05 購買でこんなに疲れるって聞いてない


 わたしは日奈星ひなせさんに手を握られ、廊下に連れ出された。


「それじゃ、購買に買いに行こっか?」


 ニコッと笑いかけて誘ってくれている。


 ……なぜか手はしっかりと握られていて、選択の余地がある感じはしないけれど。


「な、なんでわたしと……?」


「だって、雨月あまつきさんもお昼ご飯用意してないんでしょ?」


 それはそうだけど。


 だからと言って、わたしと一緒に行く理由にはならない。


「友達と行ったらいいのに」


「いや、友達じゃん」


 日奈星さんがわたしの方を指差す。


「……?」


 何のことを言ってるのか分からず、振り返ってみる。


 誰もいなかった。


「え、なにその反応ひどくない?」


 日奈星さんはひどく悲しそうな表情を浮かべていた。


「……わたしが日奈星さんの友達ってこと?」


「それ以外ある?」


 いつの間にかこのわたしが日奈星凛莉ひなせりりとお友達に?


 ……。


 ないない、むりむり。


 陰キャは端っこの日陰で生息しているから許される。


 クラスの中心、太陽をさんさんと浴びている陽キャと肩を並べるとか。


 場違い過ぎて笑われる。


 いや、それだけならまだいい。


 絶対他の女子たちから嫌われる。


 日奈星凛莉にゴマすり出した調子乗り陰キャとして目の敵にされるに決まっている。

 

