45 心が透けている


 二葉由羽ふたばゆう


 青いショートヘアはさらさらと流れ、背は高くスレンダーな体つきをしている。


 切れ長の目と、大人びた仕草は中性的な雰囲気を持っている。


 そんな彼女が、面白そうと興味を抱いている様子。


 これは原作通りなのだが……。


「君、名前は?」


 どうやら自己紹介をご所望らしい。


 それならしてやりますとも。


「はい進藤しんどうくん、自己紹介して」


「あ、えっと俺は進藤――」


「ありがとう、でも私が聞いてるのは女の子の方ね」


 ダメだった。

 

 どうやら、進藤くんではなくわたしがお望みらしい。


 なんでそんなことになっているのかは分からないが。


雨月涼奈あまつきすずなです……」


「涼奈ちゃんね。私は二葉由羽っていうの」


 知ってます。


 貴女もヒロインなのですから、よく知っています。


「それで、私がイチコロっていうのはどういうこと?」


「ここにいる進藤しんどうくんは、あなたとの相性が抜群なんです」


 わたしは横にいる進藤くんを指差す。


 二葉由羽は日常に退屈している物憂げなクール女子だ。


 面白そうな彼を見れば、すぐに興味が湧くはずだ。


「どうも、未来の旦那です」


 あー……この人、ほんとにノリやばいな。


 いや、これはこれでアリかもしれない。


 こんなに変な人なのだ、二葉さんもきっと気になるはずだ。


「……ふざけてる、よね?」


 あ、全然響いてない。


 多分引かれてる。


 なにやってんの進藤くん。


「いえ、ふざけてるのは涼奈の方です。未来が視えるとかホラ吹いて僕を騙してきたんです、悪の元凶は全てコイツなんです」


「ちょっと進藤くん、自分がスベったからって擦り付けないでよっ」


「本当のことだろうがっ、彼女候補とか言ってたくせに全く見向きもされてねえ。俺は被害者だっ」


 こ、この男……。


 わたしなりに責任を感じてヒロインとくっつけようとしているのに、責任を押し付けてきた。


「へえ、じゃあ進藤くんは涼奈ちゃんにそそのかされたってことだ?」


「はい、そうです。全部コイツの策略です、無礼を詫びて欲しいならこの女に言ってください。被害者はこのまま去ることにします」


 そう言って、進藤くんは踵を返す。


 待て待て、なにしてるのこの人。


「ちょっと何で帰ろうとしてるのっ」


「お前は先輩にこの非礼を謝りなさい。後で俺にもな」


 言いたい事だけ言って、進藤くんは階段を下りていくのだった。


 結局、わたし一人取り残されてしまう。


 ……気まずいんですけど。


「それで、どうしてこんな事したの?」


 二葉さんはわたしを見ながら、その微笑みを絶やさない。


「……二人がお似合いだからです」


「お互いのことも全然知らないのに、よくそんなこと言えるね?」


「わたしには分かるんですよ」


「ふふ、君やっぱり面白いね」


 ……なぜ、わたしが面白い認定されているんだ。


 面白い担当はわたしじゃない。


「進藤くんの方が面白いと思うんですけど」


「ん?いや、彼はまだ自分に自信がないみたいだから」


 彼女は独特な理由を述べる。


 確かに、原作の進藤湊しんどうみなとであれば、今頃ハーレムを形成している頃だ。


 それがない今の進藤くんには、男の自信は欠落しているかもしれない。


 そういう意味では彼女の主張は正しいかもしれないが、同時に矛盾も生じている。


「自信がある人に興味があるなら、わたしは対象外だと思いますが」


「そうかな、君には多少なりと自信があるように見えるけど」


「……本人が否定してるんですけど」


「往々にして本人には自覚がないものさ」


 妙に達観した物言いも二葉由羽の特徴だが、これは的外れだ。


 わたしが自分に自信を持つことなんてない。


 そんなもの持ちたくても持てない人間なのだ。


 だから変なことを言わないで欲しい。


「あの、わたしもう戻るので」


「そうなの?残念だな、もっと話してみたかったけど」


 いやいや、わたしと話してもしょうがない。


 二葉由羽には進藤湊と話して欲しかったんだ。


「ごめんなさい、これで失礼します」


「そっか、またね涼奈ちゃん」


 二葉さんは細く長い腕を振る。


 わたしはそれに会釈をして、屋上を去ることにした。


 ……全く、何も上手く行かない。



        ◇◇◇



「はいはーい、涼奈さーん?あたしに言う事あるよね?」


 教室に戻ると、わたしの席でお弁当を広げ、足を組んで待機している凛莉りりちゃんがいた。


「……ごめんなさい。遅くなりました」


「ですよねぇ?なーにしてたのかなぁ?」


「忘れていた課題を職員室に提出しに……」


 という設定で凛莉ちゃんから抜け出していたのだ。


「職員室までどれだけ遅くても徒歩3分、往復6分もあれば済む用事だと思うんだけど。なんで30分も経ってるのかなぁ?」


 まずい。


 怒っている、凛莉ちゃんが怒っている。


 正直に言うべきか……?


 いや、進藤くんと別のヒロインと会っていたなんて知られたらもっと怒るに決まっている。


 凛莉ちゃんは自分をないがしろにされるのが大嫌いなんだ。


「えっと……先生に別件を頼まれて」


「へえ、どんな?」


「え……あ、いや、頼まれる寸前に先生に電話が来てね?その電話が終わるまでずっと待ってたんだよね」


 あ、あぶない……。


 なんとかそれっぽい理由を作り上げた。


「なにそれ最悪じゃん、向こう何も言わなかったわけ?」


「いや、ごめんって謝って来たよ。もうわたしが戻ってると思ってたみたい」


「はあ?なら最初からちゃんと伝えろっての、これだから気が利かない大人はイヤなのよ」


「ま、まあ……わたしもバカ正直に待ってたから」


「涼奈は仕方ないじゃん、むしろちゃんと待ってて偉いよ」


「そ、そうかな。えへへ……」


 よ、よし。


 なんとか誤魔化せたぞ。


 後は穏やかな昼食をとれば――


「ちなみになんだけどさ」


「ん?」


「往復6分とは言ったけどさ、涼奈って結構早足じゃん?だから5分経過した時点でおかしいなと思ったんだよね」


「よくそんな時間測ってるね……」


 そんなきっちりした一面を持っているとは知らなかった。


「それに涼奈って大人あんま好きじゃないでしょ。あたしもそうだから分かるけど、そんな子が職員室にずっといるわけないなぁって考えたの」


「……まあ、苦痛ではあったね」


 なんだ、凛莉ちゃんは何が言いたいんだ。


 どうして解決した問題をそんなに掘ろうとするのか、そんな陰湿さは彼女らしくない。


「だから、涼奈が教室を出た10分後に職員室に行ったんだよね」


 はい、背筋が凍りました。


「30分も待ちぼうけしてる涼奈なんてどこにもいなかったけど、あたしの目が悪かったのかな?」


「……え、えと」


 ガクガクと膝が震えだしそうなのを必死に堪える。


「あ、その場にいた先生全員に聞いたんだけど、職員室に涼奈が来るのを誰も見てないって言ってたよ?」


 む、むりだ……。


 言い逃れが出来る余地がない。


「涼奈もう一度聞くよ?あたしに何か言う事あるよね?」


「ご……ご報告させて頂きます」


 その後、凛莉ちゃんにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。

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