていた。


「……可愛い」


 ちなみにわたしはぬいぐるみは全般的に好きだった。

 

 前世ではけっこう部屋の中を埋め尽くしたりもしていて、自分の部屋なのかぬいぐるみの部屋なのかよく分からなくなるレベルだった。


 雨月涼奈あまつきすずなになってからは抑えていたけど、また復活してもいいのかもしれない。


「あははっ、だよね。あたしもそう思う」


 凛莉ちゃんはキャッキャッ笑いながらぬいぐるみの頭を撫でる。


 服とかオシャレなことはわたしにはさっぱりだけど、こういった趣味は合うのかもしれないと思えるのは素直に嬉しかった。


「凛莉ちゃんもこういうの好きなんだ」


 なんか見てたらわたしも同じようにしたくなって、凛莉ちゃんが持つぬいぐるみを撫でる。


 ふわっとした短い毛先は心地よかった。


「うん、結構好きかも。……でもねぇかえではこういうの多分あんまりなんだよね」


「……」


 どうして、そこでたちばなさんの名前が出て来るんだろう?


 わたしは撫でていたぬいぐるみから手を離す。


「涼奈?」


 凛莉ちゃんはぬいぐるみを戻しながら、わたしの顔色を覗き込んでいた。


「……橘さんが、どうかしたの?」


「あ、うん。もうすぐ誕生日だから、プレゼントどうしようかなって」


「へえ……」


 そうか、橘さんが誕生日だったのか。


 じゃあアレか。


 今日の凛莉ちゃんは、橘さんの誕生日プレゼントを買うのが主目的だったわけだ。


「えっと……ごめん、言ってなかったね」


「なんで謝るの?」


 別に、凛莉ちゃんと橘さんが友達なのは知っている。


 凛莉ちゃんからも大して気にするようなことじゃないと言われているし。


 友達同士でプレゼントすることなんて当たり前だし、何も変な話じゃない。


 だから、凛莉ちゃんが謝ってくるのはおかしい。


「いや、涼奈なんか怒ってるから」


 バツの悪そうな表情を凛莉ちゃんは浮かべている。


 意味が分からない。


 そんな表情をする必要はどこにもない。


「怒ってない」


「いや、明らかに雰囲気が変になってるじゃん」


「なってない」


「いや、ごめんって。そんなつもりなかったの」


 凛莉ちゃんはわたしの手を握ろうとしてくる。


 わたしは反射的にそれを避けた。


「……やっぱり、怒ってんじゃん」


 凛莉ちゃんは困ったようにわたしを見ている。


 だけど、困っているのはわたしの方だ。


 わたしは全然普通にしているのに、凛莉ちゃんが一方的にわたしを不機嫌扱いしてくる。


 そのせいで本当に不機嫌になりそうだ。


「帰る」


「え、ちょっとそれはないでしょ」


 なんか嫌だ。


 わたしを腫れ物扱いしてくる凛莉ちゃんが嫌だし。


 橘さんのことを考えながらわたしに触れようとしてきたのも嫌だ。


 ていうか、この服も橘さんに似合うかなとか考えていたのかもしれない。


 洋服だってプレゼントすることはあるはずだ。


 だから最初からわたしのことは橘さんのついでだったのかもしれない。


 それも嫌だ。


「知らない」


「涼奈、ごめんて。謝ってんじゃん」


「怒ってないから、謝って欲しいとも思ってない」


「じゃあ、あたしどうしたらいいのさ」


「どうもしなくていい」


 もうこの問答も嫌だ。

 

 凛莉ちゃんはこのまま橘さんのプレゼントを選んだらいい。


 仲のいい友達のことを思って選んで、渡して、楽しい時間を過ごせばいい。


 別にわたしには関係のないことだ。


 そう関係ない。


 関係のないことに、わたしが関わる必要はない。


 グチャグチャに崩れていく思考、全くまとまらない感情に嫌気が差す。


 わたしはこの場から離れることで、この感情も投げ捨てたかった。

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