月曜日のお茶会

塵芥

第1話 洗礼の幕開け

小春日和、月曜日のけだるい午後・・・・・・

今日もこの広い世界のどこかで、さまざまなお茶会が開かれる。


茶会のホステス役(女主人)として、この物語に抜擢されたのは、ごくごく平凡な中流家庭の専業主婦。


 多田野 民子 三十八歳 二児の母。


民子は去年の暮れに、晴れて購入した新築建売住宅の”お披露目”と称して、ママ友仲間をお茶会にお招きしていた。

だが、何も勤しんで主宰したわけではなかった。


世のママ友界の常識として、自宅で催すお茶会は暗黙の了解として、各人持ち回るのが掟であったからだ。

今現在お付き合いしているママ友達の中では、民子が一国一城の主の妻・・・となったのは、最後の番であったというわけだ。

そこで・・・・建売の小狭い城ではあったが、お招きするのは当然の慣わしともいえた。


「ええ・・・・っと・・・・・この沢庵漬けどうしようかな~?」


先日、市外に住む姑からもらったお手製の沢庵の古漬け。

春になって発酵が進んできたから・・・と、樽に残っていた分を全て送りつけられたのだ。

が・・・・これがまた臭い!

味のほうは、料理自慢な姑だけあって、家族にも好評なのだが、何せ冷蔵庫を開けるたび部屋中に充満する発酵臭。



「よりによって、皆をお招きする時に送ってくるなんて~あ~どうしよう」


独り言を呟きながら、民子は大急ぎで掃除機をかけながら、オーブンで焼いているチーズケーキを覗き込んだ。


「うまく焼けているみたいね」


ここだけの話・・・小学三年生になる息子の浩太を通して知り合ったママさんをお招きするときは、ここまで張り切って準備することはない。

せいぜい、スーパーに売っているお茶菓子を用意する程度だ。


けれど、五年生になる娘の結衣の幼稚園時代から続くママ友仲間に、庶民スーパーのお菓子は出せまい。


そう・・・今日のお茶会は、娘を通して知り合ったママ友さん達なのだ。

幼稚園でのママグループは概ね、家庭水準によって自然に定まるものである。


民子の場合、娘の結衣が幼稚園で仲良くしていた女の子達が、たまたまちょっとだけ羽振りのよいママの娘であった・・・・

という理由により、お仲間に入れてもらえたのだった。


ママ友を見習って、民子も御他聞に漏れず、おしゃれなプチセレブ雑誌によく特集されているような、「ママ友接待方法」を実践することにした。


玄関には真新しいスリッパを並べ、封を切りたての芳香剤を置いて・・・トイレには、引き出物でいただいた、おろしたてのブランドタオルをかけた。

もしトイレ個室にに洗面台が設置してあれば、小さなサボテンを置き、アロマ線香を焚きしめる・・・と尚よいらしいが・・・

生憎、中流家庭の民子の新築トイレに洗面台スペースは作りつけされていなかった。


さらに・・・リビングのあまり目立たない壁などに、さり気なく家族写真を飾るのもよい方法だと掲載していた。


要するにカンバセーションピースだ。

会話の糸口になるよう。

嫌味の無い程度・・・・できれば、夏休みの家族旅行などがよい。

民子は無難なところで、キャンプや、キャラクター遊園地に行ったときの写真を飾った。

                    

プチセレブママ達のように、ハワイやグアム旅行の家族写真は民子にとっては遠い夢であった。

なにせ、民子夫妻にのしかかるのは、三十年住宅ローンの重い枷なのだから。


それに・・・・一見、羽振りのよさそうなママ友とて、各家庭のお財布事情は誰にもはかり知れない。

案外自転車操業なのかもれない。

極上のセレブ妻・・・などこの世にはごく少数派。


それ以外は十把一絡げ。段階的な差こそあれ、ようは、家柄や身分の別などなく・・・

金があるかないか・・・・派手に使っているかどうか・・の違いだけであろう。

民子のママ友といえども、プチセレブどまりであり、民子はそこから、一段落下くらいに位置すると考えていた。


ただし・・・資産を基準とした場合に限れば・・・の話だが。

精神面での充実は人それぞれ。



それに、下を見ればきりがないが、月曜の昼間からお茶会を開こうなど、民子とて恵まれた専業主婦にはかわりないのだ。


夫の収入だけで、家を購入し(ローンであるが)

血統書犬は飼っていないが、亀を飼っている。

娘の結衣にピアノを習わせ、息子の浩太をスイミングに通わせ、夏休みは国内旅行を楽しみ、民子自身、地区センターで不定期に行われる腰痛防止体操に通っている。

一見、地味めな民子であったが、まったくもってゆとりある生活を謳歌しているのであった。


それでも・・・・経歴も暮らしも(ちょっとだけ)垢抜けているママ友にと比べると、ごくごく平凡主婦に見えるのもいたしかたなっかた。

そのことを本人があまり気にしていないのが救いなのだが。



さて・・・チーズケーキも焼き上がり、テーブルには百均のランチョンマットやコースターを並べ、でしゃばらない程度の花を花瓶に活けた。

民子自身も軽く化粧を施し、控えめにアクセサリーなど見につけた。


やはり・・・気にしていないとはいえ、少しはママ友の目を意識している向きがあるようだが。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る