47 接客こわい


 空は快晴、気温も程よく春の終わりと夏の到来を予感させる。


 風が吹けば少し冷たいかもしれないが、昼頃になればもう少し暖かくなることだろう。


 お出掛けにはもってこいの日だ。


「……はあ」


 だと言うのに、わたしの心は天気と反比例して曇天模様だ。


 特別嫌なことがあったわけじゃない。


 しかしこれから起こるであろう未来が、わたしに止めどなく溜め息を溢れさせる。


「あ、涼奈すずなー。なんだ早いじゃん」


 太陽に負けないくらい明るくて爽やかな声。


 ニコニコとわたしに手を振ってくれる、凛莉りりちゃんだった。


 ナチュラルカラーのジャケットとスカート、白のインナーと黒スニーカーを履いてスクエア型のショルダーバックを斜め掛けしている。


 やはりスカートの丈は短くて足は出しているのだが、それはいつもの凛莉ちゃんらしくて安心感がある。


 メイクもいつもよりはっきりしていて、とてもオシャレで可愛く、いつにも増して神々しい。


 誰もが目を奪われるであろう美少女がそこにいた。


「あ、いや、今来たばっかりだよ」


 わたしも手を振り返して、返事をする。


「……涼奈?」


 しかし、凛莉ちゃんの手と足がぴたりと止まった。


「あ、はい」


「……えっと、今日は何をするのかは分かってるよね?」


「凛莉ちゃんの買い物のお付き合いだけど」


 凛莉ちゃんの視線がさっきから上下している。


 わたしが凛莉ちゃんの私服を注目したように、凛莉ちゃんもわたしの私服を見ているのかもしれない。


「……コンビニ行くつもり、じゃないよね?」


 はっきりしない物言いだけど、凛莉ちゃんが何やら言いづらそうにしている。


「うん、でも街だし結構歩くと思って機能的な服装にしてきたよ」


 わたしは凛莉ちゃんのようにオシャレさんではないため、無難な格好を第一優先にした。


 可もなく不可もない、罵倒がなければ賞賛もされない。


 そんな絶妙なバランスになっているはずだ。


「……な、なんで上下スウェット?」


「ジャージはダメって言われたから」


「……ほ、他のは考えてなかったの?」


「ジャージの次に機能性がある洋服と考えたらやっぱりこれかなかって」


「あ、あのね?あたし、服に“機能性”って単語あんまり聞いた事ないんだけど……」


「そうなの?でも、スウェットてイメージないかもしれないけど、歴史を紐解くとスポーツウェアとしてスタートしてて――」


「う、うん。ちょっと待ってね?やっぱり“歴史を紐解く”とかも言わないんだよね?」


 お、おや……。


 なんか凛莉ちゃんがとにかくわたしの恰好に物申したい感がすごい感じられる。


 もしかして、ここまで無難な選択をしたはずのわたしが間違ってしまったのだろうか?


「もしかしてこの服装ってまずかった……?」


「い、いや、悪いわけじゃないよ?悪いわけじゃないんだけど、街でお買い物する時の恰好じゃないかもなって……」


 ああ……ダメか。


 やっぱりわたしはダメなのか。


「上下黒でカラーを統一して、無難なコーディネートにしたつもりだったのに……」


「あ、いや……ある意味無難なんだけど。でも春夏の服にしては色が重いかも……」


 き、季節……?


 服の色には季節感も反映しなければいけないのか……?


 だめだ、ついて行けない。


「そうなんだ……。凛莉ちゃんだから聞くんだけど、他に変な所ある?」


「……あの、何でブーツ履いてるの?」


 おっと、そこもおかしいのか?


 待て待て、待ってちょうだい。


 これは大丈夫だと思っていた。


 何を履けばいいか分からなくてネットで調べた結果、この黒のブーツに落ち着いたのに。


「“カジュアルな服装は革靴でしめる”ってネットに書いてたけど?」


「……いや、間違ってない。間違ってないんだけど……ちがうかなぁ」


 とうとう凛莉ちゃんが天を仰いだ。


 お手上げだってことだろう。


 わたしは、間違ってないのに間違っているらしい。


 ファッションってどうなっているんだ?


