第2話 お披露目

ピンポーン!



ほどなくして、玄関のチャイムが鳴った。


「は~い」


ママ友達は気を利かせ、車を乗り合わせて出向いてくれたようだ。

それもそのはず・・何せ、民子の家には来客車が一台しか停められないのだ。


夫は電車通勤なので、一台はすでに停まっていた。そのスペースをなんとかつめて、来客車スペースとしていた。

ママ友の、幅の広い外車がその僅かな空間に、ギリギリに収められた。

ええっと確か・・・日伊共同開発車の・・・在波呂目男アルハ・リョメオだったような違ったような・・・

まっいっか。



同じ校区内に通う娘たちのママ仲間なのだから、ママチャリで行き来すればよいようなものだが・・・

プチセレブである彼女たちが、まさかハイブランドバッグを自転車籠に入れて、必死になって漕いでやってくる姿は想像できない。

無論、ペーパードライバーである民子はママチャリ族である。


ドアを開け放つやいなや、民子の小狭い玄関に香水の香が充満し、玄関用芳香剤の「せっけんアロマ」はものの一瞬で掻き消されてしまった。


「多田野さんお久しぶりィ~~浩太君と流衣の入学式以来だね」


甲高い声と大袈裟な身振りで家に上がりこんで来たのは、日焼けした肌にショートボブが快活な、少々外国かぶれしている主婦。



ホプキンス・樹里亜(三十七歳)

皆を自家用車に乗せ、連れてきてくれた女性だ。


夫は外資系企業に勤める米国人。娘の眞里亜と一年生になる息子、琉衣の母である。


ここからは多少ややこしいが、簡単に説明させていただこう。




「わ~やっぱり新居は違うわね~木の香が新鮮だわ」



そういって、香を褒めたのは、婿養子を迎え入れ旧家を受け継ぐ主婦。


 北条 雅子(四十歳)


五年生になる娘 千尋と、中学お受験をひかえる千香の二児の母だ。

褒めるところが見つからない場合は香を褒めておくとよい。

それが、彼女の密かなる座右の銘であった。


にしても、玄関にはもはや、ブランド香水のどぎつい香しか漂っていないのだが・・・・



その香水の主である、桐嶋 美貴(四十歳)は、舐めまわす様に吹き抜けの玄関を見やりながら、サーモンピンクのヒールをきちんと揃えて振り返った。


「多田野さん~今日はお招きありがとう。これ、お口に合うといいんだけど・・・・ルナが手土産にはこれがいいよって、もうなんだか口うるさくて

あの子、舌だけは変に肥えてるから・・・・」


一人娘に月(ルナ)と名づけるほど、美貴は少女趣味であることが覗える。


ママ友の中でも一際垢抜けて華やかな美貴は、彼女達の中においては一番、セレブ妻に近い雰囲気をかもし出していると言えるだろう。

本物のセレブ・・が如何なるものか・・はさておき・・・・


世間がなんとなく認知しつつある、プチセレブ妻なんてものはその程度だ。


巻き毛&ブランド。


いやいや、あなたのことではありません。あくまで推測です。



「あ、私も、これどうぞ♫」

「そうそう私も」


そういって続けさまに、民子へ手土産を渡す雅子と樹里亜ではあったが、リビングに入るや否や四方を見渡した。


「あら~さっそく飾ってくれてるのね♪」


雅子は満面の笑みを浮かべて民子を見やった。


「え、ええ・・・・勿論。みんなが贈ってくれた新築祝いだもの。

主人もあのフクロウの置物を見ると落ち着くらしいの」


などと、本音とは真逆の言葉でお礼を言う民子であったが、気弱な彼女は波風を立てないよう必死だった。


興味半分の美貴は、民子を気の毒に感じながらも、自分はフクロウの置物なんてもらわなくてよかった!と内心ほっとしていた。


「あ~あれが、雅子さんが皆に代わって選んでくれた、多田野さんへの新築祝いね。

私、実は・・今日初めて拝見するわ。私達忙しくて、雅子さんに全てお任せしてしまったから・・・へえ~本当に御利益がありそうね。

ねえ、樹里亜ちゃん」


「そうね・・・・うちのアンソニー(夫)なら、日本オタクだから、こういうの好きそうだけど・・・」

と、いくらアメリカナイズされた歯切れのよい樹里亜でも、口を濁して民子に同情していた。


「そうなのよ!この木彫りのフクロウは本当に御利益があるのよ!

だから多田野さん、出来れば毎朝きちんと磨いて大事にしてあげてね。

うちの床の間にはこの五倍サイズのフクロウ様がが鎮座しているんだからっ!

千香のお受験にもきっと効果があるはずだから、そのうち立証してみせるわ!」


「そ、そうなのね。ありがたいわね。本当にみんなもありがとう」


民子は、他の二人から憐憫の眼差しを感じながら、なんとかその場をやり過ごした。


木彫りのフクロウ・・・・・


それは・・・・雅子が見立てた妖しい匂いがプンプンする置物であった。




「さあ立話もなんだし、とりあえずみんな寛いで。今お茶淹れるわ」


話題を変えようと、民子は彼女達をダイニングテーブルへ奨めた。




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