第3話 お茶菓子

平凡な4LDKの民子の新居に、こじゃれた応接セットはなかった。

キッチンから丸見えのリビングには、ローテーブルと、二人掛けのカウチが申し訳程度に置いてあるだけであった。


調度品にこだわらない、中流ファミリー層のリビングに、来客を想定して本革のソファが置いてあること事態、不自然であるのだ。本来は。


苦労して購入した家族の住まいに、何故、他人を寛がせる準備を施さねばならないのか?




それは・・・ひとえに見栄と自尊心を充たすに他ならない。ではないか。



だが・・・美貴の洋風の住まいは、ロココ調で甘く飾られていたし・・・

雅子が両親と同居する純和風の豪農風住宅は、ともすると、犬神一族を彷彿とさせた。あ・・・・これは言い過ぎか。


また・・・・樹里亜の高層マンションは、甘~いアメリカンカントリー風。

などではなく、二人の小学生がいるとも思えない、都会的でモデルルームのようなインテリアだったと民子は記憶している。




「あら、美貴さん、これあの仏メーカーの”マリーアントワーヌ”のオリエンタル・フレーバーティーと”ピエールマカロニーネⅢ世”のトロピカルマカロンでしょ!」


民子は巷で話題沸騰の流行スウィーツを目の前にして、ミーハーセレブ妻のように喜んだ。


「ええそう!さすが多田野さん、普段お菓子作りする人は敏感ね。

うちのルナが大好きだから、定期的に直営店へ買いにいくのよ。

でも近頃は駄目。一時間は並ばなくちゃいけないもの。特に、”ピエマカ”の方は予約注文できないんですものね。

テレビで取り上げられる前は、我が家の定番スウィーツとしていつでも買えたんだけど」


と、美貴は短い言葉の端々に自慢を散りばめながら、己の虚栄心を充たしていた。


「わ~これも前から食べてみたかったのよね!嬉しい雅子さん。

やっぱり北条家御用達なの?ここの銘菓は」


民子は、彼女達からの”お持たせ”を平等に褒めたたえ賛辞することを怠らなかった。



「まあね。御用達って身分じゃないけど御贔屓よね。

この”満腹堂”の四代目とうちの父は昔馴染みだから・・・。

その”ふわとろきな粉ぼうろ”は絶品よ」

雅子も美貴に負けじと、何気に自慢を織り交ぜた。


「樹里亜ちゃんもありがとう。これ、すごい立派な苺ね」


民子は年功序列に従い、最後に妻達の中で一番年少者の樹里亜を持ち上げた。


ま・・・皆かねがね、二~三歳しか違わないのに。だ。



「そうでもないのよ。

ただほら、うちのハズ・・・・・アンソニーがヴィーガンもどきだから。

フルーツや野菜はオーガニックにこだわっててね」


「ヴィーガンって?」


「ベジタリアンみたいなもの。あたしもよくわからないんだけどね。ほんというと(汗)

なんでも、あたしに内緒で、有機農家と勝手に個人契約結んじゃって、隔週で配達されてくるの。

も~エンゲル係数が跳ねあがっちゃったわ」


とまあ、”お持たせ”一つにさえ、しっかりとマウント合戦を繰り広げ、妥協を許さない彼女たちの虚栄心に対抗するには、”手づくり”しかないことを、民子は本能で嗅ぎ取っていた。

まともにやりあっていたら、玉砕は覚悟であった。


経済的にも・・・・また、そこまでの情熱をかたむけることに、民子は一種のアホらしさも感じていた。ほんというと。

知らんけど。


しかし・・・・民子は別段彼女達のことが苦手・・・というわけではなかった。


嫌いではなかったが・・・・ものすごく好き!でもなかった。

あくまで、どこまでも「ママ友」なのだった。




「わ~すごい!このチーズケーキ、多田野さんが焼いたの!

さすが、いつもながら家庭的よね~多田野さんは。お母さん、って感じで私には無理だわ~」


樹里亜は民子を”お母さん”と格付けした。では、彼女自身は、お母さんでなかったら、一体何者なのだろうか?


「でも、ものすごく簡単なのよ」


と、ケーキを切り分けお持たせの紅茶を注ぎ、お菓子をテーブルに並べた。


勿論、この時も油断してはならなかった。

皆のお菓子を並列に中央に据えて、自分のケーキは下座に配置する注意は怠らなかった。


ただ、ちょっとした抵抗と自己主張も込めて、民子はお気に入りの大事な大事な唯一のティーセットでおもてなししたのだ。 


独身時代に思い切って買った、シチリアの老舗ティーセットブランド。定番中の定番シリーズだ。


だが、しかし、民子自慢のティーカップに喰いつくママ友はいなかった。


いじわるをしているのではないのだ。

ただたんに、格下の食器に興味がなかったのだ。

もっちいうと、食器に興味がなかった。

今日集まった彼女達のばやい。




なんとなく誰でも知っている有名食器とて、格段のエピソードがなければ、話題に上ることもなかった。


プチセレブにも色々あって・・・・

例えば、流行のスウィーツに興味があって、尚且つ野菜ソムリエの講座に通っていたとしても・・・

ネイルが剥げるから・・・・と日々の食事はないがしろにしていたり。

アンティークが好きで蒐集していても・・・

実際、日々使う食器は安物だったり・・・

有機野菜を取り寄せるくせに・・・

虫食いは許せなかったり・・・・と多種多様、千差万別、あくまでも自分基準なのだ。

ご都合主義であった。


ことに・・・・ある調査では、自分磨きに熱心な主婦ほど、家族の食事は手抜きだったりするらしい。

当然、食べ物を盛る器になど、食指が向かないのも頷ける。 

      

そうかと思えば、食器オタクで、シリーズを各種大人買いして、歴史、由来などのウンチクを語る主婦もいるにはるが・・・

そのような人物は、同じ趣味仲間同士、日々火花を散らし闘っているのだ。


けれども・・・打てば響くように反応がいい彼女たちは、口々に大袈裟すぎる美辞麗句で民子のケーキを褒めちぎった。


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