03 ヒロインは遠ざかる


  “俺のとなりの彼女はとにかく甘い”


 さして有名ではなく売れたわけでもない恋愛ゲーム。


 これに手を出したきっかけは、ほとんど偶然に近かった。


 わたしが転生する前、“雪月真白ゆきつきましろ”という人間だった頃に遡る。


『あ、この人、ゲームのイラストレーター出身だったんだ』


 その時のわたしは面白い漫画を見つけて、その作者について調べていた。


 好みの漫画家さんの手掛けた作品は、一通り目を通すようにしていたのだ。


 今にして思えば、誰に頼まれたわけでもない、こんなマイルールを律儀に守ったのがいけなかったのかもしれない。


『……なんでこの主人公はこんなに自分本位なの?そしてそれを好きになるこのヒロインたちも何なの?』


 わたしは漫画や小説を読むのは好きだけれど、こういったジャンルのゲームに手を出したのは初めてだった。


 いわゆるハーレムもので、ヒロインの女の子は無条件に主人公である進藤湊しんどうみなとに恋していた。


 女の子たちにクセはあれど、基本的にいい子たちで可愛い。


 それなのに、全員が同じ男の子を好きになるという都合のいい話……。


 これが男の夢、というやつなのだろうか?


 画面上で巻き起こる不可思議な現象は、そう捉えることでしか腑に落ちなかった。


 それでも、イラストCGを全てこの目で見届けねばと全シナリオをクリアしたんだけど……。



        ◇◇◇



「それがまさか、そのヒロインの一人になってしまうとは……」


 転生してから翌日の朝。


 わたしは朝日に目を細めながら通学路を一人歩く。


 四月の風は冷たい。


 どうしてわたしはこんな微妙な立ち位置のヒロインになり、実際の日本と酷似した世界に改めて過ごさなければいけないのだろう。


 変わり映えがなさすぎる。


 どうせ転生するなら、公爵令嬢にでもなりたかった。


 もっとこう……中世の街並みとか、魔法とか、そういったファンタジーを満喫してみたかった。


「よっ、涼奈すずな!今日も迎えに来てくれたのか!」


「えっ……」


 なんてふつふつと沸き起こる陰鬱な気持ちを溜め込んでいくと、進藤くんが現れた。


 そうか……。


 無意識に通学路を通っていたけど、この道は進藤くんの家の前を通ってしまうらしい。


 自然と馴染んでいるルーティーンに従ったのがいけなかった。

 

