48 あたしを信じればいい side:日奈星凛莉


 ふふっ……。


 思わぬ展開から涼奈すずなとの約束を取り付けてしまった。


 あの子は基本的にあまり外に出たがらない。


 休日になると余計にその傾向が強くなることも知っている。


 それでもあたしが無理を言えば付いて来てくれるだろうけど、嫌われるかもしれないと思って今までは遠慮してきた。


 だけど今回は涼奈から口実を作ってくれた。


 こんな絶好の機会を逃すわけにはいかない。


 これはデートだ。


 涼奈がどう思っているかは分からないが、これはデートなんだ。


 そう思うと自然と準備にも力が入る。


 普段はラフな服装で外に出ることも多いけど、涼奈とのデートを前にそんな恰好は見せられない。


 買ったはいいけど着る機会のなかった新品のシャツとスカートのセットアップを取り出す。


 コレを着るなら絶対に今日だ。


 ヘアセットやメイクもいつもより入念に、時間をかけた。


「よし涼奈、今行くからね」


 あたしは初めて一緒に過ごす涼奈との休日に胸を躍らせながら、家の扉を開いた。







 約束の時間の10分前、マンションを出ると既に涼奈が待っていた。


 思っていたより涼奈も時間に早い。


 あたしが先に待っていたかったから、ちょっと残念。


 でもすぐに会えて嬉しかった。


「涼奈ー、早いじゃん」


 あたしは涼奈に手を振る。


 涼奈もすぐに気付いて、遠慮がちに手を振り返してくれたんだけど……。


 そこであたしは一瞬フリーズする。


「あ、いや、今来たばっかりだよ」


 涼奈が何やら言葉を口にしているが、頭に届かない。


 そんなことより涼奈の恰好が気になりすぎてしまった。


「……な、なんで上下スウェット?」


 涼奈は全身真っ黒のスウェット姿だった。


 髪の毛も黒いから、本当に真っ黒。


 燦々と輝く太陽を一身に吸収していそうだった。


 さすがにもうちょっとオシャレしてきてくれると思ってたんだけど……。


 なぜかと聞いたら、どうやら“機能性”を重視した結果らしい。


 いやいや、女子の服に機能性とか求めてない。ていうかそんな言葉を使わない。


 涼奈は相変わらず変な所で独特な世界観を表現する。


 ていうか、今気づいたんだけど靴は黒いレザーブーツを履いていた。


 いやいや、全身スウェットにブーツはないでしょ。


 そのことも聞いてみたら、


 ”カジュアルな服装は革靴でしめるってネットに書いてたけど?“


 というネット知識だったらしい。


 知識もちゃんと理解しないと、こんなことになるという危険性を教えてくれた。


 だけど、これも涼奈なりに一生懸命に考えて来てくれた結果なんだ。


 まず考えてくれたことが嬉しいし、その上で変な結果になってるのも逆に愛おしいじゃないか。


 何をどうしたらこんなことになっちゃうのか、意味が分からない。


 あたしは思わず天を仰いだ。


 ……誰かこのかわいい生き物の暴走を止めて下さい。



        ◇◇◇



 てなわけで、涼奈と洋服を買いに来た。


 なぜか試着を嫌がる涼奈を、あたしは試着室に押し込んだ。


「凛莉ちゃん、着るのはいいけど似合わないからって笑うのやめてね……」


 カーテン越しに弱々しい声が聞こえてくる。


「そんなことしないし、涼奈なら似合うから大丈夫だって」


「……そうかなぁ。お笑いになる気がするんだよなぁ」


 ブツブツ言いながら、衣擦れの音が聞こえてくる。


 涼奈の自分に対する過小評価は異常だと思う時がある。


 自分自身を卑下する発言が多いし、逆にあたしに対しては褒めすぎている部分があったりとバランスが悪いと思う。


 何をするにも自信なさそうな事がほとんどで、周りの顔色をいつも伺っている。


 今だって服を着るだけなのに、似合わないだの何だの言って否定的だ。


 涼奈は細いから、肉付きのいいあたしなんかよりスタイルが良く見える。


 むしろ、あんな全身真っ黒なブカブカなスウェットを着る方が変だと思うんだけど。


「凛莉ちゃん……やっぱり変だと思うんだよね」


 試着室のカーテンを開けず、顔だけひょっこり覗かせる涼奈。


 眉をひそめて不安そうな顔をしていた。


