誰にも止められない
女は無造作にバールを手放すと、布に包んで背負われていた長柄のようなものをやはり左腕一本で引き抜いた。50cm程度の鉄板にエンジンユニットの取り付けられたそれはいわゆるチェーンソーというやつだ。
十キロ近い重量を背負ったままあれだけの身のこなしをしていたのか? なにもないところから手品で取り出したとでも言われたほうがまだしっくりくる。
なんの予兆もなく目の前に現れた暴威に俺含めて誰ひとり反応できない。
女の笑みが三日月のように深まる。
「それではぁ、参りますよぉ」
おっとりとした軽い声とともに女がリコイルを引いた。
軽快なエンジン音が室内に鳴り響き全員が一斉に我に返るなか、舞うようにくるりと回る。
一番手前にいた野郎にその刃が届き、鮮血がはじけ飛んだ。
「ぎゃあああああっ」
腕の肉を袖ごとずたずたに引き裂かれてのたうち回る野郎に一瞥くれると、女は次の獲物を求めて舌なめずりをする。
陶酔するように頬を染めてチェーンソーを振り回す女は完全に血に酔った獣のそれだ。
右腕の釘打ち機と左腕のチェーンソーがそれぞれ抵抗する、あるいは逃げようとする野郎どもを正面から背後から関係なしに手あたり次第狩りとっていく。
当の女には怯えも緊張もない。獲物は入れ食い、狩り放題。
事務所内といえども、こんな駅前で
覚悟を決めて拳銃を抜き女に突き付ける。
次の瞬間すでに俺の腕はなかった。
拳銃を握った右腕が鮮血を撒き散らしながら女の後ろへ放物線を描いて飛ぶのが見える。チェーンソーってなそんなスパスパ切れねえだろ、
遅れてくる激痛を感じながら頭の上に振り上げられたチェーンソーを見て俺は笑っていた。こいつはもう笑うしかない。
「イカれてるぜ」
刃の付いた鎖が疾走する銀板が頭めがけて振り下ろされる。それが俺の最後に見た光景。額に鈍い衝撃と振動、砕ける感触はほんの一秒にも満たない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます