35 伝わらないこと


 お昼休み。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」


 ここなちゃんにお願いをして、進藤しんどうくんを訪ねに教室に来てもらう。


「どうした、ここな」


「冴えないお兄ちゃんが一瞬でモテる為のテクニックを教えてあげようと思って」


 うん、導入がおかしい。


 こんな言い方で素直に頷く人がいるんだろうか。


「頼む」


 ここにいた。


「ここなは気付いたの、モテる男には色気が必要なのよ」


「ほう」


「だから、ボタンを開けてネクタイを緩めたらいいと思うの。胸元が見えてセクシーでしょ?」


「……それってイケメンしか許されないのでは?」


「お兄ちゃんにならなれるよ――雰囲気イケメンに」


「オッケー、了解」


 いいのかそれで。


 というか、この二人の会話のスムーズさは何だろう。


 これが兄妹の阿吽の呼吸なんだろうか。


「さあ、どうだ」


 指示通りの着こなしになる進藤くん。


「ださ……じゃない。だいたい、いい感じね」


「今、ダサいって言ってなかった?」


「言ってない」


「あ、そう」


 そうして、ここなちゃんは進藤くんを廊下に連れて行く。


 わたしも遠巻きで見守っている。


「よし、ちょうどいいわ。このまま廊下を歩いて行きなさい」


「見せつけてやるぜ」


 そのまま意気揚々と進藤くんは廊下の奥へと闊歩する。


 進藤くんは気付いていないが、その奥にはちょうど金織かなおりさんが生徒会室に向かうため、こちらに向かっていた。


 このまま行けば二人はすれ違うことになる。


「……ねえ。言う通りにしたけど、本当にこれでいいの?」


 見守っていたわたしの所に、ここなちゃんがやって来る。


「うん、大丈夫だと思う」


「何で生徒会長の金織麗華かなおりれいかがいるタイミングを狙ったの?」


「信じられないかもしれないけど、あの二人は相性いいんだよ」


「えー……?」


 ここなちゃんに懐疑的な目で見られる。


 それでもわたしは、藁にもすがる思いで二人の邂逅を見守る。


 二人の距離が近づき、あと数歩ですれ違う。


 そして金織さんの足は、進藤くんの前でピタリと止まる。


 ……きたっ!


「進藤さん、お待ちなさい」


「あ、はい」


「シャツのボタンが開いています。それにネクタイも緩まっていますよ」


「これは、男の色気を……」


「個別指導をお望みですか?」


「おっといけね、昼休みだからって気が抜けてたぜ。ありがとうございます、金織会長!」


 進藤くんはこれ以上ないくらいの営業スマイルを浮かべて、制服を正すのだった。


「息抜きは大事ですが、身だしなみは整えておくように」


「はい!気を付けます!」


 ――スタスタ


 二人の邂逅はあっさりと終わりを迎えた。


「え、あれ、おわり?」


「……いや、そりゃそうでしょ」


 ここなちゃんは隣でため息を吐いていた。


 ええ……本当なら金織さんはもっと進藤くんに噛みつくのに。


 服装くらいじゃ物語は動かないってこと……?


「やっぱり、ハーレムじゃないとダメなのかな……」


「ハーレム!?」


 隣で素っとん狂な声を上げるここなちゃん。


 確かに、これだけ聞くとわたしがいきなりハレンチな発言をしたみたいだ。


「ああ、違うよ。わたしじゃなくて、進藤くんの話ね」


「なんだ雨月涼奈じゃなくて、お兄ちゃんの話……って、どっちみち意味わかんないんだけどっ」


 原作であれば、進藤くんはヒロインに言い寄られ常にハーレム状態に。


 それを注意する金織さんという構図が常態化しない限り、金織さんルートには入らないのだけど……。


 てことは?結局、詰み?


