第31話 神仏と狂信

 シロウの号令により、マヤ達の下に招集されたレオとツァラトゥストラ。

 彼女らの見つけた大聖堂の入り口は重い沈黙の上に聳え立っている。

『この先から聖異物反応が検知されました。それと今までにないほどの魔素反応も一緒です。恐らく守護者のようなものかと』

 当り前のように状況を告げるジョンに、シロウはため息を吐くが有用な情報を告げているため不問とすることにしたようだ。

「……その聖異物がロアである可能性は?」

 これまでにない魔素反応と言われて、真っ先に思い浮かぶのは彼らの存在だろう。

『いえ、動体ではないため、普通の聖異物だと思いますね。場所的には大聖堂の奥にある鐘でしょう』

 合間に挟まれる何かが砕けるような音。また菓子を自作したのだろう。

 教会の鐘が聖異物だとすれば、どちらにせよ大聖堂を通らねばならない。ジョンから送られてきた大聖堂内の魔素反応を示したモニター映像には、大聖堂内に漂う濃い魔素が映し出されている。

「こ、ここ、こんなにも濃い魔素、第三層では珍しい、ですね」

「それだけ危険な場所ということですね」

 浄化機構も万全ということはない。当然、魔素濃度が濃い場所での活動時間は短くなる。手間が掛かれば、その分、隊員全員に負担をかけることになる。

「何はともあれ、入るしかない。そうでしょう、シロウ隊長?」

「無論じゃ。各自武装を展開、及びセーフティロックを解除しろ。突入後は生存を優先し、不測の事態の場合にはワシとマヤで異跡の破壊を行う」

 シロウの指示で全員が武器を手に取る。

 準備ができたことを確認したシロウは扉に手を駆ける。

 各々の顔を確認し、頷きあうと彼女はその重い扉を押した。


 開いた扉からまず漏れ出したのは音と光だった。

 重低音の音響が体を突き抜け、ヘルメット越しでも耳を抑えたくなるほどの音が響き渡る。

 そして多彩な色のレーザービームが部屋中を駆け巡る。

 溶けるように扉が消滅すると、シロウ隊の面々は大聖堂と思われる場所に取り込まれた。

 暗幕の張られた大聖堂。その教壇と思われる舞台には足に火のついた釈迦像や如来像が並べられ、それらが操り人形のように踊っている。

 それに群がるようにして、人のサイズはあろう大きな蝿や蛆がペンライトを振っている。それらの頭はレンズを模したものとなっていた。

「……なんと、ふざけた場所じゃ」

 神仏が偶像アイドルとして踊り狂う様を蟲たちが喜んでいる。

 狂ったように拝み、崇めるソレは正に狂信的ファナティックな信者だ。

 燃え尽きた仏像が文字通り糸の切れた人形となり崩れ落ちると、蝿たちはあろうことかそれを自らのカメラで撮り始め、それに飽きると今度は仏像を貪り始めた。

 そして、新しい仏像が投入され、ソレがまた踊り始める。

「気色悪すぎ、これのどこに人間の記憶があるのよ……」

 目の前の光景はあまりにも悍ましく、冒涜的だった。

 しかし、蝿たちは襲ってくるわけでもなく、ただ目の前の神仏に熱中している。

「今のうちに行きましょう、面倒なことになる前に」

 五人は熱狂を無視し、歩みを進める。

 その時、闇が世界を包んだ。

 先ほどまでの音はなく、虫の羽音すらも聞こえてこない。光は閉ざされ、先ほどまでの目を指すような明かりはない。

「ジョン、どうなってる!?」

 ツァラがジョンに通信をする。観測機器を確認している彼ならば現状が把握できているはずだからだ。

『わからない。ただ、魔素濃度が徐々に上昇しているんだ。顕現レベルも徐々に降下していて、不安定になってる!!』

 早口でまくし立てるジョン。

「とにかく全員固まるんじゃ、暗視は使用するな、視界を奪われる」

 シロウの指示で5人は背中合わせに固まる。

 魔素検知センサーは既に異常値をはじき出しており、警告音を鳴らしている。

「仕方がない。異跡を破壊するぞッ!」

 シロウは刀を握り直すと義手の内肘に刃を宛がう。研磨された刃の光。いつもよりも強烈な紫色の光を刀身が放つ。

 他の四人は回避のため、床に伏せると、シロウは刀を鞘に納めた。

 再び訪れた静寂。彼女の呼吸音だけが聞こえた。

「鬼人剣、スサノオ!!」

 引き抜かれた刃はいつもよりも強力な斬撃を放った。

 それは異跡を切り捨て、再び空を仰がせるに至る刃だ。

「なん……じゃと……?」

 刃は空中で静止した。

 斬撃は異跡を断つには至らず。何かがその刃を受け止めたのだろう。

 シロウは刀を引き戻そうとするが、その何かは力強く刃を止めており、刀は微動だにしない。

『魔素濃度、危険域に突入、動体反応を確認!!』

 ジョンの声に応えるように部屋の中で赤い双眸が光始めた。

 無数の目。先ほどまでの蝿たちのものと思われるソレが彼らを取り囲む。

 そして、大きな音を立て一つのスポットライトが部隊を照らした。舞台の上には先ほどまで踊っていた神仏たちがゴミのように重ねられている。

 ぞるり、ぞるりという、何かが這う音が聞こえてくる。

 蠢く何か。それの足が神仏の山を踏みつける。水かきのある鳥の足には虫の脚のような棘が生えている。その脚は毛に覆われており、蜘蛛のような関節を持っている。

 徐々に全容を現にするその生物。

 黒い体は全身を艶やかな毛で覆われており、八本の脚と獅子の尾をもっている。四枚ある翅はステンドグラスのように煌びやかな光を上げて、自らの権威を示すかのように見えた。

 そして、シロウの刃を受け止めていたものは彼の舌だった。

 蛙のような口に蝿の相貌と猫の耳のような双角を持っている。頭部には山高帽のような王冠が載っていた。

「な、なな、なんですか、あの化け物……」

 まさにそれは化け物というに相応しい姿をしていた。

 化け物はシロウの刀から舌を戻すとこちらを睨むように見つめてくる。

 彼の周りには無数の蝿が従者のように飛び回り、あるものは彼の足元の神仏を貪るように食べている。

『データベース照合完了。対象を七大罪王シナーズの一体、暴食王バアル・ゼ・ビュートと呼称します』

 それは七十二の悪魔を統べる王の名にして、神に仇なす堕天使が一体の名。

 冥府の王の最強のしもべが彼らの眼前に現れたのだ。

「神話級の敵性存在!? ロアの相手の方がまだマシじゃない!」

 人の記憶に残った存在。

 共通認識が生み出す幻想は時に現実すらも侵食する。

 ロアの末那識ブルームが自己認識による世界改変であれば、これは共通認識が生み出した阿頼耶識の怪物だ。

 認識によって生み出された怪異はその知名度が高いほどに多種の能力と圧倒的怪力を持ち合わせる。認識の齟齬の無い存在はその唯一性によって神にすら匹敵するからだ。

 シロウ隊の面々は武器を構える。

 決戦は短期であれ。その命、燃え尽きる前に。

 死闘は避けるべし。その命、踏み潰される前に。

 故にシロウの指示は一つだった。

「全員、死ぬな!」

 その声を皮切りに戦闘が開始された。

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忘界のロア 河伯ノ者 @gawa_in

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