25 二人の空間
「すご」
繁華街の中でも、マンションが立ち並ぶ区域。
その一角にある高層マンションに足を踏み入れる。
まあ、
暗証番号が必要なエントランスに入れてもらうと、思わず感嘆の声を上げてしまった。
「あー……あはは。親の力って感じだよね」
その反応も慣れたものなのか、凛莉ちゃんは苦笑いを浮かべながら奥へと進んで行く。
中に入ってみればガラスのように輝いている石の床(大理石とかいうやつ?)に、大きな窓と落ち着いた木材の壁。
天井も高いし、いかにも高級マンションといった感じだ。
「こっちだよ」
凛莉ちゃんに案内されるままエレベーターへ。
そのまま上へと昇って行く。
廊下に出ると足元は間接照明で照らされていて、オシャレだ。
「やはり環境が人を育てるのか……」
「どういう意味それ」
「綺麗な人は綺麗な場所から生まれるんだなって」
「
いや、こっちは大真面目なんですけど。
凛莉ちゃんは笑いながら、扉の前で止まる。
部屋に入るにはカードキーを使用するようだ。
機械音が鳴ると、ロックが解除される。
「どうぞ」
「お邪魔します」
そのままリビングへと案内される。
窓の景色は近郊の建物ほとんどを見下ろす高さになっていて、空が近い。
白を基調とした内装はシンプルで大人っぽさを感じる。
「何にもないけど、まあ座ってよ」
リビングの中央に据えられているグレーのソファに腰掛ける。
ふかふかとしていて、クッションも柔らかい。
でも、確かに彼女の言う通りこのリビングはシンプルだ。
単純に物が少ないから、簡素というイメージに近いかもしれない。
それは派手な見た目の凛莉ちゃんとは対極な印象を受ける。
「凛莉ちゃんの部屋どこ?」
原作でリビングの絵はなかったので、こんな簡素になっていることは知らなかった。
でも凛莉ちゃんの部屋は彼女の印象通りで派手なことを、わたしは知っている。
「え、もう入る感じ?」
「ん?ダメなの?」
凛莉ちゃんの声が上擦る。
部屋には入れないつもりだったのだろうか?
このリビングは無機質すぎて何だか落ち着かないから、つい部屋に行きたくなってしまった。
「だ、ダメじゃないけど。心の準備ってやつが……」
「心の準備……?」
なんだそれ。
家に誘っておいて、部屋に入れるのに心の準備が必要なのだろうか。
「凛莉ちゃん、もしかして部屋片づけてないとか?」
部屋が汚くて入れたくないパターンか?
「ちっ、ちがうし!ちゃんと掃除はしてるからっ。片付いてはないかもしれないけど……」
「ふーん。じゃあ問題ないよね、部屋行こうよ」
「わかったよ、でもちょっと待って。涼奈は紅茶飲める?」
どうやら凛莉ちゃんはお茶の準備をしてくれているようだ。
「うん、飲める」
「おっけ。そしたら先にあたしの部屋ね」
凛莉ちゃんが水を注いでる音なんかを聞きながら、わたしは手持ち無沙汰でリビングを見回す。
何度見ても簡素な部屋。
あえて何も手をつけていない、そんな印象を受ける。
「はい、お待たせ」
そのまま凛莉ちゃんの部屋へと案内された。
「おおっ」
当たり前だけど、ゲームで見たままの部屋だった。
白黒模様のカーペットに、白のローテーブル、ピンク色の家具や雑貨に、黒いシーツのベッド。
ギャル感が溢れていた。
リビングやこのマンションの雰囲気と違い過ぎて、別の空間に飛び込んでしまったようだ。
「いや、そんなにジロジロ見んなし。恥ずかしいじゃん」
「そうなの?」
「そこまでガン見する人いないって」
そうなんだ。
これくらいは慣れたものかと思っていたけど、そんなことはないらしい。
わたしは自分の部屋に友達を呼んだことがないから、その気持ちを察することが出来ない。
「とりあえず座んなよ。って言っても椅子とかないからベッドか床になっちゃうんだけど」
「あー……」
さすがに普段、凛莉ちゃんが寝ているベッドにいきなり上がる気にはなれない。
大人しくカーペットの上に座ることにする。
入ってすぐ、ベッドの対面になる位置だった。
「別にベッドでもいいけど?」
「ここでいい」
“そっか”と言いながら凛莉ちゃんはブレザーを脱ぎ、リボンを取ってハンガーに掛ける。
部屋の中だからラフな格好になるのは当たり前のことだけど、ブラウス姿の凛莉ちゃんはさらに砕けた印象に変わる。
