06 ちょっとした違和感
「それだけでお腹いっぱいになるの?」
右手は日奈星さんに掴まれていて自由がない。
「うん、これだけあれば十分」
「マジか。
ちなみに日奈星さんの空いている手には透明なポリ袋が下がっている。
その中身はハンバーグ弁当にサラダ、メロンパン、スナック菓子、チョコレート、あと紅茶のペットボトルが入っていた。
サンドイッチだけのわたしは剝き出しだが、色々買っている日奈星さんは袋の中にそれらが収められていた。
……日奈星さん、意外にけっこう食べるんだな。
原作をプレイしている時には、食べる量についての細かい描写はなかった。
デートでの食事も量についての言及はなかったし……。
それとも進藤くんの前では猫被ってたのかな?
恋する乙女が好きな人の前でバクバクは食べるというのはきっと気が引ける。
そういう裏側が見えると、なんだか可愛くも思えて来る。
「あ、そだ。雨月さんお昼一緒に食べようよ」
日奈星さんはそれが当たり前かのような気軽さで誘ってきた。
……それは、悪くない提案のように思える。
自分から進んでぼっち飯を選ぶほど、わたしは鋼のメンタルじゃない。
ただ、どうしても人を遠ざけようとするきらいがあるだけで……。
誰かといたい気持ちが決してないわけではない。
それに日奈星さんとはちょっと慣れてきたし、いいかな……。
“いいよ”
だけどそう言いかけて、喉がきゅっと締まった。
「……やめとく」
「またフラれたっ」
だって、そうしたら必然的に日奈星さんのリア充メンバーとご一緒することになる。
きらめく女子高生の輪に、冴えないメガネ女子が混入……完全に異物だ。
お互いに幸せになれるとは思えない。
「だって場違いだし」
「えー?そんなことないよ。雨月さん面白いし、皆ノリいいから受け入れてくれるって」
……いや、わたしはそういうノリとかテンションのような非言語的コミュニケーションが一番苦手なのだ。
うん、考えれば考えるほど浮く気しかしない。
断ろう。
「やだ」
「意思かたっ」
日奈星さんは握った腕をぶんぶん振ってくる。
「いいじゃん、皆で食べた方がおいしいじゃん」
日奈星さんが引いてくれない。
どうしよ、どう言ったら納得してくれるんだろう。
わたしは別の理由を捻り上げる。
「……放課後」
「放課後?」
日奈星さんはわけも分からず聞き返す。
「放課後に何か食べに行こう。日奈星さんのお礼、昨日断っちゃったし」
「おおっ」
日奈星さんがまじまじと見つめてくる。
その目は綺麗なアーモンド形で、ただでさえ大きい瞳が丸く瞬いていた。
「い、嫌なら全然いいから。別にお礼して欲しいわけじゃないし……」
「ううん!そうしよそうしよ!」
「だ、だからお昼は別々ね……」
「わかった。それは残念だけど、放課後を楽しみに待ってるねっ」
……うーん。
わたしのお願いごとを聞いてもらう為に、日奈星さんのお願いごとを聞いたわけだけど……。
これで良かったのだろうか。心配だ。
◇◇◇
「うっ……うえっ……」
教室に戻ると
だらしない声も漏れていて、何だか調子が悪そうだ。
「……どうかしたの?」
これからご飯を食べようとしている時に目の前で変な声を出されるのは気になる。
出来るなら普通にしていて欲しい。
「あ、ああ……
「……味付け間違えたかな、とは思う」
「野菜炒めの歯ごたえが異常に硬かったら?」
「火が通ってないんだと思う」
「米がガリガリ鳴ってたら?」
「ちゃんと炊けてないんだと思う」
「……そういうことだ」
そういえば、ここなちゃん料理音痴設定だったな。
だから進藤くんは頑なに雨月涼奈のお弁当にこだわるんだった。
忘れてた。
「でもちゃんと食べてあげたんだ。お兄ちゃんしてるね」
「……全部食べるまで離れないって監視されてたからな。死に物狂いで食ってこのザマよ」
