絶対不殺の女教皇

あんころまっくす

丸くは収まらない

 窓の無い、天井に換気扇が回っているだけの密室。部屋の中央には床に溶接された一脚の椅子とそれに厳重に縛り付けられた青年。

 高そうなスーツ姿の男は、青年と言ってもそこら辺のサラリーマンではない。地味な黒縁眼鏡の向こうから鋭い眼光がオレに突き刺さってくる。

 オレはと言えばそいつの視界に入る程度の壁際で自分の椅子に座っているだけだ。


「なぁあ、頼むっつってんじゃん? アンタの親父さんがこっそりつけてる帳簿保管してるとこ、知ってんだろ?」


「勘弁して欲しいな、なにを言ってるのかまるでわからない」


 男は今にも噛み付きそうな顔で丁寧に返してくる。


きみこそ小さいとは言え市役所と取引のある企業の管理職を拉致するなんて。どこのだれだか知らないけれど後の心配はないのかい?」


 まあそうだよなあ、としか言いようがない。一応口元をスカーフで隠しているが本気で探されたら隠し切れるもんでもない。そもそもこのアジトだっていつ足がつくかわからない。

 だからこそ、さっさと吐いて欲しいわけだ。


「いやそりゃオレみたいな小娘にいいようにされるアンタらじゃないだろうさ。わかってるって。だからこそだよ。交代要員がくるまでに聞きたいんだ」


「ほう……その交代要員とやらは拷問でもするのかい、お嬢さん」


 拉致して拷問で吐かせるとか趣味じゃないにもほどがある。


「そうだよ」


 ドアのノックを聞いてオレは大きく溜息を吐いた。


「その前に話を聞けりゃ手荒なマネはしなかったんだけどな。まあ、遅かった。残念だけど交代だ」


 少しの間を置いてドアが開き、アイツが入ってきた。教会の尼僧のような服に穏やかな微笑みを浮かべた女。


「“正義ジャスティス”ちゃぁん、お待たせしましたぁ」


 鼻にかかった甘ったるい声。


「待ってねえよ」


「やっぱりぃダメでしたのねぇ? だからぁ言いましたのにぃ」


 オレの舌打ちしそうな言葉に彼女は笑みを深める。


「うっせぇな」


「時間がぁございませんのでぇ、あとはぁ」


 ニコニコと口にする彼女に苛立ちながらオレは席を立つ。


「わぁってんよ。部屋で待ってるからあとは勝手にやれ」


「はぁい。お任せあれぇ」


 オレは大きな溜息を吐いて最後に男を一瞥した。


「ま、これはこれで幸せな選択だったのかもしれねぇけどな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る