「……クラスメイトだよね」


「距離感遠くねっ」


 日奈星さんは口を開けて驚いていた。


「……友達と呼ぶにはまだ日が浅い気がする」


 実際、雨月涼奈あまつきすずなに友達らしい友達はいない。


 ただ目立たなくて害になることはないから、嫌われることはない。


 かと言って特定の仲の良い人がいるわけでもない。


 そんな子だった。


「あー。そなの?別にそんな深く考えるような事じゃないと思うけどな」


「でも、まだ日奈星さんとは話したばっかりだし……」


「テンション合えば良くない?」


 ……いや、それが一番合ってないと思うんだけど。


「ま、いいや。じゃあこれからたくさんお話しして仲良しになればいいんだよね。おっけ、じゃ行こ」


「あっ、ちょっと……」


 あははー、と笑いながら日奈星さんは歩き出す。


 手を掴まれているのでわたしもその後をついて行かないといけなくて……。


「い、嫌にならないの……?」


 我ながら日奈星さんに対するわたしの反応はひどいと思う。


 “好き”と言ってくれたのに、“普通”と返してみたり。


 “友達”と言ってくれたのに、“クラスメイト”と返してみたり。


 ……どう考えても、嫌われるのが自然な気がするんだけど。


「別に?むしろ好きでもないのにそれっぽい態度で付き合われる方が疲れるし」


 そういうものなのだろうか。


「それに雨月さん、なんだかんだ言ってあたしのこと気になってるでしょ?」


「……な、なにを根拠に」


「じゃなきゃ、怖いスーツの男の人から助けてくれるわけないじゃん」


 ……結局それに行き着いてしまうのか。


 転生したばかりの浅はかな自分の行動を呪った。


        ◇◇◇


 購買は思っていたより賑わっていた。


「あー。やっぱり昼休みになると人多いねえ」


「そうだね」


 ……というか多すぎだ。


 決して広いとは言えないスペースに生徒が密集している。


 ゴチャゴチャしていて人酔いしてしまいそうだ。


「でも買わないとお腹空いちゃうしねぇ。並ぼっか?」


「う、うん……」


 全く気は進まないが手は握られたままだ。


 大人しく言う事を聞くしかない。


 最後尾に並ぶ。


 ……少し経つと、ある違和感に気付く。


「なんか、ジロジロ見られてない?」


 密集しているせいで気付きにくいが、生徒の視線が明らかに集まっている。


 男女共にだが、特に男子からの視線が熱い。


 ……まあ、原因はすぐに分ったんだけど。


「ごめん。前に言ったかもだけど、あたしって何か目につくらしいんだよね。声とか喋り方がうるさいってよく言われるから、多分そのせい」


 ……おいおい。


 主人公だけに飽き足らず、このヒロインも無自覚系ですか。


 分かってはいたけど、実際に目の前にするとワザとかって言いたくなるよね。


「そうじゃなくて、日奈星さんが美人だからだと思うけど」


「……え?」


「え、じゃなくて。たくさん告白されてるの知ってるんだよ?モテてるんでしょ?それなのに声とか喋り方のせいって……ないない」


「へへ……」


 あれ、なぜか日奈星さんが嬉しそうなんですけど……。


「なに笑ってるの……?」


「いや、雨月さんあたしのこと美人だと思ってくれてるんだって」   


「……あ」


 し、しまった……。


 わたしのバカっ。


 事実とは言え、日奈星さんが喜ぶことを言ってしまってどうする。


 これ以上変に親密度上げたくないのに……!


「きゃっ、客観的事実っ……」


「雨月さんにそう思われてるのが嬉しいんですけど。ていうか、やっぱりそれなら友達でよくない?」


「よくないっ」


「ええ……」


 ダメだ、ダメだ。


 変なフラグを立てるのは良くない。


 褒めるようなことを言うのは控えよう。







「……やっと買えた」


 わたしは戦利品であるサンドイッチを片手に、また日奈星さんに手を掴まれて廊下を歩く。


「思ったより待ったね」


 時間もそうだけど、それより精神的ダメージが大きい。


 ……途中で気付いたことだが、視線は日奈星凛莉だけではなく、わたしにも集まっていた。


 隣にいる冴えない女は誰?みたいな懐疑的な視線だと思う。


 そのせいで余計にあの空間に疲労してしまった。


「お弁当持ってこない子は毎日こんな事してるんだ。あたしにはちょっとムリだな」


 日奈星さんは半ば感心しながら、あの惨状を想起していた。


 確かにわたしも無理だ。


 人混みもそうだが、こんな奇異な視線が集まるのも同じくらい無理だ。


 その原因は日奈星さんがお弁当を忘れたことにある。


 日奈星さんがもっとしっかりしていればこんなことにはならなかった。


 自分のことは綺麗に棚に上げる。


「……日奈星さんがお弁当忘れるって珍しいよね」


「え、そう?」


「うん、だって自分で作ってるんでしょ?料理に関しては結構マメみたいだし」


「……えっ」


 あれ、日奈星さんが目を丸くしている。


 おかしいな。的外れなことは言ってないはずだけど。


 今度は褒めるようなことも言ってないし。


「なんか変なこと言った?」


「いや、あたしが料理するとかお弁当自分で作ってるとか話したことないのに。よく知ってるなと思って」


「……あ」


 ああああ……わたしのバカぁ……。


 予備知識、プレイ済みの予備知識がああぁぁ……。


 本来は知らないはずの情報も、クリア済みだから知ってるんだもん。


「なになに?あたしのこと普通とか言ってたけど、やっぱり雨月さん興味あるじゃんっ」


「ない、ないっ」


「じゃあ、どうしてそんなあたしの“友達”しか知らないようなことを、“クラスメイト”の雨月さんが知ってるのかな~?」


 日奈星さんが満面の笑みを浮かべて、わたしの表情を読み取ろうとしてくる。


 ち、近い……近いよ……!


「それくらいクラスメイトでも知ってる。風の噂で流れてくるっ」


「ええ……?あたしは雨月さんがお弁当作ってる噂なんて回ってこないけど?」


 だからあなたとわたしを同列に扱うな。


 雨月涼奈の情報なんて誰も興味ないんだから回るわけがない。


 もういい、話を無理矢理もどそう。


 ここを掘られてもボロしか出ない気がしてきた。


「それで、何で日奈星さんはお弁当忘れたのさ。先に聞いたんだから答えてよ」


「朝も言ったけど、雨月さんと一緒に登校しようと思ってね。早起きして待ってたら、お弁当作る時間なかったわけ」


 ああ、なんだ。


 結局全部わたしのせいか、こんちくしょう。

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