痛みには屈しない
パンク風の娘と入れ替わりに入ってきたのはやはり若い娘で、一見してシスターのような服装に佇まいだった。なんだ、僕はコスプレサークルにでも拉致されたのか?
「それではぁ“
女教皇とは大きく出たものだ。鼻にかかった声で楽しげに名乗る彼女を鼻で笑う。
「ふん、本名を名乗る度胸はないのかい。匿名など卑怯者のやることだよ」
それにしたって顔の見えないネットならともかく、対面で顔を見せながら匿名を使ってなんの意味があるのか理解に苦しむが。先ほどの娘と違って彼女は覆面すらしていない。
そんな僕の心中を察しているのかいないのか、彼女は鼻歌交じりに部屋の隅に置いてあった医療用ワゴンを私の前まで持ってきた。そこには用途について深く考えたくない品々が積まれている。
「わたくしはぁ名乗っても構わないのですけれどもぉ……」
ワゴンの荷を漁って目隠しと思しき布切れを手に取ると彼女は艶然と瞳を潤ませた。
「名前はぁ
「……超能力者っ」
今、世界には超能力者が溢れている。人口のおよそ1%、実に百人にひとりは超能力を持っているという割合の高さだ。そしてどういうわけか彼らはなんの意識合わせもないままにひとりの例外なく己の
それを大っぴらに吹聴するのは非合法な界隈で生きる連中の売名行為がほとんどだ。
「君のようなお嬢さんが犯罪者とは、世も末だね」
「うふふふ。これもぉ、お導きですわぁ」
彼女はため息交じりの嫌味にゆるりと答えると、僕の眼鏡を外して目隠しを巻く。視界を塞がれ不安が膨らむ。次に靴と靴下を脱がされるが、膝下と足首をしっかり椅子の足に縛り付けられていて抵抗はできない。
今から拷問を受けるというのはどうやら冗談ではなさそうだ。本当にあんな温厚そうな娘が拷問役なのか。まったく世も末だ。
しかし今頃はもう父さんの手の者が僕を捜索しているだろう。発見されるまでそう時間はかかるまい。それまでなんとか耐えきればいい。
僕だって生半な覚悟でやってるわけじゃない。
足の甲にひやりとした感触。
「
甘い声で囁かれて、ぞわりと鳥肌が立つ。飴と鞭のつもりか?
「……知らないっ」
次の瞬間ぱしゅんと空気の噴き出す音と激痛。辛うじて悲鳴を飲み込み堪えていると次第に痛みは引いていく。なんだ? と思う間もなく反対の足の甲に激痛。
「ぐぅっっっ」
今度は少し呻きが漏れてしまった。それを聞いた彼女が笑うように吐息を漏らす。この痛みもやはりすぐに引いてなにも感じなくなった。一体なにをされてるんだ?
しかし、この程度ならばいくらでも耐えられる。
「仕方がありませんねえぇ」
彼女が楽しそうに言った。
左足の小指と薬指に薄い板を当てられたような感触。これは刃物か? くるであろう痛みに身構えてぐっと歯を食いしばる。
かぁんっ!
金属のぶつかり合う甲高い音と同時に指に走った熱い感触。そして遅れてやってきた激痛はさきほどの比ではなかった。悲鳴だけはどうにか堪えたものの呻き声までは止められない。
「悲鳴はぁ我慢なさらないほうがぁ、楽ですわよぉ」
耳元で囁く彼女の声に、自分の認識が甘かったことを思い知る。
「い、一体なにを……」
「うふふふ。秘密ですぅ」
息も絶え絶えに問う僕を笑うように突っ撥ねると彼女が足元にしゃがみ込んだ気配を感じた。さきほどと同じように、激痛は不自然なほどの勢いで引いていく。
「や、やめ……」
かぁんっ!
また金属音と激痛。同じ場所だった。骨が砕けるような痛みに塞がれた視界の奥で星が飛び散るような錯覚すら受ける。
そしてまたしても僅かの間を置いて痛みが引いていく。
あとはひたすらその繰り返しだった。
僕は声を殺すことも忘れ痛みのたびに悲鳴を上げ続けた。それでも許しを請わなかったのは自尊心が彼女に屈するのを拒んだというのもあるが、耐え続ければいずれ助けがくると信じていたからだ。希望があれば耐えられる。そう思っていた。
「はぁあぁ、少しぃ疲れてしまいましたぁ」
僕も悲鳴の上げ過ぎで喉が潰れそうだったが、結果として先に音を上げたのは彼女だった。少しくらい休めるのだろうか。そんな甘い期待をしていると顔の傍に彼女の体温を感じ、目隠しを外された。
間近で微笑む彼女の手や僅かに見える首元にべっとりと血が付いている。足元に目を向ければ椅子を中心に結構な血だまりができていた。痛みに耐えるのでいっぱいいっぱいだったので気付かなかったが、部屋の中には血生臭い空気が充満している。
これは、まさか僕の血なのか? しかしそんな血だまりができるほど失血したとは思えない。むしろ疲労と喉の痛み以外は調子がいいくらいだ。
本当に、僕はいったいなにをされているんだ? 疑念は不安となって精神を削る。
「部長さんもぉお疲れでしょうしぃ、おやつにしましょうかぁ」
呑気に言いながら彼女が見せた金属製のボウルの中身を見て、呼吸が止まった。
いや、これは、いや、まさか、そんな、なんで……。
「さぁさ、ご遠慮なさらずにぃ」
中身のひとつを摘まみ上げてにこやかに差し出してくる彼女。
僕は言葉を紡げずに震えながら首を横に振った。冗談じゃない、勘弁してくれ。
その様子を見たからだろうか、彼女の笑みが深くなった。
「や、やめ……やめろ、やめてくれ……」
初めてか細く懇願した僕の言葉を彼女が聞き入れるはずもない。それでも頼む、お願いだ。
「い、いやだ……やめろおおおおおおっ!!」
我ながら、さきほどまでの激痛など発声練習に等しいほどの絶叫だった。
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