44 先輩ヒロインは興味がある


「……」


「……」


 二人、無言。


 いつもの帰り道は変な空気になって、会話が途切れてしまっていた。


 というより、凛莉りりちゃんが話さなくなったのが原因だ。


 いつもは凛莉ちゃんから色々話しかけてきてくれるのに、それがなくなっては間がもたない。


「……凛莉ちゃん」


「なっ、なに」


「無言がツラいんですけど……」


「それを言う勇気はあるのに、自分で話題を振る勇気はないんだ……」


 凛莉ちゃんは困ったように頬を掻いた。


「ごめん、怒ってたりする……?」


 どうやらわたしは変な行動をしてしまったらしい。


 凛莉ちゃんもそのせいで黙ってしまったみたいだ。


 機嫌を損ねてしまったのかもしれない。


「いや、違うから。こんなことで怒ったりしないし」


「そ、そっか。じゃあ何か話してよ」


 無言は怒らせているみたいで落ち着かない。


「そうだな……。かえでとのことは、あんまり気にしないで。昔からの腐れ縁ってだけだし」


「あ、うん……」


涼奈すずなのことをないがしろにしたわけじゃないよ」


「そ、そうだよね」


 何かそうやって改めて言われると照れるんだけど……。


 しばらく無言で歩いたこともあって、気付けば繁華街に辿り着いた。


 わたしと凛莉ちゃんはここで別れることになる。


「じゃあ、涼奈。また明日」


「うん、ばいばい」


 手を振り合って別れる。


 わたしは一人、夜道を歩く。


 凛莉ちゃんは、わたしが橘さんにヤキモチを妬いているのだと言っていた。


 ヤキモチとは、言い換えれば嫉妬だ。


 嫉妬の一つは、“自分より優れた人を妬む感情”のことを指す。


 確かに橘さんは綺麗だし華があって、運動も上手だった。


 わたしなんかよりよっぽど優れている。


 でも、それを妬むかと言われれば正直微妙だ。


 だってわたしより素敵な人なんて、いくらでもいる。


 妬んでいればキリがない。


 ならもう一つの意味、“好意を持っている相手が自分以外の人間に好意を示している時に抱く感情”ということになる。


 でも、それもおかしい。


 だって、それじゃあわたしが凛莉ちゃんを好きってことになる。


 嫉妬が指す好意は“愛情”であって“友情”ではない。


 だから、それはありえないはずなんだ。


 ……なのに、それを否定する度にズキンと胸を打たれるのは何故だろう。


 形のない感情はわたしの胸の中を彷徨い続ける。



        ◇◇◇



「涼奈ってさあ、だいぶ変わったよな?」


 翌朝の学校、進藤くんがそんなことを口にした。


「そ、そう……?」


「ああ、急に日奈星ひなせさんと関わり始めたかと思ったら、アレだけ犬猿の仲だったここなとはフレンドリーになってるし、最近は金織かなおりさんとも付き合いあるみたいじゃん」


