第25話 ヒトという歴史

 暗く冷たい地下の牢。

 部屋に灯りはなく、鉄格子を嵌めた天窓から射す光が獄中の少年を照らしている。

 先の戦いで多くの仲間が死んだ。

 死ななくてもいいはずの命が塵芥のように消え去った中で、人々が求めたのは罪の所在だ。

 無論、全ての悪は攻め入った敵にこそある。

 だが、それをわかっていても尚、誰かを吊し上げて罰を受けさせなくては済まないのが人の業というもの。故に情報統括局の多くの局員はツァラトゥストラという少年を咎人として扱ったのだろう。

 牢の小さな小窓が開く。食事の時間だ。しかし、その皿の上に置かれたパンには靴跡やそれに付いた泥が付いており、スープにも泥が混ぜられている。

 食事を運んできた男は小窓からツァラトゥストラを強く睨み付けて去っていった。

 ツァラトゥストラは栄養ドリンクを手に取るが中がやけに軽い。蓋を開けると開封済みで中身はない。

 これで三日何も口にしていない。水分補給は許されているが潔癖症の彼が備え付けの蛇口から直接水を飲むはずもなかった。

 しかし、彼はそれに対して思うところがあるわけではない。

 ジギタリスが言っていたことが本当になっただけで、当然それに対する覚悟もある程度できていた。

 彼の心配事はティファのことだ。

 自分でもこの扱いだというだから、ティファは酷い目に遭っているのではないかと思うと気が気ではない。

 ツァラトゥストラはベッドに腰かけ、天窓の外を見る。

 乾いた空に漂う三日月は雲に顔を隠した。


 ティファは、というとイヴ・シュヴァルツの命により、彼女の部屋で匿われていた。隊長を失ったダノス隊の面々は世話役としてティファの面倒を見るよう言われている。

 と言ってもマヤはあの日以来、覇気がなく一日の大半を膝を抱えて過ごしている。

 なのでティファの世話はエレミアがほぼ行っている状態だ。

 イヴからは余計な混乱を起こさないための措置とされている。

 平和な世界に突如として落とされた爆弾はそれほどの威力があったということだ。

「外は騒然としているね。私の口は彼らの耳のためにあると思っていたが、思い上がりだったようだ」

 復旧作業は未だに続いている。

 瓦礫を退ける度にそこに残された遺骸が姿を現し、いやでも現実を知らしめてくる。この世界に落ちた死という汚れが彼らの心に小さくない染みを残していくのだ。

 それでも彼らは仲間たちを弔う。

 行われる葬儀。埋めるべき棺の多くが空で、納められた思い出の品々だけが土の下で祈りを受ける。

 調査部隊ならばよくあることだ。しかし、それ以外の局員にはあまり経験がないことだろう。

 彼らの心が疲弊しているのはイヴもわかっていた。

 生き残りの人間が翌朝首を吊った姿で確認された。心を閉ざした局員が部屋に閉じこもって出てこない。精神に異常をきたした局員も確認できている。

 故にイヴは彼らの目から咎人を離すことにした。

「こういったことには時間がかかる。君たちも今のうちにゆっくりしておくといい」

 眠っているティファの頭を撫でつつ、エレミアは顔を上げてイヴを見る。

「これからどうなってしまうんでしょうか?」

 不安げな彼女の頭にイヴは手を乗せる。

「あるべき姿になるだけだ、そのために君たちにはまた危険な目に遭ってもらうことになる。今はまだ話せないが直に君たちにも任務を任せることになる」

 そう、全てはあるべき姿に戻る。

 平穏を脅かす脅威があろうとも、それを打開してきたのがヒトという歴史だ。

 それは神さえも脅かすということをイヴは知っているのだ。

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