28 生徒会長ヒロインは物申す


 朝、窓を開けると太陽の陽ざしとそよ風が頬を撫でる。


 わたし、雨月涼奈あまつきすずなは爽やかな気持ちで一日を迎え――


「るわけねえ……」


 さっさと開いた窓を閉める。


 外の天気を確かめた結果、眩しいし寒いしで最悪だった。


 再びベッドに潜る。


 気分はすっかりブルーだ。


 原因はわかっている。


『だから、わたしも分からないのっ。凛莉ちゃん見てると何か変になる。思ってることとやってることがグチャグチャになって、息が上手くできなくなる。それだけっ』


 凛莉りりちゃんの家でわたしが放った一言だ。


「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ……」


 家に帰って冷静になって振り返ると、悶絶しかなかった。


 あんなに抽象的で、メンヘラみたいな発言をどうしてしまったのか。


 甚だ疑問で、自己嫌悪が止まらない。


 他にも頭がおかしくなりそうなシーンはいくらでもある。


 下着見ただけで赤くなったり、上手く話せなくなったり、目も合わせられなくなったり。


 コミュ障という自覚はあったが、まさかあそこまでとは自分でも思わなかった。


 フラッシュバックすればするほど恥という感情しか湧き上がってこない。


 体は悪い意味で熱を持ち始め、その熱を処理することも出来ず気が狂いそうになる。


「ああああああああああああああああああああああああ」


 わたしは枕に顔を押し付け、声を上げる。


 枕がその音を吸収してくれるからご近所迷惑にはならないはずだ。


 兎にも角にも、今日の朝は最悪だ。


 黒歴史とはこうして作られるのだと実感する。


 とてもじゃないが学校に行く気になんてなれない。


「うん、サボろう。今日は仕方ない。このままじゃ精神が崩壊する」


 そもそも、ここは恋愛ゲームの世界。


 雨月涼奈の成績なんてわたしの知ったことではない。


 優等生キャラかもしれないが、既にルートから外れているわたしがそれを守る必要もない。


 寝よう。寝て全てを忘れよう。


 願わくば記憶を消し去り、新しい転生先へ誘ってくれ。


 わたしは布団をかぶり、嫌な記憶を押し込めるように目をつぶる。


 ――ピロン


 ……だと言うのに、忌まわしくもメッセージアプリの通知音が鳴る。


「わたしは寝るんだ。寝るのに気になる事があったら寝れないじゃないか」


 小心者の自分を呪いつつ、わたしはスマホの画面を眺める。


『おはよっ。昨日はいきなり誘っちゃってごめんね。でも涼奈すずなと一緒にいれて、あたしは楽しかったな。それじゃ学校でね』


 凛莉ちゃんからのメッセージが届いていた。


 まるでわたしが学校をボイコットするのを見透かしていたかのようだ。


 そして最後の文面、“それじゃ学校でね”がわたしを縛る。


「……結局、行くしかないってことね」


 ただでさえ罪悪感が残る学校のサボり、そこに友達の無視も付け加えて寝ていられるほどわたしは大物ではない。


 とことん小さい自分に溜め息を吐きながら、わたしはベッドから抜け出した。



        ◇◇◇



「おっはよー。涼奈っ」


「……」


「おい、さすがにシカトはなしでしょ」


「……おはよう」


 家を出て繁華街を通ると、当たり前のように凛莉ちゃんがわたしを待っていた。


 恒例になりつつあるけど、待ち合わせしたことは一度もない。


「今日は遅かったね?なにしてたの」


「……眠かった」


「寝坊か、涼奈でもそんなことあるんだ」


 ……ほとんど凛莉ちゃんのせいなんだけどね。


 でも当の本人はあっけらかんとしていて、楽しそうにニコニコ笑顔を振りまいている。


 朝なのに声も高いし。


 まるで昨日のことなんて何もなかったみたいだ。


「ねえ、別にわたしのこと待たなくてもいいんだけど」


「なんで?一緒に学校行こうよ」


「……いや」


 見栄え的に、と言おうとしてその免罪符はもう通用しないことを思い出す。


 凛莉ちゃんと隣を歩いてもそれは気にすることではないと、彼女から教わったんだ。


「ほら、行くよ」


「あ、うん……」


 凛莉ちゃんに手を引かれて学校へ行く。


 その感じがいつも通りすぎて、わたしまでいつもの調子に戻ってしまった。







 学校に到着する。


「おう、涼奈。今日も俺から隠れて遅めの登校か?そんなに構って欲しい感じ?」


 恐ろしく的外れなことを言ってドヤ顔してくる主人公。


 最近は凛莉ちゃん案件で我を忘れることが多かったが、本題はこの男だ。


 進藤湊しんどうみなと


 今作の主人公であるこの男は、誰かと結ばれなければならない。


 しかし、どういうわけか現状ヒロイン三人がルート回避という離れ業をやってのけている。