 これがヒロインの因果というやつだろうか。


「おいおい、何だ朝から浮かない顔して。ほらシャキッとしろよ――」


 すると、進藤くんが手を伸ばしてくる。


 これは幼馴染である雨月涼奈あまつきすずなを元気づかせるために行う、頭を撫でるという行為だが……。


「やっ、やめてっ」


 わたしは反射的に声を荒げて、飛び退る。


「えっ、ちょっ……どうした涼奈。いつもなら喜んで頭頂部を差し出すのに」


 どんなセリフだよ。


 とは声に出さないけど、そんな謎行為を許す気はない。


「わたし、そういうの大丈夫だから……」


「なにっ……どうしたんだ涼奈?昨日から様子がおかしいぞ、俺はお前を元気づけようとしてだな」


「進藤くんに撫でられても元気でない」


「んがっ……!?」


 口をあんぐりと開ける進藤くん。


 コミカルな表情だけど、それなりに傷ついてるかもしれない。


「あ、それと進藤くん」


「いや、涼奈。ていうか昨日からどうして“進藤くん”なんだ!?お前はいつも“湊くん”だったろ!?距離感を感じて仕方ないんだが!?」


 そりゃ距離あるよ。


 それは“雨月涼奈”の距離感であって、わたしの距離感じゃない。


 申し訳ないけど、これ以上縮めるつもりもない。


「とにかく進藤くんを迎えに来たわけじゃないから。わたしこのまま学校に行くね」


「おい待てって……!」


 尚も追いすがろうと手を伸ばしてくる進藤くん――


「おっはよー!雨月さん!」


 ――その間を隔てるように、底なしに明るい声が響いた。


 朝日に負けないくらいキラキラと輝いている少女、日奈星凛莉ひなせりりだった。


「え、えと……」


 ここに乱入してくる日奈星さんの意味が分からず、困惑する。


「今日はあたしと一緒に学校行くんだもんね?」


 ニコニコと明るい笑顔を振りまきながら、日奈星さんはわたしに近寄ってくる。


 だけど、そんな約束をした覚えはない。


「そんな約束してな……」


「心で通じ合ってるってやつだよね!」


 日奈星さんは意味不明な発言をしながら、わたしの腕を絡めとる。


 にこやかな態度とは裏腹に、その腕力は有無を言わさないモノを感じさせた。


「ちょっ、涼奈……?どうしてお前が、日奈星さんと……?」


 その様子を見て、目を白黒させているのは進藤くんも同じだった。


 こんな凸凹コンビが一緒になるなんて想像もしてなかっただろう。


「あ、この子はあたしに用があるから。ごめんねー?」


 日奈星さんは、優雅な動きで手をひらひらと振る。


「さっ、雨月さん。早く行かないと遅れちゃうよ」


「え、ええ……?」


 結局、状況が理解できないまま日奈星さんに引きずられるように歩き出した。







「あははっ、まさか本当に会えるとは思ってなかったな」


 日奈星さんは陽気にそんなことを口走る。


 情報が足りなくて、何を言っているのかよく分からない。


「会えるって……?」


「いや昨日、雨月さんこっち側に走って帰ってったじゃん?だからここら辺で待ってたら会えるかなぁと思ってたら大当たり!」


「わたしを待ってたの……?」


「うん、そうだよ」


 当たり前じゃん?


 みたいなテンションで返してくれてるけどさ……。


「なんで……?」


 シンプルに理由が分からない。


「だって昨日助けてもらったし」


「理由になってない気がするんだけど……」


「まあまあ、いいじゃん。こうしてあたしも雨月さんの助けになれたわけだし」


「わたしの助けに……?」


 それはさっきの進藤くんとのことを言っているのだろうか?


「違った?雨月さん見るからに嫌そうな顔してたから、ここはあたしの出番と思って張り切っちゃったんだけど」


 あ、なるほど……。


 進藤くんとのやり取りを嫌がっているわたしを見て、助けてくれたのか。


 昨日と立場は逆転したということだ。


「いや、うん……困ってはいたけど」


「でしょ?わかる、わかるよー。興味ない男にダル絡みされるのって萎えるよね」


 いや、そこまであなたと同じベクトルの出来事だとは思われたくないんだけど……。


 ていうか、興味ない男って。


「でも日奈星さん、進藤くん好みでしょ?」


「……しんどうくん?」


 誰それ?みたいに目をぱちくりさせて首を傾げる日奈星さん。


「……さっきの男の子」


「いや、ごめん。覚えてない。あ、もしかしてクラスメイト?」


 まあ……それはそうなんだけど。


 まさかの眼中になかったらしい。


 いや、わたしは人格入れ替わってるからともかく。


 あなたは進藤湊を好きになるはずのヒロインなんですが。


 ……頭が痛い。


 これってわたしのせい……だよね。


 どうしよ。ちゃんと進藤くんを好きになってくれるのかな……。


 わたしはヒロイン候補には入りたくないので拒否を続ける覚悟だが、それを他のヒロインにもされては困ってしまう。


 全員ルートから外れてしまうなんてことは、あんまり想像したくない。


「……進藤くん。オススメの男の子だから、仲良くなって欲しいなって」


「いや、雨月さん思いっきり拒否ってたよね?」


 ああ……。


 確かにそうなっちゃうな。


「拒否ってない」


「でも、逃げるんだ?」


 ぐっ……。日奈星さんがわたしの態度を見たばかりに信じてくれない。


 ならば、本当のことを言ってあげよう。


「……生まれ変わる前のわたしは、仲良くしてたんだよ」


 それを聞いて、何が面白いのか日奈星さんはケラケラと笑い出す。


「そんな面白いこと言った?」


「いや、雨月さんそんな冗談言うんだと思って。落ち着いてそうなのに、けっこー攻めるね」


「冗談じゃない、本気」


「うんうん、そうだね。わかった今度しんどうくん見てみるよ。タイプかもしれないもんね」


 これ、全然信じてないやつだな……。


 全く、主人公に鈍感なヒロインとはどういうことか。


 もっとヒロインとしての自覚を持って欲しい。


 ブーメラン発言なのは気にしない。


「あ、あのさ……」


 それとは別に、もう一つ。


 わたしは日奈星さんに言いたいことがあった。


「なに?」


「腕、いつ外してくれるの?」


 そう、日奈星さんはずっと腕を組んだまま歩いていた。


 肌寒いこの季節に、人のぬくもりは暖かいけれど……。


 さすがに学校が近づいている今、雨月涼奈と日奈星凛莉が腕を組んで登校というのは意味が分からなさすぎる。


 早急に放して欲しい。


「なんで?いいじゃん、あたし雨月さんと話したいことあるし」


 話したい事と腕を組むことはイコールではないと思うんだけど……。


 それを聞き入れてくれなさそうなのは、日奈星さんの目を見ると何となく伝わってしまった。

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