46 願い事をどうぞ


 屋上での出来事を、とても客観的に尚且つわたしの目的を隠しながら淡々と説明する。


 けれど、凛莉ちゃんにはひとしきり怒られ、気付けばお昼休みの残り時間もわずかになっていた。


「ほんとに涼奈すずな進藤しんどうのことを妙に構うよね」


「あ、いや、そういうわけでは」


 そうして、わたしたちは遅れた昼食をとっていた。


 凛莉ちゃんはまだ言い足りないようで怒気こそないが小言を言ってくる。


「幼馴染で仲いいってのは分かってるんだけどさ、涼奈の方からそんな絡む人なんていないじゃん」


「……出来るならそんなこともしたくないんだけどね」


 わたし的には一切絡みたくないのだが、進藤くんがどうしても他のヒロインと上手く行かないので結果絡むことになってしまっている。


 今後関わらないために、今は関わるしかない状況。


 皮肉が効いてるけど、笑えない。


「じゃあ、しなきゃいいじゃん」


「ほら、腐れ縁ってあるでしょ?そういう感じなんだよ」


 いずれは必ず切る縁だが。


「ふーん……。まあ、気分は良くないけど」


 それにしても、凛莉ちゃんはわたしが他のヒロインや進藤くんと関わっていると機嫌を損ねることが多い。


 その感情がどこから来る物なのか、ちょっとした謎ではあった。


 けれど、最近は少し思い当たるようになったことが一つある。


 わたしが、凛莉ちゃんとたちばなさんに抱いた感情。


 凛莉ちゃんはそれを“ヤキモチ”と呼んだ。


 彼女自身がそう表現したのだから、彼女もその感情を持っている事は間違いない。


「凛莉ちゃん、それってヤキモチ?」


 わたしの問いかけに、凛莉ちゃんの動きがピタっと止まった。


「や、ヤキモチ……?どうしてそう思うの?」


「橘さんとのバレーの話をした時、凛莉ちゃんがそれはヤキモチだって言ってきたから……」


「……あ、ああ。そっか、あたしの発言が返ってきたわけか……」


 凛莉ちゃんは困ったような表情を浮かべる。


「ヤキモチだって言ったら涼奈はどう思う?」


「……え?」


 ヤキモチだと言われたら、どうなるんだろう。


 ヤキモチ、つまり嫉妬は“憧れの人”か“愛情を抱いている人”に持つ感情だ。


 でも凛莉ちゃんがわたしに憧れを抱くことなんてきっとない。


 なら、愛情……?


 いや、それもおかしい。


 だって凛莉ちゃんは進藤湊を好きになるはずの人。


 今は抱いてない感情だとしても、その気持ちが主人公以外にすり替わる事があるのだろうか。


 仮にあったとしても、わたしに抱く感情であるはずがない。


「あーはは……いや、そんな真顔で考えないでよ。例えばの話じゃん」


 凛莉ちゃんはそれまでの空気を掻き消すように、気さくに笑う。


「そうだよね……例えばの話だよね」


「そうそう。かえでの時だって、からかって言っただけだよ。そんなに真に受けるとは思ってなかったから」


 そうだ……そんなことあるわけないんだ。


 わたしは人とのコミュニケーションが下手だから、冗談とも分からずに全部飲み込んでしまうんだ。


「ごめん、そういうの分からなくて」


「あたしは涼奈を心配してるだけだよ」


「心配?」


「そう、涼奈は優しいから。他の人に言い寄られて悪いようにされないか気になるの」


 ……別にわたしは優しくはない。


 けれど、凛莉ちゃんに心配されて悪い気持ちにはならない。


「そっか、ごめんね。心配かけて」


「だからいいって」


「でもなんか申し訳ないから……」


「まあ、あたしとの昼休みをないがしろにしたのは良くなかったね」


「う、うん……謝罪として何でもするよ?」


 そう言うと、凛莉ちゃんの動きがまたピタッと止まった。


「な、なんでも……?」


「まあ、わたしの出来る範囲だけど」


 そもそもわたしに出来ることなんて、超極少の願い事しか叶えられないけど。


 それでもやらないよりはやった方が凛莉ちゃんの気持ちも晴れるんじゃないかと思った。


 せめてもの罪滅ぼしだ。


「な、何でも……?何でもって、何でもよね……?」


 凛莉ちゃんは急に素っとん狂な声を上げる。


 これくらいなら友達の間でよくある会話だと思うんだけど、違うんだろうか?


「す、涼奈は、たまに爆弾を放り込んでくるから侮れない……」


「そうなの……?」


 これはそんなサプライズな出来事なんだろうか?


 ……いや、そんなことないと思うのだが。


 凛莉ちゃんはなにやら真剣に考え込んでいる。


「落ち着け、落ち着くのよあたし……ここで早まってはいけない……」


 ブツブツと何か言っている。


「あ、そもそもわたしなんかにお願いする事なんてないよね」


「あるよ大いにあるよっ、ただ多すぎて困ってるだけ」


「そう、なの……?」


「うん、下手したら嫌われそうだから悩んでる」


「き、嫌われる……?」


 一体凛莉ちゃんの頭の中で、わたしは何をやらせているんだろう……。


 変なこと考えてないよね……。


 あーでもない、こーでもないと凛莉ちゃんは頭を捻らせる。


「よし、分かった。涼奈、明日ヒマ?」


 明日は土曜日で学校は休みだ。


 部活をしているわけでも、友達がいるわけでもないわたしに用事なんてない。


「ヒマだけど」


「よし、それじゃ明日あたしの買い物に付き合ってよ」


「買い物……?」


「うん、一人で行っても良かったんだけど誰かいた方が楽しいし。涼奈と行きたいなって」


「わたしは全然いいけど」


 むしろ、それくらいでいいのかって感じだ。


 願い事じゃなくても、誘われていれば行っただろう。


「えへへっ、そしたら決まりね」


 凛莉ちゃんの表情がようやく緩む。


 教室に戻ってきてからずっと眉間に皺が寄っていたから、機嫌を直してくれて何よりだ。


「時間はあとで連絡するから」


「う、うん。ちなみに場所は?」


「普通に街で買い物。だから集合場所はわたしの家でいい?」


「わかっ……」


 あれ、待て。


 明日って、休みだ。


 それはつまり制服ではなく私服ということだ。


 これって今まで以上に凛莉ちゃんの隣にいるわたしの格差が明らかになり、見ていられない状況になるのでは?


 あ、まずい。


 冷静に考えれば当たり前のことなのに、緊張してきた……。


「凛莉ちゃん、一つ提案いいですか?」


「なに?」


「集合した時にお互いがすぐ分かるようジャージを着てくるのはどうでしょうか?」


「絶対ムリなんだけど」


「……ですよねぇ」


 クローゼットに、どんな服あったっけ……。


 幼馴染は負けヒロイン。


 雨月涼奈は私服も冴えなかった気がする……。


 あ、ちなみに雪月真白わたしはダサいから、何着たらいいのか分かんないんだけどね。


 ため息が止まらなかった。

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