「涼奈、さっきから廊下で何してんの。お昼ご飯食べるよ」


 すると凛莉りりちゃんが廊下に顔を出してきた。


「……日奈星凛莉ひなせりり


「なによ、進藤妹」


 二人の険悪なオーラで空気が重く……。


「悪いけど、涼奈はわたしとご飯だから。一年生は大人しく教室に戻ったら」


「なにそれ、年上マウント?」


「……あるべき場所に戻れって言ってんの」


「そんなのここなの自由だし?」


 ああ、お弁当バトル以降この二人って仲良くないんだなぁ。


 なんで進藤くんとのルートは外れてるのに、こういった関係性は原作通りなのかなぁ。


「まあまあ、二人とも。仲良くして」


「涼奈があたしを放ったらかしにするからでしょっ」


「あんたがここなを呼び出すからでしょっ」


 二人同時に一喝された。


「……ごめんなさい」


 わたしに非があったので謝る。


 この二人に責められて勝てる自信はない。


「そこのお三方、廊下でたむろするのは通行の邪魔になりますよ」


 凛とした張りのある声は、通りかかった金織さんのものだ。


 ……進藤くんはかなり狙ってやっと声を掛けてもらったのに、わたしは何もしなくても声が掛かるのか。


 因果なものです。


「ご、ごめんなさい。今どけますからっ」


 わたしはいの一番に謝る。


 触らぬ神に祟りなし、だ。


「……また、貴女方でしたか」


 金織さんはわたしたちを見て、呆れたように言葉を吐く。


「またって何よ、またって」


 それに噛みつく凛莉ちゃん。


「昨日の今日ですから。変わらず素行が悪いのだな、と」


 そして今度は金織さんと凛莉ちゃんの空気が険悪モードに。


「まあまあ、凛莉ちゃんも金織さんも仲良くしようよ」


「金織がいちいちケチつけてくるからでしょ」


「日奈星さんの行動に慎みが足りないからですっ」


 ……また二人同時に一喝される。


 でも主人公不在でヒロイン同士がいがみ合っても仕方ない。


 仲直りしてほしい。 


「今でこそ凛莉ちゃんこんなにツンケンしてますけど、朝は金織さんのこと綺麗って褒めてたんですよ」


「ちょっと涼奈……!?」


 慌てる凛莉ちゃん。


「……にわかには信じられませんね」


 金織さんは首を傾げる。


「凛莉ちゃんウソはつかないので本当です」


「涼奈、それはウソっ」


「え、凛莉ちゃんウソついたの……?」


 ショックだったので凛莉ちゃんに目を合わせると、彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。


「……本当よ」


 うんうん、だよねだよね。


「だ、だからと言って普段の素行の悪さを見逃す理由にはなりませんっ。もっとしっかりして頂かないとっ」


「だから、そういう上から目線が気に入らないって……」


 金織さんに噛みつこうととする凛莉ちゃんをわたしは止める。


「金織さんもね、言い方には棘があるかもしれないけど本当は凛莉ちゃんを心配して言ってくれてるだけなんだよ」


「あ、雨月さんっ……!?」


 今度は金織さんが慌てる。


「ど、どういうことよ……」


 凛莉ちゃんは首を傾げる。


「金織さんは生徒会長としてこの学園が良くなるように、生徒のことを思って接してるだけ。悪気なんてないんだよ」


「それにしても言い方ってのがあるじゃん」


「金織さんだって同い年の女の子なんだよ。それでも生徒会長としての重圧を背負いながら生徒のために動いてくれる。毎日大変なんだから、話し方だってきつくなる時もあるよ。金織さんって影では結構悩んでるんだよ?」


「ちょっと、雨月さん!?私そこまでは話していませんがっ!?」


 あ……。


 これは完全に原作知識の部分だった。


 金織さんは生徒会長としての責務を全うするために、常に弱い自分と戦い、悩みを抱えているのだ。


 そんな等身大な女の子としての金織麗華を知っていると、多少の言い方のキツさにも寛容になれる。


「だからね。二人とも仲良くしましょうよ」


「……」


「……」


 毒気を抜かれた二人。


「ギャルの日奈星凛莉と、生徒会長の金織麗華を説き伏せるなんて……。雨月涼奈、あんたやるわね」


 隣のここなちゃんには感心されていた。

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