宴はまだ終わらない
はずだった。
気付けば横たわる俺に女が馬乗りになっていた。半ば無意識に自分の頭を撫でる。
あれだけ激しい衝撃を受けたのに、傷が、まったくない。
それどころか頭を撫でたのは、確かにさっきすっ飛んでったはずの右腕だ。スーツとシャツの袖はないが、腕は確かにある。
「なん、だと……」
首が回る限り周囲へ視線を向ける。
誰も彼もが生きていた。そして、怯え震えていた。
死屍累々だ。ただ息があるだけの、震えて呻く亡者の群れ。
「てめえ、なにしやがった」
暴力の話じゃない。この女はなにか、それがなにかはわからないが、とにかく異常ななにかをしている。されている。
だが女はその言葉に答えることなく、左腕に金槌を握る。
「
あれか。心当たりはあるが俺は即座に首を横に振った。
「し、知らねえ」
「うふふふ。みなさん最初はぁ、そうおっしゃるんですよねえぇ」
振り下ろされた金槌を右手で受ける。が、そのまま顔面まで押し込まれる。なんて怪力、一発で手の骨が砕けそうだ。左腕で突き飛ばして……そう思ったがまったく動かない。
俺の左腕はフローリングの床へ釘でめちゃくちゃに打ち付けられていた。酷く出血した跡があるが痛みはない。床に刺さっているものの、釘はまるで身体の一部のようだ。
「なんだこれは……」
「無理に動かされるとぉ、癒着した部分がぁ剥げてしまいますよぉ」
「癒着……?」
「はぁいぃ」
女がにこやかに答えて、俺の腕に刺さった釘の一本を金槌で打ち据えた。
釘が腕にめり込み、肉を裂いて出来た傷口から鮮血を噴き出す。
「がっぁっ……ぐぅっ……」
骨や神経にも触れているのだろうか、焼きごてでも捻じ込まれたような激痛だったが他の釘が身動きを許さない。辛うじて悲鳴を飲み込み痙攣するように震えていると次第に痛みが引き、まるで何事もなかったかのように収まった。出血も既に止まっている。
しかし釘がなくなったわけではない。他の釘より一段深く刺さった釘を凝視してから女を見上げる。
「わたくしぃ、どうも生き物を傷付けたりぃ、殺したりぃ、できないようなのですぅ」
「は?」
いやてめえ傷付けたり殺したりしまくって……俺は改めて周りを見回す。
誰も死んでいない。
誰の傷も残っていない。
「してもぉ、みなさますぅぐ治ってしまわれるのでぇ」
その先に転がっているのは、拳銃を握ったままの、スーツとシャツの袖に包まれたそれは……間違いなく俺の右腕だ。
じゃあこの右腕はなんだ? その辺りに飛び散っている石灰色のアレはまさか俺の……。
「そ、そんな馬鹿な話があるかっ!」
俺はヤクでも打たれたのか!? こんなもの、幻覚に決まっている!
「あるか、と申されましてもぉ……まぁ、すぐにご理解いただけますわぁ」
女は右腕に大きめのニッパーを握ってこちらに向けた。
「まずはぁその……嘘吐きな舌を、ひとつ切ってしまいましょおねぇ……次に生えてくる舌はぁ……正直な子だとぉいいですねぇえぇ」
蕩ける瞳で見下ろし、まるで情事の吐息のように絶え絶えに吐いたその言葉に、俺は心底震え上がった。
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