29 疑惑の証明
「それでは、
つまり、生徒会長ヒロインだ。
その登場は、原作通り
「だーかーらー。先生にも言われてないのに、何で同じ生徒に言われて直さなきゃなんないのよ。意味わかんないんですけど」
「誰が指摘するのかは問題ではありません、これは規則です。この“
これはさすがに
だって彼女はルールに準ずるように注意しているだけだ。
「……あんた、もっと普通に話せないの?ロボットと話してるみたいでだるいんですけど」
だが、さすがは凛莉ちゃん。
まったく相手の質問には答えず、全然違うベクトルで話を展開する。
生徒会長とギャルでは考え方の根幹が異なるのだ。
見てごらんなさい。凛莉ちゃんの態度に金織さんは顔を引きつらせている。
「貴女の方こそ、もっと人の話をお聞きなさいっ。どうして毎日毎日そんなふしだらな格好をするのか意味が分かりませんっ」
「あんたの方こそ規則規則って、誰も大して気にもしてないルールを持ち出してギャーギャー騒ぐのやめたら?」
おお……会話をしているようで、全然話が噛み合っていない。
ここまで混じり合わないものだろうか。
「全くお話しになりませんね、とりあえず貴女は後回しです。私は他の方にも用があって来たのです」
「さっさと出てけ」
「こちらのクラスにいらっしゃるのよっ」
……あれ。
ちょっと待って頂きたい。
この原作の展開には、登場人物がもう一人存在する。
原作では、進藤湊にお弁当を食べてもらおうとする日奈星凛莉との間に、金織麗華が現れる。
そして同様の展開が起こり、金織さんの注意の対象は進藤湊に移る。
『進藤さん、学園内での過度な異性への接触は校則違反です。直接指導しますから、放課後すぐに生徒会室に来るように』
幼馴染、妹、ギャルに迫られている進藤湊はこうして生徒会長に目をつけられてしまう。
だが、今現在どうだろう。
進藤湊はあろうことか、日奈星凛莉に席を譲り教室を出てしまっている。
つまり、金織麗華とのイベントをスキップしてしまっているのだ。
「ま、まずいぞコレは……」
背中から汗がにじんできた。
もはや、会うことすらスルーしてしまうとは。
ルート管理のしようがない。
この後の展開はどうなってしまうのか。
進藤湊がなき今、金織麗華は誰を叱責するのだろう。
「貴女が、
「……え、あ、はい」
金織さんは貼り付けような笑顔でわたしを見る。
何だろう。
わたしは校則通りに制服を着ているし、メイクだってしていない。
規則に反することはしていないはずだが。
「最近、日奈星さんとよく放課後一緒にいらっしゃるようですね」
「え、まあ……」
なんでそんなこと金織さんが知ってるんだろう。
……多分、注意対象である凛莉ちゃんの動向を探っていたら付随してわたしが現れた。
そんなところか。
「雨月涼奈さん、放課後に寄り道をするのは校則違反です――」
え、ちょっと待ってください。
前後の文の構成に既視感が凄いんですけど。
それ、主人公にいうはずのセリフじゃありませんよね?
気のせいですよね?
「――直接指導しますから、放課後すぐに生徒会室に来るように」
ああ、おわった。
それ、進藤湊に言うセリフなんですけど。
なんで、わたしに言っちゃうかな。
もうどうなってんのかな、このゲーム。
「返事が聞こえませんよ、雨月さん」
「……はい」
わたしの視界は一気に暗転した。
「ちょっ、ちょっと涼奈!?顔、真っ青だよ。どうしたのっ!?」
「な、なんでも……」
「ちょっと金織、あんた涼奈に何してんのよっ!この子は繊細なんだからもっと言葉選びなさいよっ!!」
「え、ええっ!?私、そこまでおかしなことを言ったつもりは……」
もうダメだ。
ヒロインと出会う前から終了するなんて。
今までで一番最悪な展開だ。
しかも、わたしはこれから金織さんに怒られるんだ。
嫌に嫌なことが重なり、わたしの心は完全に曇天模様だった。
◇◇◇
放課後、これから生徒会室に足を運ばなければならない。
しかし、それは本来わたしの役目ではない。
「よしっ。そしたら帰ろうぜ、涼奈」
……この、何度断っても当たり前のように誘ってくる能天気主人公、進藤湊が行くはずだった。
どうしたものかと考えて、そこでふと閃いた。
「うん、いいよ」
「お、久々だな。ジャンケンで負けた方が荷物持ちな」
……正気?
