小夜、聖女を騙る。
人々は理解の及ばない現象を
デュースター村、ルッツ宅にて。
穴の空いた木のテーブルに迎え合わせで座る2人。椅子は脚の長さが微妙に異なる所為でぐらぐらと揺れ、何とも
「それで、こんなに重傷者がいるんですもの。何もせず指を咥えて見ていただけじゃ無いわよね?」
この国を蝕む呪いの正体がかつて中世ヨーロッパで猛威を振るったペストであると確信した小夜は、まさかこの惨状を放置していた訳では無いだろうと目を細め問い詰めるようにしてルッツに尋ねた。
「参考までに、これまで一体どんな治療を行なって来たのか聴かせてくれるかしら?」
小夜の言葉にルッツは考え込む様子を見せる。そして暫しの沈黙の後、難しい顔をしながら口を開いた。
「治療⋯⋯ってのは
「え⋯⋯祈祷? それだけ!? 医者は!? それよりも何で神父!?」
小夜は思わず立ち上がる。
「そんなに驚く事か? 古来より病は例外なく
「⋯⋯⋯⋯」
ルッツの言っている事は生まれて此の方、神の存在を信じた事の無い小夜には到底理解出来なかった。呆気に取られた小夜は如何にか次の言葉を絞り出す。
「⋯⋯信じれば病も治ると本当に思っているの?」
「当たり前だろ。俺達のような平民じゃ滅多にお目にかかれない神父様に特別に来ていただいたンだぜ? これで効果が無かったら何をやっても呪いは晴れず病も治らないだろうさ。それに、
誇らしげに胸を張り、そう
(瀉血ですって⋯⋯!? 瀉血は肝炎や肩凝りとかには効果が有る事が証明されてるけど⋯⋯ペストに関してはなんの効果も無いじゃない! 幾ら何でも此の世界の医療技術は遅れすぎよっ!!)
あまりの価値観の違いと誤を正だと思い込む
「⋯⋯聴いて、ルッツ」
「どうしたんだ?」
神妙な面持ちの小夜を見たルッツも釣られて真面目な顔付きになる。
「祈祷も、瀉血もこの呪いには何の効果も無いわ」
「何だって!? そんなはず無いだろ!?」
ルッツは勢い良く椅子から立ち上がった。
「良いから、落ち着いて聴きなさい。⋯⋯考えてもみなさいよ。神父が来て何か変わったかしら? きっと、
「⋯⋯⋯⋯」
ルッツは歯を食いしばり顔を真っ赤にして押し黙る。
自らが信仰するものを真っ向から否定されたのだ。小夜に対して怒りを覚えるのも仕方が無いだろう。
しかし、小夜は怯む事なく尚も言葉を紡いでいく。
「私なら⋯⋯私なら貴方達を救えるかもしれないわ」
「!!」
ルッツは目を丸くする。あまりに大きく見開いたせいで眼球がぽろりと溢れ落ちてしまいそうだった。
「私は此の呪いの治療法を知ってるのよ。知識として識っているだけだけれどね。でも、医者の卵として困っているこの村の人たちを放っては置けない。⋯⋯まだまだ未熟な私では根治の約束は出来ないけど、手は尽くすと誓うわ」
「——って事は、あんたが本物の聖女様って事か?」
「⋯⋯っ!」
「聖女様でも無い限りこの村を救う事なんて出来ないだろ? 魔女の婆さんは召喚に成功してたってワケだ」
「そっそれは——」
小夜は言葉に詰まった。
出会ってからというもの、何処か冷めた目付きか怯えた眼差しばかりを向けて来たルッツだったが、今はブラウンの瞳を少年のようにキラキラと輝かせ小夜を見つめている。そんな彼を前にして嘘を吐くのは
しかし、目の前にある救える筈の人命と自らの今後の生活、そしてほんの少しの罪悪感を天秤にかければ
(覚悟を決めるのよ、黒宮小夜!!)
小夜は此処が正念場であると自らに言い聞かせ、ギュッと拳を強く握り締めた。
そして、肺いっぱいに空気を取り込み声と共に大きく吐き出す。
「そうよ! 此の私が貴方たちの求める聖女よッ!!」
(ああ、遂に言ってしまった⋯⋯! もう後戻りは出来ないわ。でもきっと、此処で否定しても信じて貰えないばかりか不審者としてこの村を追い出されかねない。乗り掛かった船だもの、今は聖女としてこの村を救わなければ!)
使命感に駆られた小夜は再び決意を固める。
取り敢えず、当面の目標は決まった。
やるべき事は大きく分けて2つ。此の村で魔法が使えない事を隠しながら聖女としてペストの流行を抑える事と、小夜をこの世界に連れてきた謎の男の捜索だ。
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