初めてのお取り寄せ
ルッツの前で大見得を切ったものの、小夜は内心頭を抱えていた。
(幸い、知識だけは掃いて捨てるほど有る。でも、それを活かす為の肝心の器具や薬が無いわっ⋯⋯!)
例えどれほど医の道に精通する者であっても、それを実行するための手段が無ければ宝の持ち腐れである。
そんな時、天啓とばかりに謎の男によってウイルスに感染させられたスマートフォンの事を思い出す。
「そうだった、私にも一応魔法が使えるんだったわ!」
頭の片隅に追い遣っていた為に此れまですっかり忘れてしまっていた。
(あの男に揶揄われていなければ、だけど⋯⋯)
小夜は一抹の不安を抱えながらもルッツに背を向けると、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し電源を入れる。
何度確認してみてもやはりホーム画面にあるアプリケーションは見覚えの無い『注文』と書かれた一つだけだった。
(今更この胡散臭いアプリが消えても困るんだけどね。この際、利用出来る物は何だって使ってやるわ!)
殺風景なホーム画面との対面はこれで2度目となる小夜は、躊躇いもなくアプリケーションを起動させる。
パッと画面が明るくなり、見覚えのある『アナタの異世界生活をちょっとだけ豊かに! 安心安全即時配達のアオイトリ』の文言が出て来た。
(⋯⋯相変わらず胡散臭すぎる。このアプリの成分は間違い無く100%がそれね)
『始める?』と書かれた青いボタンを押すと数秒のローディングの後、画面が切り替わった。画面上部には検索ボックス、そしてそのすぐ下には医薬品と医療機器のタブがあり、商品が五十音順に並んでいる。
小夜は試しに検索ボックスに『マスク』と打ち込んでみた。
「⋯⋯!」
(本当に出て来たわ! やっぱり、此処にある商品は私が居た世界で使われている物と
視線の先には数種類の医療用マスクが表示された液晶画面。
一番上に表示された30枚入りの物をカートに入れた小夜は暫しの思案の後、再び検索ボックスへと移動した。
✳︎✳︎✳︎
小夜がカートに入れた物は医療用マスクに医療用手袋(SとMサイズ)、フェイスシールド、エタノール(消毒液には多数種類があるが手指や一部の医療器具にも使える為、
取り敢えず、思い付く限りの物をカートに入れた為、相当な大荷物になりそうだ。
また、大まかにアプリケーションを見て分かった事がある。召喚出来るのは基本的に両の手に収まるくらいのサイズの物のみで、X線撮影装置や内視鏡などの大仰な機械類は注文は出来ないようであった。
条件の縛りについて小夜は、あまりにこの世界の文明とかけ離れた物は召喚出来ないのだろうと結論付ける。
(——って、どれも値段が書いていないけれど⋯⋯無料よね? もしも私の口座から引き落としとかだったらあの男⋯⋯タダじゃ置かないんだからッ!!)
届かないとは分かっていても、心の中であの男への恨み辛みを並べ立てる事を止められ無かった。
次から次へと此れまで口にした事も無いような罵倒の言葉が泉の如く湧き出て来る。それだけ見知らぬ世界に一人置き去りにしたあの男への
(もっと合理的に考えないといけないのに、私ったら駄目ね。まだまだ未熟だわ⋯⋯)
しかし、小夜が不安に思うのも無理はない。何故なら、このアプリケーションには不思議な事に何処を探しても値段の表示が無かったからだ。常日頃から家計簿と睨めっこしている小夜からすれば気が気じゃ無い。
何処までも説明不足な男への万が一の際の報復手段を頭の中で5つ程思い浮かべた小夜は、恐る恐る『注文する?』のボタンを押す。
すると、パッと画面が切り替わり『間も無く、従業員がお届けに上がります』という表示が出て来た。小夜は目を丸くする。
(間も無くって⋯⋯どうやって?)
半信半疑の小夜は首を傾げる。
「⋯⋯なァ、聖女様。さっきからコソコソ何してんだ?」
注文を終えたタイミングで訝しげな顔をしたルッツに声を掛けられた小夜は、思わず上擦った声で答えた。
「なっ、何でも無いわ!」
慌ててスマートフォンの電源を落とし、ポケットに滑り込ませる。
その瞬間、何処からともなく青白く輝く光が出現した。
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