「見なきゃ分かんないって」


「見たけど」


「あたしが見てないって言ってんの」


「……えー」


 全く煮え切らない涼奈。


 ここまで来てまだ抵抗しようとしている。


 その姿はいじらしいけど、あたしとしてはいつもと違う涼奈も見てみたい。


「いいから、ほらっ」


 ――シャッ


 あたしは強引にカーテンを開ける。


「うわっ……」


 そこにはあわあわしながら、アイボリーのワンピースに身を包んだ涼奈がいた。


 手足は細いし、ウェストも締まっていて、白く透けるような肌との相性もいい。


「やだ、めっちゃかわいいじゃん」


「……あまりに滑稽で哀れんでるんでしょ。騙されないよ」


 何やら難しい言葉を使って自虐的に笑ってる。


 ほんとに素直じゃない子だ。


「そんなムリに否定ばっかしてないで、たまには受け入れなよ」


「無理なんてしてない」


「わざと聞かないようにしてるでしょ。そんなにかわいいって言われるの嫌なの?」


「だって可愛くないし」


 涼奈はそっぽを向きつつ、顔を赤らめている。


 なにこの子、素っ気ないふりしようとしてるけど照れてるの隠しきれてないじゃん。


「仮にだよ?絶対ありえないけど、涼奈が可愛くないと思っている人がいたとしよう」


「事実だね」


「仮にだって」


 ほんと意地っ張りだ。


「でもそれって関係ある?」


「……何が言いたいの?」


「涼奈が気に入ればいいだけで、他の人がどう思うかなんて関係ないじゃん」


「むっ……」


 返す言葉を失ったのか、涼奈はスカートの裾をつまんでは離してを繰り返していた。


「でも、わたし自身が可愛いと思えないんですけど……」


 なるほど、ほんとうに涼奈は引っ込み思案さんだ。


 あたしだって常に自信満々ってわけではないけれど、それでも自分のこと好きになれる瞬間くらいはある。


 そんな瞬間すら一切なしに、自分のことを低く見るだけなんて勿体ない。


「あたしがかわいいと思ってるんだから、それで良くない?」


「え……?」


「他の人がどう思うかなんて関係ないじゃん、あたしがかわいいと思ってるんだから。涼奈はあたしを信じればいいんだよ」


「でも……」


「涼奈はあたしのこと信用できないの?」


 ずるい言い方かもしれないけど、涼奈が自分を認めるにはこれくらいの力技が必要だ。


「……信用してるけど」


 ぼそっとつぶやく涼奈。


「なら、それでいいじゃん」


「……うん」


 ようやく涼奈は頷く。


 涼奈は頑固だけど、あたしが言えば納得してくれる。


 それがまた愛おしくて仕方ない。


「お客様、如何でしたか?」


「むっ!」


 ――シャッ!


 涼奈は店員さんの声を聞くなりカーテンを閉めきった。


「あの、お客様……?」


 店員さんは状況を理解できずに狼狽する。


 ……多分、見られたくないんだろうなぁ。


「あ、ちょっと他のも着てみたい的な……?」


 よく分からない理由を、あたしがその場で言い繕う。


「そ、そうでしたか。何かあればいつでもお申し付けくださいね」


 若干腑に落ちていないようだったが、店員さんは頭を下げて離れていった。


 わたしは閉じられたカーテンにもう一度向き合う。


「涼奈ー?せっかくなんだから見てもらっても良かったんじゃない?」


「……言ったじゃん」


「え、なに?」


 カーテン越しにぶつぶつ言われたのではよく分からない。


 すると涼奈はまた顔だけ出してくる。


「“あたしを信じればいい”って凛莉ちゃんが言ったんじゃん」


「言ったけど?」


「なら、他の人に見せる必要なくない?」


 それって、つまり。


 あたしは信用してるから見せて、他の人は信用してないから見せないってことか。


「……なるほど」


「だいたい、こんな恥ずかしい恰好。凛莉ちゃん以外に見せるわけないんだから、ちゃんと考えて店員さんと喋ってよ」


「……ごめん」


「ほんと、凛莉ちゃんしっかりして」


 ぷいっとそっぽを向いて、カーテンの奥へと戻っていく。


 涼奈が見せるツンデレに、やっぱりあたしは悶えた。

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