第24話 業

 ロア達が撤退した後も情報統括局の喧騒が終わることはなかった。

 瓦礫の山に、死体の山。彼らが今まで目にしなかった光景が、その眼前に広がっている。

 だが、彼らに休むいとまはない。

 生存者の救助に怪我人の介護。瓦礫の山の撤去に、施設内の装置の確認。

 科学部門や運営部門は壊滅。医療部門や食料部門などの生存に関わる部門への被害が少なかったのは不幸中の幸いだろうか。

 だが、手が足りないと思われていた医療部門はむしろ人員を持て余すことになる。

 戦闘に巻き込まれた非戦闘員は、そのほとんどが命を落としており、怪我人と呼べるものは医療部門の人数よりも少なかった。

 生存者の把握も難しい。フリティラリアの解き放った黒い粘性の怪物に食われた者達は骨一つ残さずに消えているため、消息不明なのか、死亡しているのかの判断は全てが終わった後に整理するしかない状況だ。

 喧騒に落ち着きが見え始めた頃、各部門を集めた会議が行われることになった。

「人体生産所は崩壊。施設は復旧不可能です。これからは人口増加は不可能と考えていいでしょう」

 運営部門の幹部、エドガー・ケイシーがスクリーンに映された資料を読み上げた。

 黒く長い髪を後ろで結った男は、その切れ長な目でイヴを見る。

 イヴは彼に礼を言うと立ち上がり、皆の前に出る。

「聞いての通り、情報統括局はロアと名乗る人型の聖異物によって、壊滅的なダメージを受けた。戦力差は君たちの知っての通り、再度の進撃が始まろうものなら敗北は必至だろうね」

 嘲笑交じりの溜息は諦めとも取れるものだった。

 圧倒的な戦力に対してロクな対処法もなく、増員も見込めないとなれば諦めに近い感情も出てくるだろう。

「そもそも奴らは何故、襲ってきたのです? 人型聖異物の存在が報告されてから襲撃までの時間はあまりに短すぎます。調査部隊の報告から四十時間も経たずに奴らは集団での進軍を行いました、そこから考えるに奴らにも司令官がいると考えるべきではないでしょうか?」

「いや、元より存在していたと考えても不思議ではないだろう。我々は異跡の全てを確認できているわけではない。長期的な計画だったと考えれば奴らの進軍にも合点がいく」

「落ち着いてください二人とも、襲撃の目的については生存者から証言が集まっております。それによりますと彼らの進軍の目的は先日ダノス隊のツァラトゥストラ隊員が確保した『ティファ』と呼称された人型聖異物の奪取が目的だったと推測されます。恐らく彼らは仲間を連れ戻すために襲ってきたと考えていいでしょう」

 幹部たちは洪水のように喋り出す。前例のない襲撃、絶望的な被害状況に感じる不安が彼らの心に圧力をかけているのだろう。

「静粛にしてくれ、君たちの憶測だけじゃ話し合いにすらならないよ。私は実録を基にした議論を行いたいんだ、感情論は捨て置いてくれ。私が出会った個体から読み取った情報を共有するよ、まずはそれからだ」

 イヴはフリティラリアから読み取った情報を話し始める。

「まずニコライの言う通り、彼らには神と呼ばれている指揮官がいる。今回の襲撃は彼女が考えたものだ。そして、その目的はエドガーが言っていた通りだよ」

 イヴの言葉に場がざわつき始める。そのざわつきは新しい大きな騒ぎの予兆となるものだ。

 奇しくもジギタリスの予想した未来が訪れようとしていた。

 人の世は常に変わらない。

 例え、それが滅びを迎えた世界であろうとも……。

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