「いや、その前に生徒会室に行こうよ」
「え、なぜ?」
そうだ。
来ないのなら、こちらから行けばいい。
進藤湊と金織麗華を引き合わせ、二人の恋仲を進めてあげればいい。
これで万事解決だっ。
「ちょっと、金織さんに呼ばれたの」
「げっ。金織さんって綺麗だけど厳しいので有名な会長さんだろ?……確か“
……そんなあだ名もあったような、なかったような。
「そういうこと。ほら、行こうよ」
「いやいや、行かねえよ。なんで俺が呼ばれてもねえのに会長さん所に行くんだよ」
「わたしが呼んでるからいいんだよ」
「悪いけど涼奈と金織さんじゃ天と地の権力差だから。お前の許可なんて向こうが帳消しにするっつーの」
「ちがう、これは運命なんだよ」
「いきなり仰々しいなっ」
ああっ、もうっ。
黙っては来てくれないし、本当のことを言っても信じてくれない。
どうしろと言うのだ。
「とにかく俺は今回はパス。後は頑張れよ涼奈」
「あ、ちょっ……」
すると、進藤くんは脱兎のごとく教室を後にするのだった。
幼馴染なのに薄情すぎる。
「……涼奈」
そうかと思えば、今度は凛莉ちゃんからお声が掛かった。
もしかして、一緒に行ってくれるのかな?
凛莉ちゃんは優しいから、きっと心配してくれているに違いない。
「凛莉ちゃん、わたしこれから生徒会室に行こうと思うんだけど……」
「それより、さっきのどういうこと?」
「え?」
思っていたより、凛莉ちゃんの声が低い。
「進藤のこと、なんで誘ったわけ?」
「……え、あ、それは……」
金織ルートのため、なんて言えるわけもない。
「進藤とはもう何でもないって、涼奈言ってたよね?」
「あ、それはもちろんそうだよ」
進藤くんのことは過去のことだと何度も説明した。
それでも凛莉ちゃんは怖い雰囲気を全身から放っている。
「じゃあ、なんで進藤のこと誘うわけ?」
「いや、それは……成り行きで……」
「成り行きで昔好きだった男を誘うの?ちょっと意味わかんないんだけど」
「凛莉……ちゃん?」
凛莉ちゃんは何かを抑え込もうとして、でも溢れ出てきている。
黒い感情のような何か。
それがわたしは怖い。
「……ごめん、何でもない。あたし、先帰るから」
「え……」
あの凛莉ちゃんが先に帰ろうとしている。
いつもわたしを呼んでくれる凛莉ちゃんが。
喪失感を感じるには、それだけで十分だった。
「ま、待って……」
先に行ってしまった凛莉ちゃんの後を追う。
彼女の足は速くて、追い付く頃には人気のない階段を下りている所だった。
「凛莉ちゃん、待ってよっ」
後ろから、先を進む凛莉ちゃんの手を握る。
ようやく掴まえた。
「……どうしたの、そんな息切らして」
「なんで先に行っちゃうの?」
「別に、あたしが先に帰ることだってあるし。涼奈は生徒会室に行くんでしょ」
「……そうだけど。でもなんか凛莉ちゃん冷たいから」
「そりゃそうでしょ。だって涼奈、結局あたしより進藤を頼るんでしょ?」
「え……?」
さっきのやり取りを凛莉ちゃんはそんなふうに受けとっていたのか。
「だからムカついただけ。そんなに進藤が好きなら、勝手にすれば?」
「……そんなことないって、言った」
「そうにしか見えませんけど」
わたしの配慮が足りなかったのは認める。
でも凛莉ちゃんには、そんなふうに思われなくない。
凛莉ちゃんなら、そんなわたしも理解してくれていると思っていた。
だけどそれは傲慢だったと、こうして初めて気付く。
「ちがうよ。わたしが頼りにしてるのは凛莉ちゃんだけだから、だからそんなこと言わないでよ」
「そう思えるような行動してないじゃん」
「じゃあ……、どうしたら信じてくれるの?」
まさか、わたしの事情を全て話すわけにはいかない。
いや、話したところで信じてくれるわけもない。
だから、これ以上どうすればいいのかわたしは分からない。
凛莉ちゃんはその問いに応えるように、真っすぐにわたしを見ていた。
「じゃあ、キスしてよ」
「……はい?」
えっと、聞き間違い……かな?
「キスしてくれたら信用する」
知っている。
凛莉ちゃんは冗談でもわたしにそんなことを言わない人であることを、わたしは知っている。
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