第3話 prologue3

 そこは、まさに桃源郷ユートピアと言うべき楽園だった。大小色とりどりの花が咲き誇り、淡い桃色に染まる空には大きな月と満天の星。わたしが腰を下ろしているのは、地平線まで続く一面の芝生だった。このようなところを日本語で何と呼ぶか、わたしは知っている。


「天国だ……」


 自ら命を絶った人間が天国に行けるわけなさそうなのに。まるで、視界にフィルターがかかったように、目の前の景色はあまりにも輝いて見えた。


「あーごめんここ天国じゃないわ」


 ふいに、隣から能天気の塊みたいな声が降ってきた。先ほどから此処でぶつぶつと何かを呟いていた誰かの声だ。「誰か」と呼んでいるのはそれ以外に表現しようがないから。さっきは眩しすぎて見えなかったが、改めてその人物をじっくり観察してみる。


 背の高い、青みがかった白髪の青年だった。ニコニコと真意の読めない笑顔を作っている。どこかメルヘンチックな衣装を纏っていて、まるでゲームの世界から飛び出してきたかのような容姿をしていた。


 彼は、どした?と私の方を訝しげに見やった。セピア色の瞳が、すっ、と細められる。


「此処は何処で、あんたは誰?って顔してるね。まぁいきなりこんな所連れてこられたらそうなるよなー」


 まったく、その通りだった。展開が速すぎて頭はついていけているけれど、如何せん感情の方がついていけていない。せっかくぽっくり死んでこの世からオサラバできたというのにまだ面倒くさいステージがあるのか。


「実はねぇ、君は記念すべき俺のところに来た魂第10000号なんだよねー。だから特典で転生時の「すきる」?ってやつを一つ選べるんだとさー」


 なんだ記念すべきって。死人に向かっておめでたい言葉なんか使わないでほしい。それに、「転生」?「特典」?「すきる」?ふざけてんのか。というかそもそもお前は誰なんだ。


「いやぁー俺も先月就任したばかりの新人なもんで。詳しいことはわからないなぁ。でも、マニュアルによると『死神に選ばれし霊魂は異世界へ転生します。その際、特典としてランダムに固有のスキルが与えられます。』だとさー!」


 ちゃんとマニュアルがあるのなら最初からそれをそっくりそのまま読み上げてほしかった。絶対そっちの方が分かりやすい。しかし、マニュアルの文面通りに解釈すれば、「転生」とやらは本人の意思に関係なく強制ということになる。中々横暴だ。


「んーまぁなんとなく分かったし、君の「すきる」とやらを見てみよう!」


 マニュアル片手にあーだこーだ唸っていた白髪の青年——おそらく「死神」——はやたらに明るい声を上げて宣言した。


 途端、私の目の前に半透明で大きいパネルのようなものが浮かび上がった。物理的に透き通っているそれには、滑らかな活字でこう記されていた。


 名前:unknown

 職業:unknown

 装備:なし

 スキル:采配・魔ミレー


 やけにあっさりとしている。装備はおろか、職業や名前すらわからない状態——つまるところ完全なる初期状態だ。


「んーなんか凄いのか凄くないのか俺にはさっぱり。ええーと『次はさっさと名前を決めて転生先に送り出してください。時間は有限です。』……はぁぁ」


 だんだんマニュアルも雑なってきているような。きっと作成者は連日徹夜でもして頭がとち狂っていたんだろう。そんなことよりも、「スキル」の欄に書かれている「采配・魔ミレー」というのが気になる。字面からして、大方統率力に関するものなのだろうという予想は立てられるが。


「お、やっとその気になってきた??ええっとねぇ、君さぁ、





















『桃太郎』って知ってる?」

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