26 二人の空間 side:日奈星凛莉


 お、おお……。


 涼奈すずなが、涼奈があたしの家にいる。


 あたしが誘ったんだから当たり前なんだけど、その事実に興奮と焦りが同時に押し寄せている。


「すご」


 涼奈はエントランスに入るなり、驚いたような声を上げた。


 このマンションは街の中でもわりと立派な方らしいから、新鮮に映っているんだと思う。


「あー……あはは。親の力って感じだよね」


 とは言え、これはあたしの力でも何でもなくお金を出してくれているパパのおかげだ。


 女子高生が一人暮らしするには立派すぎる家をパパは用意してくれている。


 でも友達を入れるのは初めてだから、そんな反応をされるとは思わなかった。


 涼奈は物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回している。


 その仕草がなんだか小動物みたいでかわいい。


「こっちだよ」


 涼奈は周りを見ているとすぐに足を止めてしまうので、声を掛けて案内する。


 それに涼奈は素直に従って、あたしの後ろをトコトコと着いて来るのがかわいらしい。


「やはり環境が人を育てるのか……」


 涼奈がぽつりと呟いた。


「どういう意味それ」


「綺麗な人は綺麗な場所から生まれるんだなって」


「涼奈がまた変なこと言ってる」


 涼奈はいつも多くを語らないくせに、いきなりとんでもないことを口にする。


 しかも無表情で言うから、冗談ではないと分かって尚恥ずかしい。


 涼奈はしきりに首を傾げていて、あたしが言った事が理解できていないようだった。


 これだから天然は困る。


 あたしは息を整えて、扉のロックを解除する。


「どうぞ」


「お邪魔します」


 涼奈がリビングへ入る。


 相変わらず周りをずっと見ている。


 普段、涼奈は何事にもあまり興味を示さない。


 だからその様子を見ていると、あたしに興味を持ってくれていると思えて嬉しくなる。


「何にもないけど、まあ座ってよ」


 涼奈をソファに座らせて、あたしはキッチンに向かい電気ケトルを手に持つ。


「凛莉ちゃんの部屋どこ?」


 と思っていたら、急に涼奈があたしの部屋に興味を示す。


 いや、ちょっと待って欲しい。


「え、もう入る感じ?」


「ん?ダメなの?」


 自分が住んでいるマンションに涼奈を入れるだけでも結構緊張してるのに、このまま部屋に入れたらもっと緊張してしまいそうだ。


凛莉りりちゃん、もしかして部屋片づけてないとか?」


「ちっ、ちがうし!ちゃんと掃除はしてるからっ。片付いてはないかもしれないけど……」


 なんせ涼奈を家に呼ぼうと思いついたのはついさっきだ。


 距離を縮めようと決めたら、自分でも驚くほど大胆になっている。


 事前に計画していたらもうちょっと片付けておいたんだけど、思い付きのせいで完璧な状態ではない。


 それが余計に緊張させる。


「ふーん。じゃあ問題ないよね、部屋行こうよ」


「わかったよ。でもちょっと待って、涼奈は紅茶飲める?」


「うん、飲める」


「おっけ。そしたら先にあたしの部屋ね」


 電気ケトルに水を注いでスイッチだけ入れておく。


「はい、お待たせ」


 そのまま部屋へ案内する。


「おおっ」


 部屋を見た瞬間、涼奈は声を漏らした。


 明らかにエントランスやリビングを見た時の反応とは違う。


 もっと生々しい驚きを感じているように聞こえる。


 なんだろ、あたしの部屋が変とか?


 涼奈の趣味に合ってないとか?


