34 足りないモノを求めて


「ねえ、凛莉りりちゃん」


 朝、すっかり恒例になってしまった凛莉ちゃんとの登校。


 そこでふと思い立った疑問を投げかけることにした。


「なに涼奈すずな?」


金織かなおりさんとは前からあんな感じなの?」


「……金織がどうしたって?」


 その名前を出しただけで、凛莉ちゃんはいきなり表情を歪ませた。


「いや、前からあんなに仲悪いのかなって……」


「まあね。あたしはどーも目につくみたいよ。確かに校則は破ってるかもしれないけどさ、これくらいしてる生徒なんて他にもいるのにね」


 そう言って凛莉ちゃんはひらひらとスカートを揺らす。


 そのままめくれてしまいそうで心配になる。


「多分、他の人は金織さんの前では直したりとか目につかないように工夫してるんだと思うよ」


「かもね。かえでもいつもそんな感じだし」


 分かってるのに、自分ではやらない当たりがさすが大物……。


 いや、プライドなのかもしれない。


「それで、どうしてそんなこと聞くわけ?」


 ずいっと凛莉ちゃんが身を寄せてくる。


「いや、なんか二人とも仲悪そうだったから……」


 そして、どうしたら金織さんが進藤湊しんどうみなとを注意するだろうかと考えていた。


 今現在、進藤くんの周りにハーレムの気配はゼロ。(わたしのせいだけど)


 だからそっち路線で攻めるのは難しい。


 凛莉ちゃんの話から考えると、やはり服装を乱して注意されるのが有効なのかもしれない。


「……本当にそれだけ?」


「それだけだけど……」


 凛莉ちゃんとの距離は縮まらず、さらにジト目を向けられる。


「あたし、涼奈から他の女の話を聞かれたことってあんまりないような気がするんだけど……」


「だ、だから?」


「いや、ほら金織って見た目だけは綺麗じゃん?憧れとか持っちゃってたりしてない?」


「ないない、ないから」


 確かに金織さんはお嬢様感があって美しい人だけど、あんなガチガチの生徒会長なんて大変そうだ。


凄いなとは思うけど、わたしには絶対むりだし窮屈そうだから憧れたりはしない。


「ふーん。あっそ、ならいいけど」


 そこでやっと凛莉ちゃんの疑いの目から逃れる。


「……でもアレだね。凛莉ちゃんから見ても金織さんって綺麗なんだね」


 犬猿の仲のように見えて、素直にそう言えるあたりは凛莉ちゃんの人の良さが伺える。


「はっ!ちっ、ちがうから。あたしはあんな奴のことなんかどうとも思ってないからっ」


「……え、あれ、そうなの?」


 さっきまで認めていたのに、急な手の平返し。


 少し慌ててもいるようだし、どういうことだろう。


「あんな奴なんかより涼奈の方がよっぽどかわいいからっ」


「い、いや……わたしの話してないし。それに金織さんとは比べ物にならないし……」


 どうしてか急に金織さんからわたしの話に変わってしまった。


「そんなことないっ。涼奈の方があたしはいいと思うっ」


 ぐっと真剣な眼差しでそんなことを言われる。


 ……朝から、そんな話をしないで欲しい。


 反応に困る。


「わ、わかったから……」


 凛莉ちゃんは困った人だ。



        ◇◇◇



「おっす、涼奈」


「……おはよ」


 席につくと進藤くんが気だるげに挨拶をしてくる。


 そのまま進藤くんの服装を見る。


 ワイシャツのボタンは全て閉じられ、ネクタイもしっかり閉めている。


 ブレザーやスラックスの着こなしにも特に問題はない。


 ……これでは金織さんに見られても注意されることはないだろう。


「? なんだよ、ジロジロ見て」


「あ、えっとね。服装のことなんだけど――」


 そこでブルッと身震いがした。


 徐々に慣れつつある冷たい視線を感じて、視線を泳がせる。


「(なに話してんの?)」


 凛莉ちゃんが口パクでニコニコ笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。


 ……だめだ。


 日常会話ならともかく


『服装を着崩してみたら?』


 なんて話しをしたら後で絶対に怒られる。


『進藤の服装を気にするってどういうこと?』


 とか言われるに違いない。


「服装が、なんだよ」


「……いや、何でもない」


 わたしは進藤くんとの会話を切り上げる。


 しかし、こうなったら別の手段で進藤くんの恰好を変えなければならない。


 それが可能な人物をわたしは一人しか知らなかった。







 休み時間。


 一階に下りて、一年生の教室付近を訪れる。


 進藤ここなちゃんを探しに来たのだ。

 

