第30話 異跡と神仏

 マヤはソクラテスは日の当たる廊下を歩いていく。

 腰の引けたソクラテスはおどおどと辺りを見渡しながら歩いていく。顔も相まって小動物のようだと思い

「ね、ねぇ怖いなら隣歩こうか?」

 マヤが声を掛けると体を強張らせて振り向く。それだけ緊張していたのだろう。

「い、いぃ、いえ、ぼ、僕は、お、ぉお、男ですから。それにぃ……ぼ、僕は、ぜ、前衛、なので……」

 どもりながらも震えた声で逞しいことを言うソクラテス。

 意地を張りたいのは年頃のせいだろうか。こういうところがツァラにもあれば、彼ももっと周りに溶け込めるだろうに、とマヤは少し笑顔を浮かべた。

「じゃあ頼っちゃおうかな。よろしくね、ソクラテス」

 それにしても長い廊下だ。明らかに外壁と内装の長さが倍ほどに異なる。

 仄暗い廊下は先が見えず、同じ扉が立ち並んでいるが故に無限に続いているようにすら思える。

「生体反応、動体感知センサーともに反応なし。位置情報システムとしてはすでに半分は越えてるはずだけど、進みがどんどん遅くなってる。しっちゃかしいなぁ」

 異跡の特異性というよりは顕現強度の低さによる物理法則の歪みだろう。

 顕現強度の強い異跡は施設の内部を完全に再現されているが、低い場合にはこういった歪みが生じることがある。

 故に顕現強度はわかりやすく三段階に分類されている。

 一番強度が高いリアル。強度が低く、ホログラム化や物理現象に異常が発生するカオス。そして、調査も不可能なほどに顕現強度の低いアンリアル。

 シロウからの情報ではこの異跡はカオスに相当する。それを思えばこの程度の物理法則の歪みは当然発生しえるだろう。

 二人が廊下を進んでいると徐々に異質なものが増え始める。

 それはポスターというべきだろうか。阿弥陀如来像や観音像が映し出されたポスターがあちらこちらに張り出されている。

 それらには今日の日付が記載されており、あからさまにこの異跡における何かを暗示してるように思える。

「これって昔の神様だっけ?」

 書庫のデータには正式な名称とどういった時代背景を持つかが表記される。

 宗教観というものは現代の彼らには縁遠いもので、それに近しいもの感性を持っているのはフェルフ族くらいのものだ。

「え、えぇ、せ、正確には……仏って、ぃ、いうらしい、ですけど……」

 いまいち違いは分かっていないマヤは首を傾げた。

「こ、この異跡とは、ち、違う宗教のものなので、ここにあること自体、ぉ、おかしいんじゃないかなって……」

「そうなると、ここの特異性に関係してそうね。OK、シロウ隊長に連絡しておく」

 マヤはシロウへ通信を行う。

 シロウからはとりあえず進み、シロウが合流するのを待つように指示があった。マヤはそれをソクラテスに共有すると二人は再び歩き始める。

「そういえば、シロウ隊長っていつも不機嫌そうにしてるけど、いつもああなの?」

 マヤの質問にソクラテスは露骨に答え辛そうな顔をしている。

「い、いえ、さ、最近はそうですが、前はそれほど、ふ、不機嫌では、ぁ、ありませんでしたよ」

 つまるところ彼女のあの不機嫌さはあの襲撃以来ということらしい。

 特に彼女は同僚に部下、そして左腕を失った。

 取り逃がした剣士のロアと獣のロア、そして彼らの作り出したと思われる巨大兵器。彼らの戦力がどれほどの規模なのか不明だが、彼らに対抗するにはRMCは戦力を失い過ぎた。

 ロアの最初の一撃で生産研究所が破壊されたこともあり、現在は個々の戦力向上が求められている。

「隊長の腕は、もう戻りませんから……」

 義手は彼女の本来の腕になりはしない。

 マヤは少し難しい顔をしたが、すぐに納得した顔をした。

 

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