 ……ちょっと怖くて聞けない。


「いや、そんなにジロジロ見んなし。恥ずかしいじゃん」


「え、そうなの?」


「そこまでガン見する人いないって」


 あたしの一部を見られているみたいで、なんか照れる。


「とりあえず座んなよ。って言っても椅子とかないからベッドか床になっちゃうんだけど」


「あー……」


 涼奈は難しい顔して一瞬悩む。


 だけどそのまま床に座った。


「別にベッドでもいいけど?」


「ここでいい」


 せめてベッドを背もたれにしたら、とは思ったけど。


 涼奈はそこがいいようで、微動だにしない。


 あたしは楽になりたくてブレザーとリボンを脱いでハンガーに掛けておいた。


「もうお湯沸いたかな。ちょっと見てくる」


「うん」


 部屋を出る。


 キッチンに戻るとお湯が沸いていた。


 ティーポットに茶葉を入れお湯を注ぐ。


 蒸らして、茶越しを通してティーカップに注いだ。


「そして、あとはコレね」


 今日作っておいたクッキーだ。


 本当はお昼に涼奈に食べてもらおうと思ったんだけど、さすがにお弁当にお菓子もあげるのはやりすぎかなと思って控えたもの。


「まさか、こんな展開になるなんてね。作っておいてよかった」


 思い付きとは言え、上手く事は進んでいる。


 涼奈があたしの部屋で、あたしの入れた紅茶を飲み、あたしが作ったクッキーを食べる。


 それはとても興奮する。


 涼奈の一部があたしになるみたいで気持ちがいい。


 こうしてあたしのテリトリーに涼奈がいると、緊張感はあるけれど安心もする。


 このままずっと捕まえておきたいと思ってしまう。


 涼奈は小動物みたいだから、きっとそんな気持ちになるんだ。


 あたしはトレーに紅茶とクッキーを乗せて、部屋まで運ぶ。


「おまたせー」


 部屋に戻ると涼奈があたしを見る。


「ごめんね、全部やらせて」


 涼奈が申し訳なさそうに謝ってくれてる。


 嬉しいし、かわいい。


 そのままぎゅっと抱きしめたくなるような庇護欲を掻き立てられる。


「いいのいいの。お客さんなんだから楽にしてよ」


 でもあたしはその感情は隠して、大人っぽく振る舞っておく。


 あまり積極的になりすぎても涼奈は引くだろうから、そこは弁えないと。


「はい、どうぞ」


 あたしは屈んで、紅茶とクッキーをローテーブルの上に置く。


「あっ、ありがとっ」


「……? どういたしまして」


 心なしか、涼奈の声が慌てているように聞こえた。


 顔を見ようとしたけど、涼奈は下を見ていたので表情は読み取れない。


 まあいいや。


「それ、食べていいからね」


「うんっ」


 そう言うと涼奈は高速でクッキーを手にして口に運んだ。


 珍しくお腹でも空いていたのかな……?


 でもすぐに食べてくれるのは嬉しい。


 気になるのは味の感想だ。涼奈の舌に合うだろうか。


「……どう?美味しい?」


「うん」


 あたしはベッドに座り、涼奈の様子を眺める。


 涼奈はサクサクとクッキーを食べてはいるが、その返事はどこか上の空だ。


「ほんとに?」


「え、うん」


 ……怪しい。


「涼奈、さっきから“うん”ばっかりじゃん。ほんとは口に合わなかったとか?」


「そ、そんなことないよ」


 そう言いつつも、涼奈の声は何かを隠しているように聞こえる。


 それに涼奈はずっと下を向いている。


 顔を見せてくれないと、どんな気持ちになっているのか分からない。


「じゃあ、なんで下ばっかり見てんの?」


 そう言うと涼奈はおずおずと顔を上げた。


「ほんとに美味し……っ、あ」


 涼奈が顔を上げてやっとこっちを見たと思ったら、固まった。


 あたしの顔は見ていない、それよりもっと下で視線は止まっている。


「ん?」


 涼奈は慌てたように顔を赤らめると、またうつむいてしまう。


 何があった……?と、涼奈の視線の先を追うとあたしが足を広げ過ぎていたことに気付く。


「え……あっ。あー、あはは、ごめんごめん。家だからってちょっとだらしなかったね」


 あたしはパタッと足を閉じる。


 た、多分。見えちゃったってことだよね……?


「いや、わたしの方こそごめん」


 涼奈は下を向いたまま、コクコク頷いている。


 やっぱり涼奈はあたしの下着を見て慌てたんだ。


「いやいや、あたしこそ変なモノ見せちゃって。そりゃ困るよね」


「ううん、そんなことない」


「あ、そ、そっか……」


 いや、でも待って。


 女子同士で下着を見られたからって、そんな反応する子はいない。


 だいたいは笑って済ますか、気にもしない。


 なのに涼奈は恥ずかしそうにうつむいて、あたしと視線すら合わさない。


 それは、どういうことなんだろう。


 もしかして、友達とはまた違った意味……?


 い、いや、まさかね。あの塩対応の涼奈があたしにそこまでの感情があるとは思えないし。


 でも、気になる。


 涼奈があたしのことをどう思ってるのか、それが知りたくてウズウズする。

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