襲来は告知されない

 場違いな若い女の声に誰もが玄関を注視した。様子を見に行かせたカズオはどうなった? 考えるまでもない。この女がやったんだろう。

 露出の低い教会の尼僧シスターじみた服装に長い白髪。腰の革ベルトにはノミや金槌のような工具に鉈やバール、手には不格好な拳銃のような工具を握っている。

 羽織ったコートで隠してきたんだろうが、こんなやつは俺たちの目から見てもイカレてる。どっかの組の鉄砲玉か?

 だがここにいるのは荒事慣れした野郎ばかり十人。俺が手下にした注文はネズミ捕りよりよっぽど簡単な作業だ。


「おいテメェら、このアマ奥に連れてけ」


 こういうとき俺は奥に引き上げず手下をちゃんと見ることにしてる。ビビって日和見するやつより怪我を承知で手柄を取りに行くやつをちゃんと評価するためだ。

 俺の視線を背に受けて荒くれどもが一斉に女に殺到する。


 女はコートを広げるように左手に投げつけると手にしていた工具、改造された釘打ち機のようだ、の引き金をコートに向けて引いた。ガスの噴出音が一瞬で三度、立て続けに三本の釘が打ち出されコートを被せられた野郎に刺さる。

 わざわざ三点バーストの釘打ち機を作ったのか? 案の定イカレてやがるな。

 女はそのままコート越しに体当たりしながらすぐ横のやつに銃口を向けた。だが近過ぎる。手下は姿勢を低くしながら女の膝に手をかけていた。倒してしまえば女の力ではどうにもなるまい。

 女は遠慮なく手下の顔面に膝蹴りをブチ込みながら無防備な延髄に釘を打ち込む。ありゃあ死んだな。女の膝は穴の開いたロングスカート越しに金属製のスパイクが血で染まっているのが見えた。グラウンド対策もバッチリってわけか。


「うふふふ。歓迎ぃありがとうございますぅ」


 女は間延びした声で笑みを浮かべて俺を一瞥する。あいだに三人。空いた左手で革ベルトからバールを抜くと大きく踏み込んで目の前のひとりに振り下ろした。人体急所に迷わず釘を打ち込む女だ、当然なんの躊躇ちゅうちょもない。

 殴られた野郎は躱し切れずに腕で受け、乾いた異音と悲鳴を上げる。

 速い。そして強い。

 初手を捌いたときにも感じたが、どんくさそうな見た目の割りに動きのキレは半端ない。それにバール自体にそこそこの重さがあるとはいえ、一撃で大の男の腕を完全に破壊するのも尋常じゃない。

 振り下ろした一瞬の隙を突いて残りの野郎どもが飛び掛かったが、そのときには既に女は飛び退って距離を取っていた。

 だがこれで部屋の隅に押し込まれ七対一。壁際では身を躱す余地もない。

 次はどうする?

 俺の関心はいつのまにか手下の評価よりも女の挙動に移っていた。

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