「……まあね」


「なにその派手な交流関係、地味だけど俺にだけ優しい涼奈は消えたのか?」


 わたしはとっくにあなたの知る雨月涼奈あまつきすずなではないから仕方ない。


 地味なことには変わりはないが。


「朝は迎えに来てくれないし、弁当は作ってくれないし、勉強の面倒は見てくれないし、彼女も紹介してくれないし。幼馴染としてどーなのよ?」


 いや、その発言こそ幼馴染としてどうなんだ。


 そんなの全部自分でどうにかするものだ。


 ……まあ、“彼女”という存在に関してのみ責任感を感じているけれど。


「でも進藤くん最近昼休み教室にいないよね。どこでご飯食べてるの?」


 彼の動向は気になるところだ。


「最近はもっぱら購買で飯買って、ホールで食ったり中庭とかにも行ってるな。今日は気分を変えて屋上もいいなとか思ってる」


「……なんですって」


 この主人公、最近いないと思っていたらそんなに転々としていたのか。


 しかも、屋上には“彼女”がいるはずだ。


 タイミング的にも間違いない。


「わたしも行く」


「は……?別にいいけど、なんで?」


「そこに先輩の女の子がいるはずだから、進藤くん話しかけて」


「何言ってんの?知らない先輩に話しかけるとかムリゲーなんですけど?」


「ダメだよ。ちゃんと話し掛けないとっ」


 じゃないと、イベントが起きない。


「いや、だから知らない先輩に話しかけるとか頭おかしいだろ」


「おかしくない、今話しかけないと進藤くん本当に彼女できないよ」


「……は?」


「その人、進藤くんの彼女候補だよ」


 屋上にいる少女こそ最後のヒロイン。


 けれど、進藤くんがフリーズしていた。


 ……さすがに信じられないか。


「待ってろよ、俺の嫁」


 あ、いや、予想の斜め上で単純だった。



        ◇◇◇



 最後のヒロインと進藤湊しんどうみなとの出会いはこうだ。







 屋上で物憂げな表情で空を眺める少女。


 いつも繰り返される退屈な日常に、彼女は溜め息を吐いた。


『何か面白いことないかなぁ……』


 ――バンッ


 そんな言葉に呼応するかのように扉を開く音が響いた。


 少女は驚いて振り返る、この時期の屋上に顔を出す生徒は滅多にいないからだ。


『くそっ……毎日毎日、ギャルと妹と生徒会長に追われる日々ってなんなんだ……!』


 至って純朴そうな少年から発せられた言葉は、その見た目からは似つかわしくない変わった内容だった。


 少女は、そんな彼に興味を抱く。


『へえ、君。追われてるの?』


『え、あ、先客がいたとは……すみません、帰ります』


 引っ込み思案な少年は、相手が先輩ということを察して退散しようとする。


『待って、話相手になってよ』


『……えっと、俺に言ってます?』


『うん、君に言ってる』


『失礼ですけど、理由が分からないんですが』 


 にこりと少女は微笑んだ。


『君が面白そうだから』







 ……と、まあ、こんな感じだったはず。


 今までのヒロインはわたしの影響で色々改変が起きていたが、この邂逅はシンプルに二人だけの出会いになっている。


 だからその登場を再現すれば、ヒロインは興味を示すはずだ。


「……というわけで、作戦を決行するよ進藤くん」


「お、おう」


 お昼休み、わたしと進藤くんは屋上の入り口までやってきた。


 ちなみに凛莉ちゃんには上手い事言って抜け出してきた。


 バレたら怒られるかもしれないが、今回ばかりは仕方ない。


 だってラストチャンスだから。


 さすがにこのタイミングを逃すわけには行かない。


 わたしは扉をそーっと開いて、その隙間から景色を確かめる。


 ……いた。


 青髪ショートの女の子が、空を眺めている。


 彼女こそ、最後のヒロインで間違いない。


「よし進藤くん、じゃあわたしの言ったとおりにするんだよ」


「……話は分かったけどさ、本当にそれで上手く行くのか?」


「間違いないよ、わたしは未来が見えるんだからね」


「……マジで?」


「マジ」


 なんせ原作プレイ済みのわたしだ。


 今回はイレギュラーも起きていない。


 わたしは扉の側に立ち、聞き耳を立てる。


「何か面白いことないかなぁ……」


 よし、ヒロインの導入のセリフだ。


「進藤くん行って」


「お、おうっ」


 ――バンッ


 進藤くんはわたしに促され、扉を開く。


 そのまま大きく息を吸い……


「クソー毎日毎日、ぎゃるト妹ト生徒会長ニ追ワレル日々ッテナンナンダー!」


 とんでもない大根演技を披露していた……。


 なにしてんのあの人っ。


「……?」


 振り返ったヒロインは突然現れた大根役者を凝視する。


「……」


「……」


 重すぎる数秒の沈黙。


 ――バタン


 耐えかねた進藤くんはそのまま扉を閉じて、うずくまってしまった。


「進藤くんなにしてんの、台無しなんだけどっ!」


「そりゃ俺のセリフだっ、全然話とちげえだろ!死ぬほど白い目で見られたぞっ!」


「あんな大根演技するからでしょっ!?」


「当たり前だろっ、何一つ真実がない妄言を先輩に聞かせるとか恥しかねえよ!むしろよくやったと褒めて欲しいくらいだがっ!?」


 くそっ……。


 問題はそこだったのね。


 改変された事実によって、進藤くんのセリフには重みが消えてしまっていた。


 だからヒロインは興味を示さなかったんだ。


「ああ、もうっ。進藤くんがちゃんと演じきれば絶対行けたのに、もっと信じてよっ」


「いや、ムリがあるよね。あんなラノベの主人公みたいなセリフを真に迫るように言うとか頭おかしいよねっ」


「だから、それ進藤くんのセリフなんだって」


「はあ?絶対いわねえんだけど、涼奈バグったか?」


 ――バグ


 その単語に一瞬、戸惑う。


 でも、今はそれどころじゃない。


「わたしには分かってるの、進藤くんがちゃんと言えばあの先輩もイチコロだったよ」


 だと言うのに、この人は……。


 いや、別の方法で気を引けばまだチャンスはあるはずだ。


「へえ、私がイチコロなんだ?」


 ……え。


 落ち着きのある低めの女の子の声。


 顔を上げると、青髪の少女がわたしたちを見下ろしていた。


「その話、詳しく聞きたいんだけど?」


 ……まずい。


 完全に聞かれていたようだ。


 ここは逃げるしか……。


「待って、話相手になってよ」


 ヒロインに呼び止められる。


 嫌な予感しかしない。


「……えっと、わたしに言ってます?」


「うん、君に言ってる」


「あの、理由が分からないんですが」


 少女はにこりと微笑む。


「君が面白そうだから」


 彼女の名前は二葉由羽ふたばゆう


 最後の一枠、先輩ヒロインだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る