04 フラグ管理は丁寧に


「あの日奈星ひなせさん……そろそろ学校着くし、放してもらっていい?」


 わたしと腕を組んで一向に離そうとしない少女、日奈星凛莉ひなせりりに解放してくれと懇願する。


「なんで?嫌だった?」


 きょ、距離感……。


 むしろ、どうしてこんな急接近を許してくれると思うんだろう……。


 これが陽キャと陰キャの違いか。


「いや、学校の人に見られたら困るでしょ?」


「……なんで?あたしは困らないけど」


 何食わぬ顔で首を傾げる日奈星さん。


 本当に分け隔てない人なのか……。


 でも時にその博愛が陰キャにはツライ時だってある。


「いやいや……あの日奈星凛莉が、こんな端っこがお似合いの根暗と一緒にいるなんてイメージダウンだよ。やめといた方がいいよ」


「いや、“あの”とか言われるほど大した人じゃないし」


 ……本気で言っているんだろうか。


 日奈星凛莉は学園中の男子から告白を次々に受けるモテモテな女の子のなはずだ。


 それを全て断わり、唯一好きになる男の子が進藤湊しんどうみなとになるわけなんだけど……。


 とにかく、そんな素晴らしい子がどうして冴えない女子代表の雨月涼奈あまつきすずなとくっついているんだろうか。


「あの、日奈星さん。聞いてもいい?」


「もちろんいいよ?」


「何でわたしとそんなに話そうとするの?」


「雨月さんに興味あるから」


 ストレートな表現……。


 屈折しているわたしには到底口にすることのできない素直な言葉。


 な、なんだか気恥ずかしい。


「な、なんでわたしにそんな興味があるの?」


「だって助けてもらった恩人じゃん?そりゃ興味沸くよ」


 ……聞き覚えがある。


 これは進藤湊に送るはずだったセリフだ。


 やはり、わたしがあの場面を救ってしまったことは問題だったようだ……。


 ど、どうしよ。


 ここに主人公に興味がないヒロインが二人も爆誕してしまった。


「だから、仲良くなろうね」


 ぎゅーっと体を寄せてくる。


 ……なんでこんなにくっついてくるんだろう。


 これくらいのスキンシップは当たり前なのだろうか。


 人付き合いが悪いわたしには分からない。


 聞いてみればいいのか。


「日奈星さんは、わたしのことどう思ってるの?」


 あ、我ながらこの質問メンヘラっぽいな……。

 

 わたしもわたしで距離感おかしい気がする。


「ん?好きだよ?」


 でも日奈星さんもやっぱり、おかしい。


 ストレートに言い過ぎだ。


 ……ていうか、そういう発言は進藤くんに送って欲しいのだが。


 何が悲しくてヒロインの一人が、幼馴染ヒロインに“好き”の言葉を送っているのだろう。


「そういう雨月さんは、あたしのことどう思う?」


 逆に問われた。


 ……ど、どうって。


 まだ好きも嫌いもない。


「……ふ、普通」


「え?」


 日奈星さんが驚いて、腕の力が緩む。


 わたしはその隙をついて、逃げ出した。



        ◇◇◇



 わたしは教室の席について一人頭を抱えていた。


(ちなみに席は窓際の一番後ろ、これは良い)