「……お兄ちゃん思いな妹じゃん」
「冷静に考えろよ。妹が教室に弁当を持ってきて離れないんだぞ、シスコンみたいじゃねえか。周りの視線が痛くて耐えらんねえよ」
まあ、言わんとすることは分かるけど。
それでも妹がそんなに尽くしてくれるなんて普通有り得ない。
有難迷惑なのかもしれないけれど、その愛をもう少し感じてもいいような気もする。
「……だから頼む涼奈。明日から弁当作って来てくれ、じゃないと俺の生死に関わる」
「ムリだって。見てよ、わたしサンドイッチなんだから」
「じゃあ明日から俺はどうすれば……!?」
「ここなちゃんのお弁当食べてあげな」
「涼奈は俺が死んでもいいって言うのか……!?」
大袈裟だなぁ……。
それにここなちゃんの料理はちゃんと上達する。
彼女のルートに入れば、めきめきと腕前が上がり進藤くん好みの味を作れるようになるのだ。
その辺りは家族のアドバンテージがある分とても有利だ。
それを知っているわたしは心配をしていない。
「それより変な声もう出さないでね」
「心配終わり!?涼奈、他に言う事は!?」
「……その呼び捨てやめてほしいかも」
そういうことじゃない!と進藤くんは叫んでいた。
「他に呼び方あるか!?」
「雨月さん」
「俺達、幼馴染だよねっ!?」
「親しき中にも礼儀あり」
「距離感遠すぎね!?もうそれ親しくないよね!?」
「うん」
「肯定するんだっ!!」
まあ、わたしの好感度はこれくらい下げとけば大丈夫だろう。
後はここなちゃんに頑張ってもらおう。
「それだけ大声出す元気あれば大丈夫だよ。わたしサンドイッチ食べるから静かにしててね」
「いや、これはツッコミというモノでだな。しかも大声出させておきながら、今度は静かにすることを要求するなんてなかなか高度な……」
わたしは黙ってサンドイッチの封を開ける。
中身は卵サンドを選んだ。
ぺりぺりと、シールを剥がしてそのまま引き下ろす。
プラスチックの透明な袋を開いて、一つ摘まんで口に運ぶ。
パンはふわふわしていた。
「……珍しいな」
進藤くんは、食べているわたしを見て不思議そうに口を開いた。
「わたし、静かにしてって言ったんだけど」
「一言も許されないの!?」
「うん。前向いてて」
「視線すら拒否!?」
一緒に食べてるならいいけど、一方的に見られながらご飯を食べるなんて落ち着かない。
「気になるの、ほら前向いて」
「わかった、向くよ、向くけどさ。いつの間に卵を食べるようになったんだ?」
「……え?」
それはちょっと違和感のある質問だった。
「いや、涼奈ってサンドイッチはいつもハムとレタスのやつか、ポテトサラダだっただろ。“卵も美味しいけど、こっちの方が好き”って」
「……そう、だったっけ」
それもゲームを通しても知らない情報だった。
雨月涼奈に成り代わって共有している部分はあっても、好みは別ということか……。
まあ、それくらいの違いは当たり前だとも思えるけど。
それに気付く人なんて、どうせほとんどいない。
それこそ幼馴染の進藤くんくらいだろう。
「なんか態度も変わって、食べる物も変わると別人みたいだな」
「え……」
その言葉に、ドキリと心臓が跳ねた。
たったこれだけのことで見抜かれてしまうのかと、ちょっと怖かった。
「……これしかなかったの」
なるほどね、と進藤くんは納得したように前を向いた。
何ということはない。
わたしは本当の雨月涼奈ではないのだから。
多少は違って当たり前。
これくらいのは誤差なら、問題はないはずだ。
わたしはもぐもぐと咀嚼して、どこか焦る気持ちと一緒にサンドイッチを飲み込んだ。
卵はちゃんと甘かった。
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