第28話 新たな隊長

 怒れる少女。壁際に追い込まれた少年はその頬を赤く腫らしている。

「貴様、もう一度言うてみろ」

 シロウは座り込むツァラの後ろの壁に足を突き立てる。

 見下ろす顔は怒り。周りの隊員たちは静まり返って雰囲気に息を呑んでいる。

「ティファは化け物じゃありません」

 しかし、ツァラの表情に怖気は見られない。自分を見下ろすシロウを視線で射殺さんばかりに睨み付けている。

 一触即発。いや、既に爆発した渦中だろうか。

 

 少し前。配属されたばかりのマヤとツァラ。

 その二人を迎え入れたシロウは開口一番にこう言った。

「貴様らの命は預かろう。じゃが、あの化け物の面倒を見るのは御免被る。あくまでも貴様らを受け入れたのは、その実力だけじゃということを肝に銘じろ」

 先の戦いで失った左腕。

 部下の仇であるエーデルワイスを追いかけるも、逃げられた彼女の憎しみは計り知れない。

 現在も復旧作業が完全に終わったわけではない。

 空いた穴は一部修繕が終わっておらず、情報統括局内の魔素浄化システムも不完全な状態で稼働している。

 そのため、一部階層は完全に封鎖され、本部機能の一部を地下のシェルターで補っている状態だ。

 全てが満身創痍であり、誰一人としてキズを持たない者はいない。

「撤回してください」

 ツァラの言葉にただでさえ冷え切った空気は更に氷点下へと向かう。

 そして、その言葉はシロウの反感を買うには十分すぎるものだった。

 シロウはツァラの襟首をつかむとその左頬を思い切り殴った。何が起きたかも理解しないうちに壁に打ち付けられたツァラが尻もちを着き、咳き込んでいるとシロウは彼が背にしている壁に足を突き立てたのだ。

「貴様、もう一度言うてみろ」

 化け物。人の形をしているだけの災害をそう言わずしてなんというべきなのか。

 減らず口を叩き、いつも隣で自分を揶揄ってきた生意気な部下。

 しかし、彼は視野が広く、前を走るしかできない彼女にとってはなくてはならない存在だった。それは彼女の失った腕よりも大切で尊ぶべきものであった。

 アレは戦争を産む災害だ。

「ティファは化け物ではありません」

 顔が熱くなる。脳が締め付けられるようなそんな怒りが彼女の中に生まれていく。が、それでも彼女は極めて冷静であった。

「ロアは総じて化け物じゃ。あれを保護している限り、ここはいつ狙われてもおかしくない状況にあるんじゃ。アレは戦争を産む災害じゃ」

「なら俺とティファを追放すればいい。司令がそうしないのは、それに意味がないことを知っているからでしょう?」

 シロウは溜息を吐いた。

 この男は何もわかっていない、と。

「そうじゃな、貴様たちを隔離したところで化け物共は知る由もない。ここにいようが関係なくここは襲われる。ワシが言っているのは、貴様があの日、あの場所であの化け物を保護した時点で情報統括局が危険にさらされたと言っているんじゃ」

 シロウの言葉にツァラは押し黙る。

 行き先の無い憤りに奥歯を噛み締める彼を見て、シロウは足をどけ他の隊員の方に向き直った。

「とりあえず作戦会議じゃ。十分後に会議室に集合。以上、解散」

 

 会議室。席についているのはシロウ、ツァラ、マヤの他に二人の男がいる。これがシロウ隊のメンバーである。

 一人は癖のある長いブロンドの髪の男。端正な顔立ちに垂れた瞳、目元に泣き黒子があり、見るものを魅了する彼はレオ・トルスタヤ。

 もう一人は対照的に銀髪のボブカットで丸顔の少年、ソクラテスである。大き目の眼鏡をかけており、一目見ただけでは少年か少女か見分けがつかない。総じて言えるのは人畜無害を人の形にしたような見た目をしているということだ。

「では、会議を始める。我々が担当するのはID-48。識別名『教会』じゃ。顕現強度はカオス。顕現年数は不明の危険地帯だ」

 スクリーンに映し出された異跡は一部がホログラムのようになった教会の姿だ。

 外壁には電飾が括り付けられており、どこかポップな雰囲気を覚える。

「出発は明日。事前調査もないため実態は未知数じゃ、作戦内容の記録ログ書庫データバンクにアップロードしておいたからそれぞれダウンロードしておけ、以上じゃ」

 会議を手短に終え、解散となった。

 作戦の決行は明日。ツァラは書庫に向かう前にジョンのところに向かうことにした。

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