助手の任命と聖なる薬
「ゔゥッ⋯⋯! ひ、酷い目に遭った⋯⋯俺の腕、取れてないよな?」
ルッツは左腕を押さえながら涙目で呟いた。
「ちょっと、泣かないでよ! 私が悪い事したみたいじゃないッ」
「しただろ⋯⋯どう考えても」
「仕方ないじゃない。此れはみんなを助ける為に必要な事なのよ。その為には多少の犠牲は致し方ないわ。それに、思ったより痛くなかったでしょ?」
「痛い痛くないの問題じゃねぇって⋯⋯! こっちはいきなり凶器を突き刺されたんだぞ!? それも、傷付いた人を癒すとされている聖女に!!」
「聖女だって偶には猟奇的にもなるわよ」
「聖女って⋯⋯聖女って!!」
ルッツは頭を抱えた。
「聖女に対する先入観を捨てる事ね。そうすれば楽になるわ」
小夜は憐れむような目でルッツを見やり、励ますように彼の肩を優しく叩いた。
✳︎✳︎✳︎
「さっ、早速取り掛かるわよ!」
「一体何をするんだ? 聖女の治癒魔法は成功したンじゃないのか? 俺にまで杖を刺して来たんだから」
スマートフォンから召喚した道具一式を持って部屋から出て行こうとする小夜をルッツは戸惑い顔で引き止める。
「ああ⋯⋯その事ね。何というか⋯⋯そう! 私の魔法は遅効性かつ一人一人に施す必要があるの。だからこれから患者の元に向かうのよ」
我ながら何とも支離滅裂な言い分であると小夜は思った。しかし、聖女と名乗りを上げた手前もう引き返す事など出来ない。その為、心苦しくはあるが嘘に嘘を重ねる他無いのである。
「でも、私一人じゃいつ終わるか分からないわ。発症者には迅速な処置を施す必要が有るのに、私一人では如何しても出来る事に限界がある⋯⋯」
そこまで言って、小夜は考え込む。こうしている間にも時は刻一刻と進み、ペストは今も村人たちの身体を蝕んでいる。
そんな時、小夜の脳内に一つの妙案が思い浮かんだ。
「そうだわ、ルッツ! 貴方、私の助手になりなさいよ!」
ポンッと手を叩き、如何して今まで思い付かなかったのかしら、と目を輝かせる小夜に対しルッツはダラダラと汗をかきながら後退る。
「おっ、俺が!? 無理だよ、出来っこねえって⋯⋯!」
「あら、何故かしら?」
「⋯⋯見ての通り、俺は図体がデカいだけの不器用な男なンだ。聖女様の助手なんて向いてねえんだよ」
「そんなの関係無いわよ。貴方の大きい身体や腕力は意外と力仕事もあるこの仕事に打って付けだわ。不器用なのも数をこなせばその内慣れるし、何よりも大切なのは『誰かを助けたい、力になりたい』と想う心なのよ」
「でも⋯⋯」
言い淀むルッツ。
「貴方は苦しんでいる家族や友人を助けたいとは思わないの? 私は未だ此の世界に来たばかりだけれど⋯⋯こんな私でもみんなの力になれるのなら何でもしてあげたいと思っているわ。それに、私の魔法は私一人では完成しないの。ルッツ⋯⋯貴方の力が必要なのよ」
「⋯⋯」
ルッツは難しい顔で暫くの間考え込んだ後、観念したように表情を和らげふうっと大きく息を吐き出した。
「⋯⋯分かったよ。聖女様にそこまで言われちゃ断るのも男が
「ありがとう、貴方ならそう言ってくれると思ってたわ!! それじゃあ早速、此れを飲んでね」
小夜は風呂敷からドキシサイクリン塩酸塩水和物100mg錠を取り出し、ルッツに差し出した。
「何だ、コレ?」
「此れは⋯⋯聖水ならぬ
「せ、聖薬? つまり⋯⋯司祭様による聖別を受けた物ってことか?」
「まあ、そんな感じよ。何やかんやあって
小夜は涼しい顔で言ってのけた。しかし当然、そんな事は真っ赤な嘘である。
この錠剤は菌や細菌類に対して幅広く抗菌作用を発揮するテトラサイクリン系の抗生物質で、今回はペスト
不思議なアプリケーションで注文したもので、司祭に浄められたものではない。
「必ず1日1回、水と一緒に飲んでね。此れを飲む事によって呪いの予防にもなるの。身体を浄める効果があるのよ」
「聖女様⋯⋯あんたすげぇな!!」
ワッと嬉しそうに声を上げるルッツは小夜に尊敬の眼差しを向ける。
(ゔっ⋯⋯! 幾ら嘘を吐く事に慣れて来たとはいえ、そんな純粋な目で見られたら流石に心が痛むわ)
小夜は眩しさに目を細めた。それから瞳を閉じて、ゆっくりと開く。
「⋯⋯ルッツ、貴方の助手としての初仕事よ。この聖薬を未だ呪いに罹ってない人たちに飲ませて。既に呪いに罹った人に飲ませては駄目よ」
「おう!」
すっかり小夜の事を信じ切った様子のルッツは大きく頷いた。
「ありがとう。それと、此れも持っていってね」
「⋯⋯?」
小夜が差し出したものをルッツは不思議そうな目で見やる。彼の視線の先には手袋にマスク、フェイスシールドがあった。
「これは⋯⋯如何やって使うんだ?」
(ああ、そうだったわ。こんな物もある筈ないものね)
「此れはね——」
合点のいった小夜は懇切丁寧に衛生用品の使い方を講義するのだった。
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