 しかし、下級生の空気感はキャッキャッとして二年生よりも若さを感じる。


 アウェイ感が凄い。帰りたい。


 ……でも、頑張らないといけない。


「ここなちゃんて、何組だ……?」


 痛恨のミス。


 ここなちゃんのクラスをわたしは知らなかった。


 かと言って各教室に入るような度胸はないし、下級生とは言え知らない人に尋ねる勇気もない。


 ……詰んだ。


 知らない生徒が行き交う廊下で、わたしは心が折れてしまう。


「――雨月涼奈あまつきすずな?」


 すると、聞き覚えのある声が背後から届いた。


 振り返ると、ツインテールを揺らしたここなちゃんが歩いていた。


「あっ、ここなちゃん。よかった、探してたんだっ」


「え……ここなを探してたの?」


「うん、でもどこにいるか分かんないから困ってたの」


 捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったものだ。


「な、なによ。あんたがここなに会いに来るなんて頭でも打ったの?」


 すごい言われようだな……。


 まあ、珍しい行動だとは思うけど。


「いや、ちょっとお願いごとがあってね」


「それも珍しいわね、何よ」


「進藤くんのことなんだけどさ」


「お兄ちゃんが?」


「制服をはだけさせて欲しいんだよね」


「……は?」


 ……ですよね。


 おかしいこと言ってますよね。


「い、いや、違うの。進藤くんにはそれが必要なの」


「……やっぱり雨月涼奈は頭がおかしくなったようね」


「ち、ちがうって。ほら、進藤くんまだ彼女いないじゃない?妹としても心配にならない?」


「……まあ。お兄ちゃんに恋人が見つかる未来は見えないけど」


「そんな進藤くんに足りないモノは何だと思う?」


 うーん、とここなちゃんが顎に指を当てる。


「……知性?」


 辛辣だった。


 まあ、分からなくはないけど。


「い、色気も必要だと思わない?」


「……まあ、お兄ちゃんにそんなもの感じないわね。ていうか妹のここなが感じても怖いけど」


 本当だったらお兄ちゃん大好きっ子なはずなのに、こうまで変わってしまうのか。


 恐ろしい。


「だからさ、ちょっとボタンを開けたりとか、ネクタイ緩めたりするのどうかなぁ?って」


「……まあ、そういう恰好してる男子もいるけど。お兄ちゃんにそれさせるの?背伸び感すごいと思うんだけど」


「大丈夫、それできっといい人が見つかるから」


 そこを金織さんに見つけてもらい、注意を受けて運命をスタートさせるのだ。


「やっぱり意味わかんないし。どっちみちあんたの方からお兄ちゃんに言えばいいだけじゃない?」


 ここなちゃんは面倒くさそうにして、協力的な感じではない。


 わたしも自分でやれたらいいんだけど、それが出来れば苦労しないのです。


「わたしじゃダメなの。頼れるのはここなちゃんしかいなくて……おねがいっ」


 わたしは両手を合わせてここなちゃんを拝む。


「……わ、わかったわよ。しょうがないわね」


 あ、あれ。


 ダメかと思えばすんなり受け入れてくれた。


「いいの……?」


「あんたの方から、ここなにお願い事なんてしたことなかったじゃない。それくらいなら別にいいわよ」


「ほんと?よかった、ありがとうっ」


「い、いいわよ。これくらいの事で、そんなお礼言わなくて」


「ううん。ここなちゃんの協力がなかったら、わたしも困ってただろうから。助かるよ」


 本当に助かった。


 わたしは安堵して胸を撫でおろす。


「あ、あんたの助けになるなら良かったわ……」


 ボソッと何かをここなちゃんは呟いた。


「ん、なに?」


「な、なんでもないわよっ」


 今度はここなちゃんが声を荒げて、わたしから視線を反らすのだった。


 否定したと思ったらすぐに受け入れてくれたり、かと思えば拗ねたり。


 こんなに難しい子だったっけ?



 

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