 わたしはそんな状況を打破せねばと考えている。


 さもなくば、進藤くんと雨月涼奈の距離が縮まるルートに強制突入する恐れがあるからだ。


 だから、わたしは考える。


 どうしたらヒロインたちは、進藤くんのことを好きになってくれるのかと。


「……でもなあ、このままダメ男で皆好きになるんだから。イジる必要ないはずなんだけど」


 わたしはどうしていいか分からず溜め息を吐いた。


「え、俺いまダメ男って言われた?」


「大丈夫だよ、それでもモテるから」


「そんな神展開ないんだが。てかダメ男は撤回しろよ」


「……どうしたらいいのかな」


「いや、無視すんなって」







 答えは出ないまま昼休みになる。


「涼奈ー。ごはん食べよ」


 凛莉ちゃんの侵攻は止まるところを知らない。


 お弁当箱を持って、わたしの席までやってくる。


「じゃ、じゃあ……中庭で」


「ここでいいよね?」


 ――ドンッ


 と、お弁当箱を机の上に置かれる。


 恐ろしいほど圧力を感じる。


「今日寒いし、毎回外出たくないし。ここで食べていいよね?」


「あ……うん」


 根負けしたわたしは大人しく椅子に座る。


 ガタッ、と前の席が動く音が続いた。


「日奈星さん、ここ座るか?俺、他の所で食うから」


「あれ、いいの?ありがとう」


 進藤くんが席を開けて、その椅子を借りた凛莉ちゃんが対面になって座る。


 ……主人公とヒロインだというのに、何て淡白な会話。


 とても恋が始まりそうな雰囲気はない。


 まあいい。凛莉ちゃんルートは諦めたのだ。


「凛莉ちゃん、たちばなさん達と食べなくていいの?」


「うん、涼奈と食べるって言ってるから」


「……大丈夫なの?」


 そういう行動をとると、輪から外されるものだと思っていたんだけど。


「大丈夫だって。……でもそんなに心配してくれるなら涼奈もご一緒してくれてもいいけど?」


 ……いや、あの集団に入るのはいくらなんでも無理だ。


「遠慮しとく」


「つめた。ちなみに理由は?」


「凛莉ちゃん以外と仲良くなれる気しないし、なりたいとも思わない」


 それが本音だ。


 凛莉ちゃんだけが特例で、基本的にわたしは社交的な人間じゃない。


「そ、そっか……」


「? うん」


 急に凛莉ちゃんの声が弱々しくなる。


 テンションの差が謎だ。


「それじゃほら、涼奈の分作って来たよ」


「えっ、だからそんなことしなくていいって……」


「いいから、いいから」


 そうして凛莉ちゃんが持ってきたお弁当箱を開けると――


「こちらに日奈星凛莉ひなせりりさんは、いらっしゃいますか?」


 ガヤガヤとした教室に、凛とした声が響く。


 その一声で、教室は一瞬にして静寂を取り戻す。


「あ、あそこにいます」


 クラスメイトの一人が、凛莉ちゃんの座っている席、つまりわたしの方も指差す。


「ありがとうございます」


 その少女は颯爽と教室に入ると、臆することなく凛莉ちゃんの前に立つ。


 金色の長髪で、少し目尻が上がった眼光は冷たそうな印象をもたらす美少女。


 この人のことは、わたしもよく知っていた。


「お食事中に失礼します。日奈星さん、私が言いたいことはお分かりですね?」


 淡々と、その少女は事務的に告げる。


「はあ?何も言ってないのに分かるわけないでしょ」


 それに対し、凛莉ちゃんはこれ見よがしにつまらなさそうな表情と低い声で返す。


 明らかに気分を害している様子だ。


「そうですか、では記憶力が乏しい貴女にも分かるよう単刀直入に申し上げます。貴女のその制服の着こなしについては校則違反だと再三注意したはずです。何か釈明はありますか?」


「言い方めんどくさっ。どこが単刀直入なのよ」


「あら、ごめんなさい。まさかこの程度の日本語も理解できないとは思いませんでしたので」


「……喧嘩売ってるわけ?」


 この展開も知っている。


「喧嘩を売っているのはそちらでしょう?私は何度も言ったはずです、その服装を改めなければ厳罰に処すと」


「はっ?なんであんたにそんなこと言われなくちゃなんないのよ」


「勘違いしているようですが、これはあくまで生徒会執行部の活動の一つです」


「生徒会っていうのは生徒一人のスカートの長さにケチつけるのが仕事のお暇な方々なんですね」


 バチバチと火花を散らす舌戦、その敵意はどちらも本物だ。


「発言に気を付けなさい。生徒会を貶めるような発言は、この金織麗華かなおりれいかが許しません」


 そう、彼女は同じ二年生で生徒会執行部会長の金織麗華。


 ヒロインの一人だった。

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