「もうお湯沸いたかな。ちょっと見てくる」
「うん」
そうして、わたし一人部屋に残される。
部屋の中は凛莉ちゃんの匂いに満ちている。
強く意識したことはなかったけど、普段抱き着いたりされていたからその匂いに気付いた。
ほんのりと甘い香り。
「って、変態かわたしはっ」
なんだか変なテンションになっている。
考えてみれば本当の意味で二人っきりになるのは、これが初めてだ。
今まで二人になることがあっても、それは外だったり、カフェだったり、学校の中だった。
いつもどこかに他人の空気があったけれど、今この空間に限ってそれはない。
凛莉ちゃんが物音を立てれば、その音しか聞こえないような完全に二人だけの空間。
それはどこか、わたしの気持ちをいつもより浮ついたものにさせていた。
「おまたせー」
数分して凛莉ちゃんが戻ってくる。
その両手にはトレーがあり、ティーセットを運んできてくれた。
部屋の中に紅茶の香りが立ち込める。
いい香りだけれど、凛莉ちゃんの匂いが薄らいでしまうなとも思った。
「ごめんね、全部やらせて」
「いいのいいの。お客さんなんだから楽にしてよ」
そう言って、凛莉ちゃんがローテーブルの上にトレーを置く。
……その時だった。
「はい、どうぞ」
いつも凛莉ちゃんはブラウスを第2ボタンまで開けている。
だから屈む姿勢になった彼女の胸元は隙が多い。
黒い下着と、それに包まれている白い胸が少しだけ垣間見えた。
「あっ、ありがとっ」
「……? どういたしまして」
わたしは何だかいけないものを見てしまったような気がして、咄嗟に視線を反らした。
それがおかしい動作と思われないように、ごまかすように返事をしたけれど、自分にウソすらつけないわたしは声が上擦る。
おかしい。
女の子の下着を見ただけで、どうしてこんな反応をしてしまうのか。
この空間に緊張してしまっているのかもしれない。
テーブルの上には紅茶とクッキーが置かれていた。
「それ、食べていいからね」
「うんっ」
喋るとわたしが変なテンションになっているのがバレるかもしれないから、クッキーを手にして口に運んだ。
サクサクと小気味いい音が鳴る。
「……どう?美味しい?」
「うん」
ミシッ、とベッドの軋む音。
きっと凛莉ちゃんがベッドの上に座ったのだろう。
わたしは俯いたままなので、音だけで状況を判断する。
「ほんとに?」
「え、うん」
正直、味はよく分からない。
このクッキーが微妙と言っているのではなくて、わたしが味を理解できる状態じゃない。
「涼奈、さっきから“うん”ばっかりじゃん。ほんとは口に合わなかったとか?」
「そ、そんなことないよ」
「じゃあ、なんで下ばっかり見てんの?」
それは、凛莉ちゃんにわたしがおかしくなっていることを気付かせないためで。
でも、このままだと逆に疑われてしまうわけで。
だから、わたしはなるべく平静を装って顔を上げる。
大丈夫、いつも通り平坦な声を出せばいい。
「ほんとに美味し……あ」
「ん?」
凛莉ちゃんのスカートはいつも短い。
ベッドに座っている彼女は大して気にしている様子もなく、足を広げている。
当たり前だ。
だってここは凛莉ちゃんの部屋でいるのはわたしだけ。
でも、そのせいでスカートから黒い下着が見えている。
太ももの付け根から内側、普段見えるはずのない場所まで。
わたしはまた視線をどうしていいか分からず、再びうつむくことしか出来なかった。
「え……あっ。あー、あはは、ごめんごめん。家だからってちょっとだらしなかったね」
わたしの視線とその後の動きで察したのだろう。
凛莉ちゃんの足元がパッと閉じられて、愛想笑いが聞こえてくる。
でも、きっとおかしいのはわたしの方だというのは分かっている。
普通の子なら、こんな反応はしないだろう。
「いや、わたしの方こそごめん」
「いやいや、あたしこそ変なモノ見せちゃって。そりゃ困るよね」
「ううん、そんなことない」
「あ、そ、そっか……」
わたしのせいで、部屋の空気はおかしなことになっていた。
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