「ごめん、やっぱりわたしは凛莉ちゃんの隣を歩くのにふさわしくない人間だってことがよく分かった……」


 これ以上は凛莉ちゃんを辱めてしまう。


 どんなに輝くダイヤだって古びた箱に収まっていては見栄えが悪い。


 わたしが凛莉ちゃんの輝きを曇らせてしまう。


「い、いや、ふさわしくないとかはないんだけど」


「わたし、凛莉ちゃんがあんなに言葉を選んでるの初めて見たよ。よっぽどヒドいんだね」


 いつも思ったことをズバズバ言う凛莉ちゃんが、相当気を遣ってくれていた。


 それはそれで精神的にダメージだ。


 このまま去ることにします……。


「一緒に買いに行こうよ」


「……え?」


「服、あたしが選んであげるよ」


 にこっと笑う凛莉ちゃん。


 そ、それって……つまり……。


「お洋服屋さんに行くってこと?」


「そうだけど?」


「……でも凛莉ちゃんの買い物があるし」


「ううん、あたし服も見たかったからちょうど良かったよ」


 そ、そうなんだぁ……。


 そっか、それなら行くしかないよねぇ。


 凛莉ちゃんに付き添う約束だし。


「ほら、行くよ」


「あ、うんっ」


 凛莉ちゃんに手を引かれる。


 ふわりと軽やかな色合いの凛莉ちゃんに、ずしりと重そうな色合いのわたし。


 対照的な二人でも、街の中では景色の一部として溶け込んでいくだろうか。



        ◇◇◇



「これはどう?」


 凛莉ちゃんに連れて来られるままビルの中に入った。


 洋服ブランドがずらりと立ち並んでいる。


 女の子向けのフロアなのか、ディスプレイされている服はレディースばかりでお客さんも女性がほとんどだ。


 “涼奈はこのお店のが似合うかもねぇ”


 なんて言われて、お店の中に入ったわけだが……。


「涼奈、聞いてる?」


「あ、うん……」


 そして凛莉ちゃんが次々と服を手にとって“これなんかどう?”と、矢継ぎ早に聞かれている。


 今は白いワンピースを手にとっていた。


「で、どうなの?アリなのこれ?」


「……あ、アリかなぁ」


 いや、ほんとは分からない。


 服自体は可愛いと思うけど、それをわたしが着ていいものかと問われるとマズい気がしてならない。


 そんなふわふわしていて、清廉さを感じさせる服装が似合うと思えない。


 そして何より……。


「お客様、よろしければ試着されてみては如何でしょうか?」


 で、でた……!


 店員の接客……!


 しかも、試着を勧められている……!


「だって涼奈。着てみる?」


「あー、うーん……」


 いや、恥ずかしい。

 

 こんな素敵なお洋服をわたしなんかが着るのは勿体ない。分不相応だ。


 しかもこの後、店員さんはわたしが試着したのを見に来て思ってもいないお世辞を垂れ流すのだ。


 いつの間にか買うしかないような空気が形成され、よく分からないまま買うことになってしまうんだ。


 あー、ツラい。


「こ、この服ってネットで売ってたりしないのかな……?」


 わたしは凛莉ちゃんに耳打ちする。


「ん?有名なブランドだからネットで検索したら出るんじゃない?」


「じゃあ、ネットで買おう。うん、だから試着しなくていいよね」


 凛莉ちゃんが“はい?”と声を高く、目を丸くした。


「目の前にあるのに着ないの?サイズは?」


「雰囲気で何とかなるよね」


「いやいや、サイズ一つ違ったらだいぶ変わるじゃん」


「でもこのスウェット、大きいけどあんまり気にならないけど……」


「それと一緒にしないっ、いいから着なさい」


「ええ……」


 凛莉ちゃんに押され試着室へ、連行される。


 陰キャに洋服屋さんはハードルが高いのだ……。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る