 ……どうすればいいんだろうか。


 進藤くんと日奈星さんの親密度は全く上がっていない。


 わたし一人くらいならまだしも、他のヒロインもそれでは問題じゃないだろうか。


「……こればっかりは時間が進まないと分からないな」


 幸いヒロインは他にもいる。


 その子たちと進藤くん繋がってくれれば、問題ないのかもしれない。


 とにかく、これ以上はこの物語の方向性をこじらせないように大人しくしていよう。


 わたしは平穏な学園生活を望んでいる。


 主人公とのラブコメも、カースト上位の女の子と絡むような派手な青春も望んでいない。


 もう絡まないようにしよう。


「なあ、涼奈。朝のアレは何だったんだ?」


 ……と、思っている矢先に教室に現れた進藤くんに声を掛けられる。


 それもそのはずで、進藤くんの席はわたしの前にあたる。


 こんな所もしっかり幼馴染ポジションなのだから、困ってしまう。


「あれって?」


「あの学園のマドンナ日奈星凛莉と一緒に登校するなんて。いつの間にそんな仲になったんだ?」


「……昨日、ちょっと機会があってね」


「違和感ありすぎてビックリしたぞ」


 そんなの言われなくても分かってる。


「もしかしてお前、これからギャルになったりしないよな?」


「……ないし。タイミングおかしいでしょ」


 高校デビューならまだしも、二年生で人間関係が構築されている現状でキャラ変とか頭おかしい。


「よかった。安心したぞ」


「……それで進藤くんに安心される意味もわかんないけど」


「俺の涼奈であって欲しいからな」


 さすが主人公。俺様発言だ。


「……別に、わたしはわたしだよ」


 本来の雨月涼奈ではないけれど、わたしも地味で目立たない子だ。


 日奈星さんとの絡みは今後ないようにするし。


 これからは平穏な生活が送れるだろう。







 授業が終わり、昼休みを迎える。


 前に座っている進藤くんが大きく伸びをする。


「ふぁあー。終わったぁ……」


 そしてくるりとこちらを向いて来る。


「涼奈、飯は?」


「……」


 そうだった。


 この幼馴染は甲斐甲斐しくも、毎日欠かさず進藤くんにご飯を提供してあげる子だったのだ。


「ないよ」


「……マジかよ」


 というか、それで言うと自分の分の準備すら忘れてしまった。


「わたし、料理とかできないから。これからは自分で準備してね」


「えっ!あんなに料理上手な涼奈がどうして!?」


「……スランプ」


「料理にあんの!?」


 知らないよ。


 でも記憶は共有しているのだから、やれば出来るのかもしれない。


 だが、わたしには料理なんてことをする気が一切ない。


 いくら技術があってもやる気がないのであれば意味は成さない。


「……ど、どうすればいいんだ飢え死にするぞ」


 だが、それを良しとしない進藤くんがわたしを恨めしそうな目で見てきた。


 ……大袈裟だなぁ。


 ――ガラガラ


 と、教室の扉が開く音がする。


「お兄ちゃん!お弁当、持ってきたよ!」


 そこに、進藤くんにとっての救世主が現れた。


 ピンク色の髪のツインテール、小柄な体躯が可愛らしい女の子。


 見るからに校則破りの日奈星さんとは異なり、ギリギリのラインを攻めたスカートの丈が妙に親近感が湧く。


「こ、ここな……!?何しに来たんだ!?」


 お弁当袋を引き下げて現れた少女の名前は進藤しんどうここな。


 名前でお分かりかと思うが、進藤湊の妹だ。


 春から入学した新一年生、一つ後輩にあたる。


 ヒロイン枠の一人でもある。


「だからお弁当!お兄ちゃんここなが用意してるのに先に学校行っちゃうんだもん!」


「ええっ!?どうしてそんなことを!?」


「だってお兄ちゃんいつも雨月涼奈のお弁当食べてるんでしょ?!どうせ今日もそれを食べようとして……って、ない!?」


 もう伝わったかと思うが、進藤ここなは完全にブラコンである。


 ゆえに昔から進藤湊と親しい雨月涼奈に対抗心を燃やしている。


 晴れて同じ学園に入学したことをきっかけに、こうして主導権を握ろうとしてくるわけだけど……。


「よかったね進藤くん。これでお昼ご飯にありつけるね」


 合いの手を入れると、ここなちゃんがわたしの方を向いた。


「雨月涼奈、あんたお兄ちゃんにお弁当用意しなかったの!?」


 一応、わたしは先輩だが呼び捨てにされているのは、進藤湊を巡るライバルとして見られているからだろう。


 わたしは上下関係とかどうでもいいタイプなのでスルーしておく。


「うん、わたし料理もうしないから」


「それって、ここなにお兄ちゃんを譲るってこと?」


 ……爆弾発言。


 いや、ゲームでもテンションは高い子ではあったけど。


 堂々と言うあたりがすごい。


 ちなみにこのくだりは本来であれば普段は大人しい雨月涼奈が、珍しく譲らないシーンに繋がる。


 進藤湊に対する一途な思いが垣間見える瞬間でもあるのだが……。


「譲る譲る、末永く仲良くしてね」


「なっ……!?雨月涼奈が認めてくれた!?」


 ここなちゃんに抵抗の意がないことを示す。


「おおい!ここな、“譲る”とか俺を物みたいに扱うな!!」


「ちがっ……そういう意味じゃないのに……!!」


 そしてすれ違う二人。


 無自覚系主人公なのでその意図は頭がおかしいくらいに伝わらない。


 わたしは邪魔しないから頑張って、ここなちゃん。


「あっ、雨月さん。ご飯ない感じ?」


 そんな所に、なぜか日奈星さんも現れる。


 いつもカースト上位集団でご飯食べてるのに、なぜ……。


「ない、けど……」


「あたしも今日持ってくるの忘れちゃったんだよね。一緒に買いに行かない?」


 と、既に腕を握られている。


 “行くよ”と、無言のプレッシャー。というか実力行使。


 朝、逃げられた相手だというのに何という鋼のメンタル。


 クラスの中で日奈星凛莉の誘いを断るわけにもいかず、わたしはズルズルと連れて行かれた。


「……あ、雨月涼奈がギャルに毒されてる」


 そして後ろから、ここなちゃんのあらぬ誤解が聞こえた。


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